月負いの縁士

兎守 優

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5.待宵のフィースト

60 待ち焦がれた君のさえずり②

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 守護の門を破り、負傷した侵入者――‪一二三月ひふみつき礼門に、簡易の‪呪詛じゅそを施した成清は、男に向かっていく。男は彼の刀の切っ先を避けて避けて、かわし続ける。

「ふざけやがって」
 刀を使わずひたすらかわし続け、ついに男は成清を素手で捕らえた。後ろ手に彼をギリギリと締め上げる。

「俺たちの家族を殺したくせに」
 成清は暴れて抵抗したが、キツい拘束から逃げられなかった。
「上手くやらないから、こうやって」
 耳の敏い郁に聞こえたその鈍い音。彼の目に恐怖の色がにじんだ。
「苦しんだだろうに」

「や、めて……もう、やぁ……」
 苦しみ悶える成清は、地面に投げ出され、そのまま立ち上がることはなかった。
「郁、ごめんね、こんなつらいことをして」
「これ以上、やめて。お願い……」
 震える郁の元へ戻り、男は頭を撫でる。じっと、黒曜の瞳を男は見つめていた。怯えの色が消えないのを男は残念そうに見つめ、やがて郁から手を離した。

「わかった。郁の気持ちの整理がつくまで待つよ。また迎えに来るから」
 気絶している礼門を回収して、男は悲しそうに去っていく。何度も振り返りながら、宵闇に姿を消していった。

 男の姿が見えなくなり、全身の強ばりが解けた郁は、うずくまる両親に駆け寄った。
「父さん、母さんっ」
「私たちは大丈夫よ」
「はるい、さんっ」
「いぃ、きてます、よー」
「成清くん! 大丈夫!?」
「……」
 成清はうつ伏せのまま反応がなかった。

「成清くん、成清くんっ」
 彼の体を触ろうとして、彼の腕の異変に郁は気づいた。顔だけ郁の方を向いていたが、彼の目は虚ろだった。
「なるせくん……」
 初めて見る成清の覇気のない姿に、郁はポロポロと涙を流す。「今解きますから、ね」と成清の元へ行こうとして、陽惟は自身の手が動かないことに気づいた。日和見刀ひよりみとうも手から離れて遠くに転がっており、両手が拘束されたままでは‪呪詛じゅそも使えないと八方塞がりの状態である。
「成清くーん。ちゃっちゃと護符で治してくださーい」

「僕、どうすれば」
 見た目ではどう拘束されているのか、郁にはわからなかった。見えないなにかで結ばれていて、むやみに解こうとすれば痛みを伴うのではないかと彼は泣きながら、歯がゆく思う。

 月明かりを受けて、闇野に月見草が満開に咲き誇る。施された‪呪詛じゅそが浄化されるように、解けていった。
 郁の涙に反応して、月見草が応えるように、泣いて座りこむ郁のひざに寄り添う月見草。取り囲み頭を垂れる月見草に気づいて、彼は花弁をそっと撫でた。地面でどうにかモゾモゾと動いていた陽惟の腕がいきなり自由になった。

「まぁ、解けましたね!」
「郁!」
「郁ちゃん」
 満生は恒子と郁を抱きしめる。対して成清はぼーっとして寝そべったままだ。月見草がチョイチョイちょっかいを出して、彼を突く。
「コラコラ。怪我人ですよ」
 陽惟の意を汲んだのか、成清の腕や肩を月見草がペンペンと執拗に叩き始めた。やがて護符が発動し、成清の腕はビクンと跳ね上がった。

「ひとまず夜が明けるまで拙宅で待機いたしましょう」
「なるせ、くん……」
 起き上がらない成清に駆け寄り、郁は心配そうにのぞきこむ。成清は虚空を見つめたまま、問いかけた。
「お前、アイツと知り合いなのか?」
 きゅっと胸に手を当て、郁は握りしめる。彼は今にも泣きそうなつらそうな顔をしていた。

「わからない……でも、体が覚えてた」
 成清は郁の顔を見ない。
「あの人に会ったことある、どこかで。いつ会ったのか、わからないけど」
 郁は申し訳なさでいっぱいになり、萎んで嗚咽をもらし始めた。
「怖かったけど、それ以上に会いたかった。……ごめん」

 泣き崩れる郁に、満生と恒子は寄り添って抱きしめた。
「私たちがきちんと話さなかったからいけないんだ」
「ごめんね、郁ちゃん」

 成清は忌々しそうに顔を背ける。彼のほおがへこんだ。逸らした方にあったのは月見草ではなく、屈んだ陽惟が伸ばした指だった。
「んだよ」
「さすがにハツキを運ぶのは――」
「……へーい」
 成清が気だるそうに起きる背後で、満生が郁に声をかけていた。

「郁。あとできちんと話すからね」
「それじゃ不安で眠れないじゃない。今、全部話しちゃいましょうよ、満生さん」
「郁はどうしたい?」
「今、聞きたいです」
「では我々は二階に」
 そう言って、弥生堂に手招く陽惟に「あの!」と郁は呼びかけた。
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