68 / 121
6.暗夜を惑うソーン
68 形《なり》②
しおりを挟む「お邪魔するよ」
「いらっしゃいませ」
「マァ、あんたもやっと人を雇うようになって。可愛らしい子だねえ」
郁が顔を上げると、桃色の髪に着物がよく似合う美しい女性が立っていた。
「わあ……とっても素敵な和装ですね!」
「まぁまぁ! いー子じゃないの」
彼女の脇に控えていた男が口を開く。
「お嬢」
「なんだい、聖」
「いやあ、この間、葉月の坊主が巻きこんだ少年だと思いやすけど」
振られてもいないのに、もう片方の従者が代わりに答えを口にした。
「梅見様。これはですね。月見さんは本日から働いていただくことになったのですが、あいにく制服の用意が間に合わず」
梅見が栞奈を射抜く視線で見たのは一瞬だった。すぐに平素の通りに戻って、愉快げに郁に笑いかける。
「なぁーに。男だろうが女だろうが関係ないよ。似合ってるんだからいいのさ」
「か、カウンターとテーブル席どちらにしますかっ」
緊張で縮こまる郁に、梅見の従者――聖がぶっきらぼうに言い放った。
「テーブル席に決まっている」
「おいおい聖。カウンターに恨みでもあるのか?」
もう一人の従者である結人が軽い調子で聖の肩をつつき、腹に拳をお見舞いさせられている前で、郁はぎこちない動作で彼らに席を勧める。
「かしこまりました、こちらのお席にどうぞ」
小競り合いを止めない二人を引き離して梅見は、聖を自分のとなりに座らせた。なにか言いたげな結人に彼女が一瞥くれると、彼は押し黙って決まり悪そうに肩を縮めた。
「お冷やとお手ふきです。お決まりでしたらお呼びください」
接客に一段落がつき、ホッとした郁は、注文を受けるまでの間、どこで待機して、なにを手伝えばいいのか聞こうと思案し始めたところで気づく。成清の姿が先ほどから見当たらないのだ。
「ネエネエ、時雨さん。この子の歓迎会、しないかい?」
「お嬢がやるならやる」
「いやいやー、一応一般人なんだから、夜が更ける前に帰宅ですよ~。もうそろそろ帰すでしょ」
「そうだねえ。じゃあ、今度あたしらの家に遊びにおいでよ」
「ダメに決まってんだろ!」
カウンターから飛び出してきた成清の声が響き渡る。
「おやおや。そんなカッコして、これからどこに行くつもりだい」
「悪ぃかよ。ここで働いてんだよ」
「成清くん、口の利き方!」
暴言を吐く成清を焦っていさめるも、彼は郁の制止の声など聞こえていない。
「成清さん。皿洗いと、食器の片づけ。終わりましたら、事務所の掃除をお願いします」
栞奈がよく通る鋭い声で、成清に命令を出すと、彼は口を噤んで背を向けた。郁は無言で彼の背中を見つめてから、指示されることなく、ホール業務に勤しみはじめた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
哀夜の滅士
兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して
言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。
仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。
大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。
学園で起こった不審な事件を追ううちに、
やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる