月負いの縁士

兎守 優

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6.暗夜を惑うソーン

68 形《なり》②

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「お邪魔するよ」
「いらっしゃいませ」
「マァ、あんたもやっと人を雇うようになって。可愛らしい子だねえ」
 郁が顔を上げると、桃色の髪に着物がよく似合う美しい女性が立っていた。

「わあ……とっても素敵な和装ですね!」
「まぁまぁ! いー子じゃないの」
 彼女の脇に控えていた男が口を開く。
「お嬢」
「なんだい、こうき
「いやあ、この間、‪葉月はづきの坊主が巻きこんだ少年だと思いやすけど」
 振られてもいないのに、もう片方の従者が代わりに答えを口にした。

「梅見様。これはですね。月見さんは本日から働いていただくことになったのですが、あいにく制服の用意が間に合わず」
 梅見が栞奈かんなを射抜く視線で見たのは一瞬だった。すぐに平素の通りに戻って、愉快げに郁に笑いかける。

「なぁーに。男だろうが女だろうが関係ないよ。似合ってるんだからいいのさ」
「か、カウンターとテーブル席どちらにしますかっ」
 緊張で縮こまる郁に、梅見の従者――こうきがぶっきらぼうに言い放った。

「テーブル席に決まっている」
「おいおいこうき。カウンターに恨みでもあるのか?」
 もう一人の従者である結人ゆいとが軽い調子でこうきの肩をつつき、腹に拳をお見舞いさせられている前で、郁はぎこちない動作で彼らに席を勧める。

「かしこまりました、こちらのお席にどうぞ」
 小競り合いを止めない二人を引き離して梅見は、こうきを自分のとなりに座らせた。なにか言いたげな結人に彼女が一瞥くれると、彼は押し黙って決まり悪そうに肩を縮めた。

「お冷やとお手ふきです。お決まりでしたらお呼びください」
 接客に一段落がつき、ホッとした郁は、注文を受けるまでの間、どこで待機して、なにを手伝えばいいのか聞こうと思案し始めたところで気づく。成清の姿が先ほどから見当たらないのだ。

「ネエネエ、時雨さん。この子の歓迎会、しないかい?」
「お嬢がやるならやる」
「いやいやー、一応一般人なんだから、夜が更ける前に帰宅ですよ~。もうそろそろ帰すでしょ」
「そうだねえ。じゃあ、今度あたしらの家に遊びにおいでよ」
「ダメに決まってんだろ!」

 カウンターから飛び出してきた成清の声が響き渡る。
「おやおや。そんなカッコして、これからどこに行くつもりだい」
「悪ぃかよ。ここで働いてんだよ」
「成清くん、口の利き方!」
 暴言を吐く成清を焦っていさめるも、彼は郁の制止の声など聞こえていない。

「成清さん。皿洗いと、食器の片づけ。終わりましたら、事務所の掃除をお願いします」
 栞奈かんながよく通る鋭い声で、成清に命令を出すと、彼は口を噤んで背を向けた。郁は無言で彼の背中を見つめてから、指示されることなく、ホール業務に勤しみはじめた。
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