月負いの縁士

兎守 優

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5.待宵のフィースト

59 待ち焦がれた君のさえずり①

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 彼は凄んで睨んだまま、震えでカチャカチャと金属音を鳴らしながらも、刀身を繰り出す。
「お前こそ、なにもんだ」
 相手の焦げ茶色の髪が、地平線の向こうに隠れゆく夕陽に反射して透ける。男の瞳は燃えるようにあかくきらめいた。

「俺はかおるに用があるんだ」
 郁は体をビクつかせる。成清は相手に向かって吠えた。
「通すわけねぇだろ!」

「郁。おいで」
 男は動じず、郁だけに呼びかける。郁をキツく抱きしめる恒子を見遣り、満生が答えた。
「郁は怖がってる。お引き取り願いたい」
 恒子に抱きしめられ、うずくまる郁を見つめる目が悲しそうに細められた。

「どうしたの、郁。忘れちゃったの?」
 その瞬間、郁の中でピキンと膜が割れる音がする。寒さと飢えと暗闇。あの足音がすると、温かい血潮が流れ出すのを郁は思い起こした。戸が開く音が聞こえ、暗闇に温かな光がいっぱいに広がる。たどたどしい言葉でその名を口にした。
「にい、さま……あ、ッ」
 慌てて郁は口を押さえた。なぜ、その言葉が口から出てきたのか、彼はわからず、目を見張っている。
「そうだよ。迎えに来たんだよ、郁」

「この敷地にあなたは入れません」
 手を広げ、踏み出そうとした男に呼びかける声。郁は振り向いた。
 弥生堂から姿を現した家主・陽惟は、その手に白く発光する刀を持っている。郁は追いすがるように呼んだ。
「陽惟さんっ……」

「邪魔はしないでほしいな。ようやく一緒になれるんだから」
「陽惟さん、出るなって!」
 成清が焦った声を出して、振り向いた。陽惟の日和見刀ひよりみとうがホロホロと光を放ち、彼の顔がまた一段と白く見えて、成清は心苦しく思い、舌打ちを鳴らした。

「仕方ないな。彼にやってもらうしかないね」
 黒い結い髪に、カラフルな耳飾り。虚ろな紫色の瞳を持つ少年が姿を現し、弥生堂の門に向かってくる。門の前で弾かれそうになっても、彼は強行突破し、抜いた刀を成清に向けて斬りかかった。

「なんてことを!」
 陽惟が悲愴な表情で、ケガを負った侵入者を見遣った。ところどころ出血していたが、それでも彼は無言で成清に刀を振り続けた。
「バカ野郎、死ぬぞッ」
 成清が応戦している間に、門の修復が間に合わず、男が弥生堂の敷地内に侵入してくる。郁に近づく男の間に割って入り、陽惟は発光する刃を向けた。刀が綻びるのに気づいた男は、すぐに自身も発光する刀に切り替える。

「それは宇津木さんの!」
「いい加減、退いてもらえませんか?」
「もう止めて、お願い、もう……」
 泣きすがる郁に気を取られ、陽惟は相手からの攻撃をみぞおちに食らってしまった。倒れて動けない陽惟の横をすり抜けて、男は郁に近づいていく。

「止めてくれ、郁になにもしないでくれ!」
「郁ちゃんには触れさせないわ!」
 彼は満生を‪呪詛じゅそで拘束し、恒子を引き剥がし、満生同様に‪呪詛じゅそで拘束していった。

「ヒッ」
「怖がらないで、郁」
 腰が抜けて立てない郁は、自力では逃げられなかった。男は刀をしまって腕を伸ばす。
「もう大丈夫。俺が郁を守るからね」

 男にそっと抱きしめられた郁の脳裏に、今までよりも鮮明な記憶が蘇り、激しい拒絶反応を示した。郁は男を突き飛ばす。
「やめて、いやだ。やめて!!」
「郁……!」
「ルカオ!!」
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