月負いの縁士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
65 / 121
6.暗夜を惑うソーン

65 蔓延る闇①

しおりを挟む

 蔓延はびこる茨が太くなり、至る所で大きく脈打つ。棘が肥大化し、行く手を阻んでいた。茨の本体はストロベリーブラッドと呼ばれる、醜悪な血だまりに咲く、巨大な薔薇の姿をしたフルムーンイーターだ。

 漆黒の軌道が辺り一帯の棘を焼き切る。闇縫やみぬいの刀で斬り裂いたところから、茨の再生が遅くなっていく。水無月和枝かずえは、己が振るう刀でフルムーンイーターの一部が破壊されていく情景を静かに見つめた。
 心躍ることもなく、勇むこともなく、気圧されることもなく、彼女は刀を構え、一太刀、また一太刀と振るい続ける。

「なるだけ、大元を斬る方がいいか」
 迷いなく棘を刻み、茨の迷路を奥へ奥へと進む。斬り開いたそばから、来た道は茨で閉ざされていくが、彼女は気にせず、核へと足を向ける。

 闇縫やみぬいの刀の発現を木陰からのぞき見る者が一人。あかい瞳が、夜よりも深い闇をまとった刀を捉えていた。
「ほう……中々に醜悪」
 闇縫やみぬいの刀の波動が一瞬、乱れる。和枝は立ち止まったが、すぐに刀を振るい始めた。

 斬って、叩き斬って、斬り裂いて。彼女はふと剣戟けんげきを止めた。縁を確実に断ち斬ることができる刀を振るっているのに、棘の再生が速くなった上に、手応えを感じにくくなっていた。
「なぜ、斬れぬ」
 トクンと手元が震える。刀が呼応して、反応を示していた。

 それは君の心が弱いから。もうどうしようもないほど細って、隅々まで夜に染まって、穢れきったその心では、とっくに手遅れなんだ。だって、君の中には、心を占めるのは、いつだって――
『私を殺してしまった後悔だけ』
『わたシを、キれ』
『ためらウな。これハ、つキクいだかラ』
 かけたい言葉はたくさんあった。縁を斬り裂き、思いを断ち斬り、全てをあのとき、胸の内に秘めた。吐き出していれば、こんなにこびりついてしまうことはなかったのに。

『ねぇ、和枝。もう君はその刀に呑まれているんだよ』

 己にはびこる闇ごと、和枝は闇縫やみぬいの刀と一体になった心持ちで、その刀を振り上げる。
「貴様に巣くう闇ごときと、この闇わたしが測れると思うな」
 夜の化け物が闇に縫いこまれていく。影さえも生まれない、深く暗い漆黒の闇が広がり、異形の影を閉ざしていった。


 満月の深い夜が明け、昼を過ぎたブランチどき。郁はカフェ・在り月の前にいた。
「おう。来たかルカオ」
 店の前で腕を組んで、扉に寄りかかっていた成清が手を挙げる。彼の鋭い目は、郁の一挙一動、特に表情を捉えていた。しかし、長月の影斬りに襲撃を受けたあととは思えないほど、郁はいつも通りの姿だ、と彼の瞳には映った。

「成清くん、早いね」
「成清さんは在り月の常連さんですので」
 店主の時雨栞奈かんなは二人を出迎えたというよりは、店の支度の流れで入り口付近にやってきたようで、テーブルを拭きながら、そのまま店内を回りに行ってしまった。
「入り浸ってるみたいな言い方」
立華たちばなさんがごひいきにしてくださるので」
 今日からお世話になる雇い主だ。手を休めない栞奈かんなに向かって、郁は深くお辞儀をした。

「あぁの、本日からよろしくお願いしますっ」
 間が開いて、郁は首をかしげる。聞こえてなかったのかなと思いつつも、指示を待つために、おとなしく入り口付近に立ったまま、じっと彼女の動きを目で追う。彼の礼をかわした栞奈かんなは、成清に話を振っていた。

「成清さんが案内してくださると思いますが、水無月様宅への配達をお願いします」
 郁は特に彼女の態度は気にもしなかったが、成清は少々疑念のこもった視線を彼女に向けながら返事をした。
「軽を借りるから荷物上げと下ろしな」
 「よかったー」と郁は大きく息を吐き出した。
「歩いていくのかと思ったのでホッとしました」
 栞奈かんなの手が止まる。
「さすがにそれは」
「ねぇわな」
 成清もうなずいた。

 配達用の月見団子が次から次へと机に並べられていく。郁も慌てて彼らを手伝いながら、その荷物の量に目を丸くした。
「こんなにたくさん。大所帯なんですね」
「あったりめぇだろ。一門ってのはそんなもんだよ」
「刑士担当ですから、特にご入り用なのですよ」
 栞奈かんなが話題に出してしまった『刑士』という言葉に、成清は、「あっ」と言って不味そうな顔をした。

「刑士……」
 「裏月の治安」と栞奈かんなが説明しようとするのをさえぎって、成清は強引に郁を引っ張っていく。
「オラ。さっさと行くぞ。日が暮れちまう」
 黄色い軽自動車の助手席に、郁は押しこまれた。

「いいか。余計なことすんなよ、絶対」
「余計なことかどうかは僕が決める」
「……ここで下ろすぞ?」
 ぷいっと郁は横を向いてしまう。成清が盛大にため息をつきつつ、横目で表情をうかがうと、彼は少し涙目であった。
 成清は気まずくなって、もうそれ以上咎めることはせず、エンジンをかける。無言のまま、目的地まで車を走らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

哀夜の滅士

兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して 言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。 仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。 大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。 学園で起こった不審な事件を追ううちに、 やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

浮気性のクズ【完結】

REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。 暁斗(アキト/攻め) 大学2年 御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。 律樹(リツキ/受け) 大学1年 一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。 綾斗(アヤト) 大学2年 暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。 3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。 綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。 執筆済み、全7話、予約投稿済み

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

処理中です...