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6.暗夜を惑うソーン
67 形《なり》①
しおりを挟む「ご苦労様でした」
相変わらず、栞奈の言葉は煙のように軽く、重みがなかった。彼女は普段からこんな薄っぺらい言葉をかける人だったのか、成清はますます不思議になった。
「こんなに服……どうしたんですか」
「これからこちらで働く場合の制服をと思っていたのですが」
店の奥のテーブル席に広げられた衣類の数々を見て、成清は女物ばかりなラインナップに、あ然として目を背けそうになる。
「男性が少ない家系でして、男性が二人働くことになるとは想定していなかったもので」
「これは……メイド服ってやつか?」
成清が接した女性というと、目の前の時雨栞奈、梅見丹那、水無月和枝ぐらいだった。いずれも、和装か男性と同じ格好をしていたので、女性らしい格好というものを間近で目にしたことがない。
十二月学園時代は、浮ついた奴らに興味がなく、彼は女性関係には、てんで縁がなかった。
「仕立てている暇がないので、開業時のものしかなかったのです」
「これはルカオにはブカブカそうだな」
女性物を触らないように避けて、スーツに似た服を成清は摘まみ上げる。
「今日はこの服で……頑張ります」
いつの間にか店内に入ってきていた郁に、成清は飛び上がった。横からクラシックなメイド服をかっさらい、郁はお手洗いにスタスタと歩いていってしまう。
「お手洗いお借りしますね」
「おい、ちょま、ルカオ!?」
「すみません。この他には喪服が一着だけで。替えの服はまとめてクリーニングに出しておりまして」
栞奈から疲れの表情がにじみ出ていることに成清は気づいた。
「忙しい、んですね」
「神無月を継承しないとはいえ、父のことは心配ですので、そちらにかかりきりなることも、しばしばです」
しばしの無言の後に、店の支度に取りかかった成清は、トイレの扉が開く音で肩をビクつかせた。
店内に戻ってきた郁は、彼が見てきたどの姿よりも、形容しがたいもので、あ然と口を開けてそちらを見たまま固まる。
真っ白なブラウスにリボンネクタイ。ベルトつきで濃いブラウンのロングスカート。あまりにも女性らしい女性物を間近で直視してしまい、カタコトに言葉を発することしか、成清にはできない。
「か、か、か」
「か……?」
郁が首を倒して体を揺らした。スカートが揺れる。成清は体を硬直させながら、その動きに目だけ奪われていた。
「……よくお似合いですね」
栞奈は作業の片手間に、淡々として言葉を投げかける。
「成清さんも、ちゃっちゃと着替えてきてください。さすがにジャージではまずいので」
平素と変わらない服装をしていたことに成清は、指摘されるまで気がつかなかった。一点しかない男物を引っ掴んで彼が店の奥に姿を消すと、在り月に来店を知らせる鈴が鳴る。
「こんにちは……」
「いらっしゃいませ」
客の方をチラリと見やって、栞奈はカウンターから出てきた。
「和紗さん。なにかご不備でもございましたか?」
「いえ。水無月和枝が本日お越しくださったお二人に謝罪をしたいと。私が代理で……?」
給仕服姿の見知らぬ人に、和紗の目が留まる。紺色のショートヘアに、伏し目がちで艶やかな黒い瞳。大人っぽくもあり、少女のあどけなさも残す、彼女にとてもよく似合うシックな装いに、和紗は目を奪われた。
「新しい、方を雇われたんですね」
「彼は成清さんのご友人で」
「彼? え?」
「私の制服の替えがないもので」
和紗が困惑するそばで、郁は警戒の色をにじませる。先刻、水無月の当主に刀を向けられたばかりで、またなにかされるのだろうかと、彼は身構えた。
「水無月さんのところの……?」
「こっ、これは大変失礼しました。水無月和枝がお詫び申し上げたいとのことですので、採寸させていただければ制服の新調のお手伝いを」
予想に反して、水無月和枝の代理でたずねてきた和紗は、詫びの提案を出してきて、何度も郁に向かって頭を下げる。トイレから出てきた成清が代わりに彼女に返事をした。
「いや、しなくてもいーんじゃねぇですか。明日の朝一で、服は取りに行くって話だし」
「よろしければ和紗さんもどれか持っていかれますか?」
「こんな可愛らしい服っ……私には到底着られません!」
和紗は顔を覆ってうめく。成清もテーブルの上に並べられた女性物を再び直視してしまい、顔を赤らめてそっぽを向いた。
「こ、この度は当主、水無月和枝が大変なご無礼を……誠に申し訳ございませんでした」
「もう気にしていませんので大丈夫です」
謝る和紗と気にしていないと言う郁の押し問答は、成清が無理やり割って入って終わらせた。彼女が在り月を出ていくと入れ替わりに、別の客が入ろうとやってくるのが彼には見えた。
「あ、やべ」
彼は秒の速さで奥に引っこむ。来店を告げるベルとともに郁は背筋を伸ばし、来客に向き合った。
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