月負いの縁士

兎守 優

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6.暗夜を惑うソーン

71 広がる影と闇②

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 月明かりの乏しい暗闇へ、成清は飛び出した。息を吸いこもうと顔を上げた矢先に、わっと驚きの声を上げて、郁を落としかける。

「驚くのはこちらです。なぜ、和枝さんの屋敷にお二人でいるのですか」
「たのむ、陽惟さん。アイツが来てる。闇縫やみぬいの刀がアイツに取られたら、終わりだ……」
 うつむき声を絞り出して懇願する成清に、陽惟はため息一つこぼして、詳細など追及せずに要求を呑んだ。

「わかりました。あなたは必ず、郁くんを無事、家まで送り届けなさい」
「は、陽惟さん、待って!」
「大丈夫ですよ、郁くん。私はこう見えて、とっても強いのです~」
「ルカオ。帰るぞ。陽惟さんは裏月で規格外の最強だから心配すんな」
 もち丸は郁の足元を踏み踏みしたあと、身構えた成清にふんっと尻を向けて陽惟の方に行ってしまった。

 二人が去ったのを確認した陽惟は、履物を玄関口に揃え、屋敷に上がりこむ。
「まあまあ。ひどいありさまで」
 入口から御前までの一直線に破壊された建物を見て、彼は嘆息をもらした。開かれたままの扉の向こうで、暗がりからヒトの声が返ってくる。
「ちょうどよかった。さっきの彼、刀を忘れていったから、行かないと」
「その刀は置いていきなさい」

 白く淡い光が立ちのぼる刀――日和見刀ひよりみとうを手に、彼は立ちはだかる。男は余裕の笑みをたたえて、黒く煙る刀と発光する刀を二つ、掲げて見せた。
「〝浄夜じょうや殲滅士せんめつし〟とあっても、闇縫やみぬいと日和見刀ひよりみとうの二つ同時には、敵わないと思うが?」
 陽惟はわずかに目を細めて、奥を見遣る。叩きのめされた黒いかたまりが、再生して動き出そうとしているのをその瞳が捉えた。

「まぁ、いいでしょう。あなたのような矮小な者の身に余る刀です。そう遠くないうちに報いを受けるでしょうから」
 来た道を譲った陽惟は彼の背中に言葉を向ける。
「一つ。私に刀を向けるということがどういうことか、後々教えて差し上げます」
 男はふっと笑って、一瞬のうちに闇夜に消えていった。
「さて。ヒトとして礼儀は尽くしましたのでこちらも」
 陽惟の腕に白いツタが絡みついていく。目の前に巨大な弓矢が現れた。
「ヒトをやめますかね」
 深い闇を一掃する閃光が放たれた。


 暗がりを転げるように成清は走る。市街地へ繋がる道まで駆け下りたところで、郁を下ろした。地面に突っ伏して、鼻を擦ってこびりついたトラウマの臭いを拭う。

「なるせ、くん……」
「おい……帰るまでしっかりしろよ」
「でも、成清くんの方が……」
「いいか、忘れろ。あんなことは今生な、がっ」
 右腕に成清は衝撃を感じて振り向く。脇の刀に手をかけるが、刀がないことに彼はようやく気づいた。
 声が遠のき、視界が黒く塗り潰されていく。毒に冒されたように、為す術もなく暗闇に蝕まれる。黒い血を流す人型をした、背の小さな化け物が、成清に向かってニタニタと口を開いていた。

「成清くん、成清くん!」
「ぐ、あ、ぁぁ」
 苦しみもだえる成清を郁は揺する。彼の目が黒煙を上げながら、中心が白く発光し始めた。

「オナカスイあ、タベル、クワセロ」
 心配して肩を揺する郁に掴みかかり、いきなり肩口に噛みつく。痛みと突然の蛮行に動揺して、郁はされるがままだった。

「貴様、その汚い口を退けろ」
 二人の間に割って入り、成清を引き剥がした男は、彼を‪呪詛じゅそで磔にする。
 弱る郁を抱く影をぼやける視界で成清は見つめていた。引き留めることもできず、なにも掴むこともできず、伸ばされた手は地に落ちた。
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