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7.彼は誰時のエレジー
78 直談判の上進
しおりを挟むウメの花の家紋が記された扉の前に、成清はいた。退院した彼が真っ先に向かった場所は、裏月第二位、如月一門を牛耳る梅見家だった。
「なんだ、貴様は」
「成清葉月だ。梅見丹那に話がある」
「お嬢を呼び捨てだと? 通すと思ってんのかクソガキ」
「通せ」
「痛い目見ねぇとわかんねぇみたいだな」
勢いよく飛んできた拳が成清のほおをかすめた。殴った守衛は肩透かしをくらい、勢い余って倒れる。
「先に手ぇ出したのはそっちだからな」
殴りかかってきた守衛をいなして、成清は彼らに次々と鉄拳を決めていった。騒ぎを聞きつけた結人が門から顔を出す。彼が急いで止める間もなく、成清に挑みかかった者たちは等しく皆、地に伏せていた。
「荒んでるね-、少年。今夜が満月だから気が昂ってる?」
「梅見丹那に会わせろ」
「あのさあ、さすがにこっちにだって筋ってもんがあるッ!?」
丹那の従者である結人の首に、手刀を入れようとした成清の動きがすんでのところで止まる。彼ののど元には、気配なく現れた丹那の影斬刀を突きつけられていた。彼女の梅重色の瞳が爛々として、鋭く成清を睨めつけていた。
「親のコネを使わないで直談判なんて、やるじゃないか」
成清の実の両親は、災夜に一門の者もろとも皆死んでいる。孤児となった彼の面倒を見てくれた義理の親に等しい、陽惟も死にかけの状態だ。今の彼に、親と呼べる存在はいないようなものだった。しかし、親だとバカにする言われ方をされても、成清はもう腹を立てることはしなかった。
「俺を入門させてほしい」
「やー、無理っすよね、お嬢」
「首席だろうが、実戦でクズはいらん」
成清は飛び級で十二月学園を卒業した影斬りだ。学園で首席だった者はたいてい裏月一門に名が知れ渡る。優秀な影斬りを勧誘するため、各一門の当主たちはその情報を気に留めているのだが。
「うーん。ま、弥生の動静をこっちに流すっていうなら、聞いてやらないでもないッスよねえ、お嬢」
「陽惟さんを売れって……、それは考えさせてほしい」
「ふんっ。その程度の覚悟かい」と丹那は刀を収めて踵を返してしまった。「おい、話はまだ終わってねぇぞ」とあとを追おうとする成清を結人が引き止める。
「成清、ちょっと」
「さすがに親父のことを売るのは勘弁してほしいです」
「一度しか言わないからよく聞け」
「お嬢は惚れてる」
「誰に?」
「まさか、はる」
成清は結人に口を塞がれた。
「いいか。乙女には正論をぶつけるな、絶対だ」
「陽惟さんは今」
言いかけて、「そういうことか」と成清は勝手に納得した。
「えーと、なにが?」
「甘い物好きって知ってたのは」
「そりゃ、親父さん同士の付き合いで顔見知りだしなあ」
好きという感情が厄介なことは成清もよく知っている。好きを人質に取れば、利用されやすいし、利用しやすいのだ。
「陽惟さんは今、時雨さんの所で面倒を見てもらってる」
「そりゃ荒れるな、お嬢」
「ずっと目を覚まさないらしい」
「そうか……」
上進のためだ。多大な恩があるが、陽惟に近しいこの立場を利用してやろうと成清は思い至る。なり振りなど、もう構ってはいられなくなった。
成清自身も、好きという感情に振り回されている自覚は多少あった。初めて、自分のこの忌むべき瞳を褒めてくれた郁のことが気になって仕方がない。
募る思いがやがて、好きな人を壊してしまうかもしれないと成清は怯えた。幼少期に想いを寄せていた、ミツキは行方知れずのまま。思いが通じ合いそうだった恵門は、永遠に失ってしまった。先日も正気を失っていたとはいえ、郁を傷つけてしまった。すべては自分の弱さのせいだった。強ければ、彼らを守れた。
力があれば、自分を制御できた。傷つけなくて済んだのだ。
「いつもほとんど家で臥せってますけど、新月の日は元気みたいで、出歩いてるみたいです」
「まぁ、陽退症患者は夜なら出歩ける輩もいるからなあ」
「あと、満月前後は部屋から絶対出てきません。飲まず食わずですが、その辺りに光を浴びると、陽退症が進行するから構うなって」
「ま、陽退症のやつらはよう、元を辿れば満月食いのせいだからじゃねえのか?」
もう、覚悟を決めなければ。ここまで相手に明かしてしまったのだから、成清は後には引けない。どんな結果をもたらすとしても、強くなるためにはやるしかなかった。
「あの、成清くん。今度からはさ、初めから敬語、使わない? 話せばわかるでしょ」
「う、うっせぇんだよ、クソ野郎」
彼らと馴れ馴れしくする気は成清にはさらさらない。「話つけといてくれよ」と言ってさっさと彼は背中を向けて走り去っていく。
「素直に仲良くなりたいって言えないタイプなんだ~。聖と一緒だな」
「俺が誰とどうだって?」
結人の背後からにゅっと現れた聖に、彼はにんまりしながらも、脇腹をド突かれて悶絶した。
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