月負いの縁士

兎守 優

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5.待宵のフィースト

61 待ち焦がれた君のさえずり③

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「陽惟さんたちも一緒に聞いてもらえませんか」
「ご両親もよろしいのでしたらご一緒しますが」
「あまり有益な情報かどうか定かではありませんが、聞いていただくのは構いません」
 居間に上がるなり、背を向けようとした成清を陽惟は正面にくるりと向き直させる。成清は下を向いたまま、ちゃぶ台から離れたところに腰を落ち着けた。

「郁には小さいとき、とても仲良くしていた男の子がいましてね」
「相手の子はずい分年上だった記憶があるのですが、それはもう弟のように可愛がってくれたみたいで。ですが、どこの誰なのか、私たちも最後までわかりませんでした」
 満生と恒子は互いにうなずきあった。

「郁が私たち以外に心を開くのは初めてで、よく懐いていて、今思うと本当に申し訳ないことをしてしまったと思っています。見ず知らずの人と関わらせるのはあまりよくない気がして、なんとなく遠ざけてしまって」
 郁は震える手を重ねて握りしめる。恒子は彼の震えに気づいて、その手を包みこんだ。
「郁はきっと……とてもショックだったと思います。そのせいもあってか、幼少期の記憶が一切ない状態になってしまいました」
 黙っていた成清がムスッとして、口を開く。

「そいつは恐らく、ルカオが自分の弟かなんかに似てたから近づいたんじゃないですかね」
「それなら、あの人の弟さんを見つけてあげれば」
 郁がバッと顔を上げると、成清は立ち上がって、すぐさま言葉を突き返した。
「会えるわけないだろ」
 自嘲気味に顔を引きつらせて笑って、捨てゼリフを吐き、成清は上に行ってしまった。

「郁くんはお優しいのですね。ですが、彼に近づくのはとても危険なことですよ」
「そうだぞ、郁。なにをされるか」
「郁ちゃん。あとは警察に任せましょう」
「いえ。彼は裏月の者です。こちらの専門部隊の刑士が厳正に処罰いたします」

 郁はビクリと体を震わせ、焦りの声を上げた。
「こ、殺すの!?」
「あとは刑士の方にお任せいたしますので、捕まえてまず、邪気の類を」
「でも、裏月の人たちは人を殺すのをためらわないって」
「どなたがそのようなことをおっしゃったのです?」
 陽惟は顔をしかめた。郁は口ごもりながら答える。

「あ、その……先輩なんですけど、師走大学の方で」
「ともかく。裏月の人間といえども、正気の方は殺人など犯しません」
「しかし、あなた方の月喰いだとかいうものの退治に巻きこまれて、恒子も私も」
「満生さん」
 ハッとして満生は口を押さえた。陽惟は二人の前にひざまずき、深く頭を下げる。

「身内の者が大変ご迷惑をおかけいたしました。この場をお借りしまして、謹んで深く……深くお詫び申し上げます」
「あなたに、罪はありませんよ……」
 垂れた陽惟の頭に、満生は嘆息してあきらめたように言葉をかけた。
「そんな、立華たちばなさん! 顔を上げてください」
「いえ、郁くんの言う通りです」
 やめてくださいという恒子を制して陽惟は言う。

「裏月には目的のためなら、他人を顧みない者が多いのです。その先輩はきっと学園を、この血族に縛られた閉鎖的な組織を変えてくださる考えの持ち主だと思います」
 呪われた血に、縛られ、蝕まれていく中で、裏月一門は多大な犠牲を生み出し、数々の呪いを振りまいてきた。夜の闇を広げていく月喰いとの闘争に終わりはない。

 卯咲のそこかしこに空いた深い穴から、夜の影が手を伸ばす。
 闇が広がる、ひときわ大きな穴の底へと、男の白い肌が呑まれていく。
「たっだいまー」
 男は鼻歌交じりに、気絶している礼門をすてーんと床に放り出した。

「郁くん、可愛かったなあ」
 男の視線の先には、淡い灯火が二つ。灯る火は不規則に揺らめいていた。
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