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6.暗夜を惑うソーン
63 忌み子①
しおりを挟む薄暗い資料庫でページをめくる音がしている。音をひそめながら、紙をさらっていく白い手に、影がぬっと伸びた。
「やぁ、成清くん」
驚いて本を落としそうになった成清の手を男がとっさに支える。成清はキッと相手を睨んだが、対峙した者――大ぶりの丸眼鏡からのぞく男の目つきは柔和だった。
「布施……先生」
布施とわかった瞬間に、彼は息を吐いて目を逸らした。
「調べ物なら、そう言ってくれればいいのに」
成清が勝手に閲覧していた書物を布施は取り上げる。
「いいよ。事情は話さなくて。君が知りたいことはわかってる」
布施はすぐに目的のページを探り当て、開いてみせる。そこには家系図が記されていた。樹形の末端まで布施の指が滑っていく。成清の目はその指の動きを追っていった。
「これはね。おそらく、外向けに作られた長月一門の資料だよ」
一番下に書かれていた名前は、『雪季』。それ以外の子はいないということを示していた。そして、もう、この枝葉が後世へと伸びていくこともないのだと、成清はぎりりと奥歯を噛む。
「じゃあ、あれは……誰だったんだ、俺がころし」
「だからね。きっと、〝忌子〟が生まれたんだよ。だから、その子の名前は載ってない」
忌子――裏月に生まれてくる、生来から呪われた子。かつて、下月から上月へ行くための『上進』の取り引き材料や一族の慰みものとして使われていた歴史を持つ者。月喰いと縁が深いとされ、忌み嫌われ、その存在は秘匿とされることが多い。忌子は一族の汚点であり、一族の殺し合いである――血の浄化を引き起こしかねない悪しき者でもあるからだ。
「名前も与えられない……か」
いや、名前などない方がいい。成清は与えられた名前に縛られてきた。分家の身でありながら、葉月一門の頂点に座すようにとつけられた名。親から授けられたハヅキという名に、彼は苦しめられてきた。
忌むべき名を背負った者が忌まわしき子を滅する。もう顔も声も思い出せない両親は、自分を上進のための道具としか考えていなかったのではないか。成清の心にどす黒い感情が渦巻いた。
「それで、布施先生。なんで、この資料だけ、先生の匂いが強いんですか?」
みんな、結局、自分の利益になることしか考えていない。自分の手を汚さないで事を進めるために、恩を売る。優しさを向け、手を差し伸べてくれる相手にさえも、成清は心を許しきれないでいた。名前を「ハツキ」と改めるよう助言をくれた養父、立華陽惟にだって、彼は心をなかなか開けないのだ。
「これはね。セツキという人から直接渡されたものなんだ」
「どんな奴でしたか!?」
成清の声色に焦りが生じる。彼の脳裏には、異様に白い肌、黒い出で立ち、不気味な紅い瞳が浮かんでいた。口が勝手にわななくので、彼は唇を噛んだ。
『セツキ』が次期当主であったとするなら、戸籍に記されなかった忌子は、『セツキ』にとって親しい、もしくはかけがえのない存在であったに違いない。
大切なものを奪われた者が味わう深い悲しみと、たぎらせるやり場のない憎しみ。自身は何度も苦痛に喘いだが、煮えたぎる憎悪をその相手から向けられる覚悟が、成清には定まっていなかった。
忌子を滅するのは正しいことだ。裏月に降りかかる呪いを排除することは、一門に生まれた者なら至極当然のこと。彼にとってもそうだった。認識が変わってしまったのは、忌子にも家族が、守ろうとする者がいたという事実を突きつけられたからだ。成清は忌子殺しの代償に、自身の守りたかったものを見失った。
呪いの縁を断ち斬れば、みんな幸せになる。幼き頃に抱き想い続けた、淡く脆い幻想は砕け散ったのだ。
「まぁ、落ち着いて。うーんとね、黒い系の髪色の、目はあまり開かなかったけど、黒目がちだったかな。髪はうしろで一つに結っていたと思う」
黒い結髪、糸目。幼少期の記憶の糸を必死に手繰り寄せて、成清は記憶の姿と照らし合わせる。いや、違う。アイツは、あの夜見た姿は、髪は短く、燃えるような赤い目をしていた。
布施が会ったセツキという、長月の末裔の見た目は、五月の暮れ、新月の夜に見た刺客の姿と一致しない。セツキという人物と郁に執着を見せる紅い目の男との因果関係は不明だ。成清はますます訳がわからなくなっていった。
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