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5.待宵のフィースト
58 月落としの疑惑②
しおりを挟むカフェ在り月のベルが鳴る。
「こんにちはー」
店主でこの店のたったひとりの店員でもある栞奈はその声に反応して顔を上げた。
「いらっしゃいませ……立華さん?」
「時雨さん、いつもお世話になってまーす」
陽惟の姿を認めるや否や、栞奈はカウンターから小走りで出てくる。成清も栞奈を手伝って、店のブラインドを下ろした。
「成清さん。お渡しした分が足りなくなりましたか?」
「いや、陽惟さんが行きたいってだだこねて」
「よくこねておきました」
陽惟が連れてきたもう一人の青年――郁を見遣って、栞奈の細い目が開かれた。
「初めまして。ご来店ありがとうございます。在り月の店主を務めております、時雨栞奈と申します」
「僕は月見郁です」
自己紹介を済ませた二人を微笑ましく見ていた陽惟は、ちょちょいと郁の服の裾を引っ張った。
「では、私のとっておきの甘味を教えますね!」
程なくして陽惟が注文した『とっておきの甘味』たちがズラリとテーブルに並ぶ。成清はカウンターに座り、遠くから、時折鼻を覆って睨むように眺めていた。
「なあ、どう思うよ、あの二人」
「仲が良いですね」
栞奈は特段、声色を変えることなく返した。
「良すぎるというか、波長が合ってるというか」
「成清さんは月見さんとは合わない……と?」
「なんかさぁ、見ててイライラする」
栞奈は陽惟の座る窓際の席を見遣った。その目がすっと開かれ、陽惟のほころぶ顔を捉える。
「あんなに活き活きした立華さん、私は久しぶりに見た気がするのですが」
すぐに栞奈は目を伏せて、手元に目線を戻した。
「ところで成清さん。それは、もしや嫉妬」
「あのー、時雨さん。お話が」
郁がカウンター席までやって来ていたことに気づかず、成清の肩が跳ねた。しかし、栞奈の方は全く動じなかった。
「どうされました? かしこまって」
「あ、あのっ。僕にこのお団子の作り方をレクチャーしてもらえませんかっ」
「お前、料理上手いんじゃねぇのかよ」
「でも……ですが、この味と食感を出したいと思いました。お願いできませんか」
陽惟の「ふふふ」という笑い声が聞こえ、郁は顔を赤らめる。栞奈は静かな口調でこう告げた。
「それならここで働きませんか? 正直に申しまして猫の手も借りたいほどでしたので」
「だったら、アルバイト募集すればいいじゃないですか」
「覚悟のない人間には任せられません。成清さんもその覚悟、お試しになりますか?」
「郁くんがバイトするなら毎日通います!」
「陽惟さん、連れて行くの、俺だって忘れてますよね?」
「良かったですね、郁くん。これでアルバイトの件は大丈夫ですね!」
郁と陽惟はハイタッチでよろこぶ。「成清くんもファイトです」と言いながら、郁と手を取り合う陽惟を成清はうんざりとした目で見ていた。
「いや……俺まだ決まってないって」
「これで父の世話に時間を割けます」
栞奈は頭を下げる。成清は「頭、上げ、ちょ、上げてくださいって!」と慌てて立ち上がった。
「あーもう、それ、断れねぇやつ!」
成清は観念して、「おい」と郁を呼んだ。
「チッ。明日から一緒に働く仲だ。名前、なんつったっけ」
「月見です」
「下の名前だっ」
「かおる、だけど」
「じゃ、……ルカオ。明日、遅れんなよ」
「はい。成清くん!」
成清はそっぽを向く。郁は不思議そうに成清の動きを追うが、ついには彼が背を向けてしまい、表情を見るのは叶わなかった。
「では早速、月見団子の配達を頼みたいのですが、次の日曜あたりはいかがですか?」
「裏月に関わらせるのは」と言う成清に被せ気味に、郁は背を正して、大きく返事をする。
