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6.暗夜を惑うソーン
65 蔓延る闇①
しおりを挟む蔓延る茨が太くなり、至る所で大きく脈打つ。棘が肥大化し、行く手を阻んでいた。茨の本体はストロベリーブラッドと呼ばれる、醜悪な血だまりに咲く、巨大な薔薇の姿をしたフルムーンイーターだ。
漆黒の軌道が辺り一帯の棘を焼き切る。闇縫いの刀で斬り裂いたところから、茨の再生が遅くなっていく。水無月和枝は、己が振るう刀でフルムーンイーターの一部が破壊されていく情景を静かに見つめた。
心躍ることもなく、勇むこともなく、気圧されることもなく、彼女は刀を構え、一太刀、また一太刀と振るい続ける。
「なるだけ、大元を斬る方がいいか」
迷いなく棘を刻み、茨の迷路を奥へ奥へと進む。斬り開いたそばから、来た道は茨で閉ざされていくが、彼女は気にせず、核へと足を向ける。
闇縫いの刀の発現を木陰からのぞき見る者が一人。紅い瞳が、夜よりも深い闇を纏った刀を捉えていた。
「ほう……中々に醜悪」
闇縫いの刀の波動が一瞬、乱れる。和枝は立ち止まったが、すぐに刀を振るい始めた。
斬って、叩き斬って、斬り裂いて。彼女はふと剣戟を止めた。縁を確実に断ち斬ることができる刀を振るっているのに、棘の再生が速くなった上に、手応えを感じにくくなっていた。
「なぜ、斬れぬ」
トクンと手元が震える。刀が呼応して、反応を示していた。
それは君の心が弱いから。もうどうしようもないほど細って、隅々まで夜に染まって、穢れきったその心では、とっくに手遅れなんだ。だって、君の中には、心を占めるのは、いつだって――
『私を殺してしまった後悔だけ』
『わたシを、キれ』
『ためらウな。これハ、つキクいだかラ』
かけたい言葉はたくさんあった。縁を斬り裂き、思いを断ち斬り、全てをあのとき、胸の内に秘めた。吐き出していれば、こんなにこびりついてしまうことはなかったのに。
『ねぇ、和枝。もう君はその刀に呑まれているんだよ』
己にはびこる闇ごと、和枝は闇縫いの刀と一体になった心持ちで、その刀を振り上げる。
「貴様に巣くう闇ごときと、この闇が測れると思うな」
夜の化け物が闇に縫いこまれていく。影さえも生まれない、深く暗い漆黒の闇が広がり、異形の影を閉ざしていった。
満月の深い夜が明け、昼を過ぎたブランチどき。郁はカフェ・在り月の前にいた。
「おう。来たかルカオ」
店の前で腕を組んで、扉に寄りかかっていた成清が手を挙げる。彼の鋭い目は、郁の一挙一動、特に表情を捉えていた。しかし、長月の影斬りに襲撃を受けたあととは思えないほど、郁はいつも通りの姿だ、と彼の瞳には映った。
「成清くん、早いね」
「成清さんは在り月の常連さんですので」
店主の時雨栞奈は二人を出迎えたというよりは、店の支度の流れで入り口付近にやってきたようで、テーブルを拭きながら、そのまま店内を回りに行ってしまった。
「入り浸ってるみたいな言い方」
「立華さんがごひいきにしてくださるので」
今日からお世話になる雇い主だ。手を休めない栞奈に向かって、郁は深くお辞儀をした。
「あぁの、本日からよろしくお願いしますっ」
間が開いて、郁は首をかしげる。聞こえてなかったのかなと思いつつも、指示を待つために、おとなしく入り口付近に立ったまま、じっと彼女の動きを目で追う。彼の礼をかわした栞奈は、成清に話を振っていた。
「成清さんが案内してくださると思いますが、水無月様宅への配達をお願いします」
郁は特に彼女の態度は気にもしなかったが、成清は少々疑念のこもった視線を彼女に向けながら返事をした。
「軽を借りるから荷物上げと下ろしな」
「よかったー」と郁は大きく息を吐き出した。
「歩いていくのかと思ったのでホッとしました」
栞奈の手が止まる。
「さすがにそれは」
「ねぇわな」
成清もうなずいた。
配達用の月見団子が次から次へと机に並べられていく。郁も慌てて彼らを手伝いながら、その荷物の量に目を丸くした。
「こんなにたくさん。大所帯なんですね」
「あったりめぇだろ。一門ってのはそんなもんだよ」
「刑士担当ですから、特にご入り用なのですよ」
栞奈が話題に出してしまった『刑士』という言葉に、成清は、「あっ」と言って不味そうな顔をした。
「刑士……」
「裏月の治安」と栞奈が説明しようとするのをさえぎって、成清は強引に郁を引っ張っていく。
「オラ。さっさと行くぞ。日が暮れちまう」
黄色い軽自動車の助手席に、郁は押しこまれた。
「いいか。余計なことすんなよ、絶対」
「余計なことかどうかは僕が決める」
「……ここで下ろすぞ?」
ぷいっと郁は横を向いてしまう。成清が盛大にため息をつきつつ、横目で表情をうかがうと、彼は少し涙目であった。
成清は気まずくなって、もうそれ以上咎めることはせず、エンジンをかける。無言のまま、目的地まで車を走らせた。
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