月負いの縁士

兎守 優

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5.待宵のフィースト

53 破られし守護

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 夜の町を朝までフラついていた罰として、とびきり美味しいスイーツをほぼ毎日要求された成清。彼はこの日、ようやく甘味の責め苦から解放されて、弥生堂の丘をへろっへろになりながら下っていた。

「やぁ、成清くん。その後はどうだい?」
「ひえっ! いきなりどうしたんですか、布施ふせ先生」
 甘味の甘ったるい香りに当てられ、成清の鼻は麻痺しており、声をかけられるまで布施ふせの存在に、全く彼は気がつかなかった。

「いきなりもなにも、先日君が夜通し歩いていたのを見つけたのは私だよ? そりゃあ心配になるよ」
「指令書……渡したの、先生なんですか」
「指令書……?」
「礼門は俺が連れ戻しますんで」
 しばらく考えこんでいた布施ふせは、「あぁ」と心当たりに行き着いた。

「宇津木さんのことだね。彼はいくらたずねても不在で困ってしまったよ」
 「そうそう、今日も居なくて」と布施ふせも疲れ切った表情をして、ひざに手をついた。
「いや、俺にやらせてくださいって」
「違うよ、成清くん。その件は君に任せる。今度は別件。先日の件だよ」
「なにかあったんですか?」
「えーと、君も見たんじゃなかったのかな? 水無月さんからそう聞いたんだけど」
 口を開いては噤んで。心の内に湧き上がる恐れが口から飛び出さないように、成清は唇を噛んだあと、ようやく口を開いた。

「…………あいつ、宇津木と繋がりがあるんですか」
「あいつとは誰のことだか私にはわからないけど、ほら、満月喰いを退しりぞけた影斬りが使っていたっていう刀のこと」
「あれはもしかして……日和見刀ひよりみとうだった……?」
 白いうさぎの形をした発光体。使用者によって形状を変える刀である日和見刀ひよりみとう。あの夜にフラワーレインフープを退しりぞけたのは、もしや、その刀なのではないだろうか。

「水無月様もそれが心配で五家の刀の所在を聞いて回ったそうなんだが」
「宇津木のジジイ、死んでんじゃねぇだろうな」
「縁起でもないこと言わないの。あと、ジジイって言い方は、先生、悲しくなってくるなあ」
 逸る胸の鼓動を成清は深呼吸を繰り返し、落ち着ける。日和見刀ひよりみとうが奪われたとなれば一大事だが、相手がその宇津木正吾と思うと、途端に成清の中に、ふつふつと怒りが湧いてきた。

「だってですね、この間、月見じゃなくて一般人に影斬かげきり刀を使いやがったんですよ!」
「なるほど。これは刑士の領分だ。強制連行しよう」
 途端に布施ふせの表情が華やいだ。成清にはその顔に見覚えがあった。陽惟が静かに怒りをたたえて、仕返しを企んでいるときの表情によく似ていた。「今から行くよー」と言われ、彼の嫌な予感は的中してしまう。

「え、許可は?」
「学園の刑士団長に顔が利くからだいじょーぶ」
 成清は思った。俺はこの恩師から強引さとコネの使い方を学んだのだと。
 宇津木邸の周辺はうさぎロードと呼ばれ、日中は特にうさぎの出没が多い。成清は周囲に目を光らせ、神経を尖らせながら、布施ふせのあとをついていった。
 もふもふしたかたまりがそこかしこでうごめいているので、彼は気が気ではなかった。うさぎたちは宇津木邸周辺には近づかないようで、幸い一匹にも寄ってこられることはなかったが。

「もう居ないのはわかってるから、入っちゃえ」
 ‪呪詛じゅそで鍵を開けてしまう布施ふせから、成清は目を背けた。背けた先で、何匹かうさぎが近づいてくる様子が見えて、彼は青ざめる。
「だ、ダメな先生」
「優秀な生徒はここで待っててね」
「元生徒なんで、言うこと聞く必要ないですっ」
 慌てて成清は門を閉めて、布施ふせに倣って、宇津木邸に不法侵入を犯した。うさぎたちは門より内側へは入ってこようとしなかったが、興味深そうに首を動かし、二人を見つめていた。

「いやー、広いね」
「人の家なんてどうでもいいです」
 宇津木正吾の家に、何回も上がりこむ羽目になるとは成清は思いもしなかった。今回は不法侵入だ。いつどこからどやされるか、彼は身構えていたが。
「居……なさそうだね」
 布施ふせがふはーとわずかに詰めていた息を吐ききる。成清はふと疑問に思った。日和見刀ひよりみとうは、裏月の上位五家が所持しているが、宇津木はその刀を自分は使えないと言っていたはずだ。この家に所蔵してあったかもわからない様子だったことを成清は思い出した。

「あの人、影斬かげきり刀しか持ってなかった気がします」
 「うーん、‪呪詛じゅそもそこそこできるし、いいんじゃない?」と布施ふせが言うと、成清はバツが悪そうに口を噤んだ。彼はあまり‪呪詛じゅそが得意ではない。先日も威力が強すぎて、うっかり自分の手を真っ白に焼く寸前だったからだ。

「それじゃ、お家で厳重保管してるのかな」
「一人暮らしなのにそれはないでしょう。ここの警備、ザルすぎますし」
 居間を見回しながら、布施ふせは人差し指をくるくると回していた。途端に、彼の指先が棚の上に引っ張られるように伸びた。

「残念だが当たりだね」
「これは……?」
 見覚えがあるような、聞き覚えのあるような箱型の置物。しかし、以前、この家にカチコミに行ったとき、棚の上の物について言われたことを成清は話半分で聞き流していた。特段変なニオイもしなかったため、彼は気にも留めていなかったのだが。

日和見刀ひよりみとうを保管する細工が施された仕掛けばこだよ。学園にも同じようなものがあるけど、一族の者以外、解除方法は知らないはず」
 「一族の者なのに、なにも知らされていない」という態度はタヌキ芝居だったのかと、成清はすぐに思い直した。彼ならそういう嘘の一つや二つ、平気で吐くだろうし、隠し事も多いだろうと成清は踏んだ。

「持ち出したのはやっぱクソジジイ以外いないじゃないですか」
「いや、彼は脅されて開けたのかもしれない。件の日和見刀ひよりみとうを持っていたのは、現に宇津木さんではなかった」
「じゃあ誘拐されてるってこと?」
「無事だといいんだけど」
「先生こそ、縁起でもないですよ」
 「学園に通報っと」と布施ふせは他人様の家の電話を拝借した。

「じゃ、成清くんは礼門くんをくれぐれもよろしくね」
「先生も気をつけてください」
「落ち着いたら母校に遊びに来てもいいんだよー」
「……遠慮しときます」
「でも、このままついてくると、学園に着いちゃうけど?」
「や、ちゃんと帰りますよ! じゃあ、お疲れさまでした」

「ふふ。まだうさぎさんが苦手なんだな、成清くんは」
 神出鬼没なうさぎに神経をすり減らしながら帰っていく、教え子の姿を布施ふせは微笑ましく見送ってから、自身も踵を返した。
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