「はい。何時頃、うかがえばよろしいでしょうか?」
「十四時頃でお願いします」
「わかりました。では、僕、用事があるので一足お先に失礼しますっ」
「またのお越しを」
郁は栞奈にお辞儀をして、陽惟にペコペコ頭を下げながら、足早に在り月から出ていってしまった。
「ったく。余計なことばっか、首突っこみやがって」
「私は助かりますが」
「日曜からですよね。了解です」
成清は了承しつつも、ため息が止まらなかった。甘味を摂取して浮かれながら、郁の後ろ姿を恋しそうに目で追いかける陽惟の様子が目に入るからだ。
「ひゃあー、私もアルバイトしたいです~」
「おとなしくしとけって」
成清は唇を噛んで敗北を噛みしめた。郁との関係の進展で、良いところは全部、陽惟が持っていってしまったからである。
栞奈は陽惟と成清を弥生堂まで送った。栞奈の車が帰ってしまうと、入れ替わるように、郁と彼の両親が弥生堂の丘に姿を現した。
「誰か来た……って、ルカオじゃんか」
「わざわざご足労を。さ、お上がりください」
郁と恒子を先に入れた満生は、成清に一瞥くれる。成清はぎこちなく会釈を返して、口を噤んだ。
「先日は誠にありがとうございました」
「郁ちゃんを診てくださって心より感謝いたします」
「本当にありがとうございます」
満生が頭を下げたのを皮切りに、恒子と郁が深々と頭を下げる。陽惟は慌てて、座りこんだ。
「そんな頭を上げてください」
「ルカオ、病気だったのか?」
「まぁ、まあね」
ひじで小突いて耳打ちしようとする陽惟に、「わったよ」と成清は反応し、「茶と菓子だろ?」と小さくつぶやいた。
「お礼と言ってはなんですが、こちらを」
満生が風呂敷をちゃぶ台の上に置く。恒子が包みを開いて、陽惟の方に差し向けた。
「お菓子がお好きだとうかがっておりましたので」
「わらび餅です」
郁が容器の蓋を開けてそう告げると、陽惟の表情が華やいだ。きな粉の香ばしい香りが室内に漂う。
「まぁ! これはなんとぷるぷるの、素敵な形で!」
「よろこんでもらえて良かったです」
郁もうれしそうに顔をほころばせた。
陽惟は「せっかくですので」と笑いかけた。
「一緒にご賞味いただけませんか?」
「そんな……! 上がりこんでしまった上に、ご馳走になるなんて申し訳ないです」
「満生さん、お誘いいただいたのですから、ご一緒しましょう」
追い甘味タイムが始まろうとしていたタイミングで、成清がお盆を持ってちゃぶ台に近づく。
「お茶……」
「ありがとう、成清くん」
「成清くんも食べますっと」
「わ、おいっ!」
さっと離れようとする成清の腕を掴んで、陽惟は彼を座らせた。
わらび餅を囲んで、成清を除く四人はお茶を啜って、和やかに話をしていた。主に甘味や料理の話ばかりで、疎い成清は頭がパンクしそうだった。
「夕暮れが終わってしまいそうですね。そろそろお開きにしましょうか」
弥生堂の外はくすんだ茜色に染まっており、薄く夜が手を伸ばし始めていた。
はしゃぎすぎた陽惟の代わりに成清は見送りに出ていったが、すぐにぞわりとした冷気を感じ取り、血の気が引いていくのを感じた。
送り出した三人の行く手には男が一人、佇んでいる。その姿を認めた成清が懸命に震えを押しこめて、足に力をこめ、影斬刀の鞘に手をかけながら、郁の前に躍り出た。
「ルカオ! 下がれッ」
「郁ちゃん!」
恒子が郁の腕を掴んだ。
「二人とも私のうしろに」
満生が二人の前に立ち塞がる。成清は弥生堂の門の前に立つ男に向かって、威嚇の視線を投げ、ドスの利いた声を上げた。
「なんの用だ」
「だあれ、君」
瞬間、成清の肌がぞわぞわして、全身の震えが増幅していった。
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