月負いの縁士

兎守 優

文字の大きさ
上 下
50 / 121
5.待宵のフィースト

50 祝宴への誘い

しおりを挟む

 青白い花が咲き誇り、まるで蛍が飛ぶように、ほのかに光っている。野を這う月見草の花弁と見違う飛翔物をとび色の目が捉えた。

「月見草に擬態してやがる」
 ひらひらと舞い上がる花弁は、‪皐月さつきに紐づくフルムーンイーター・フラワーレインフープの本体が散らす月喰いである。花の雨が夜空をまだらに白く染め上げ、白昼と錯覚させる景色へと変貌させていくのは、わずかな間だけだ。影斬かげきり刀に縁を切られ、舞い踊る月喰いたちはその生命を散らしていき、辺りはすぐ夜の闇に呑まれていく。

「どこかに満月喰いがいるはずだ」
 白銀の長髪を結い上げ、闇色の視界で誰もがわかるほど、水無月和枝の衰弱は明らかだった。痩せ衰えても燻ることのない、刑士長としての強い使命感だけが瞳の奥に宿り、彼女を突き動かしていた。
 刑士の影斬りたちは彼女を取り囲みながら、向かってくる月喰いを滅していく。
 刑士長がその刀を振るうのはただの一度のみ。刑士長の持つ闇縫やみぬいの刀は、当主が不在の月のフルムーンイーターを滅することができる唯一の刀である。一方で、使用者への負担が重く、命を削る諸刃の剣でもあった。

「お嬢。これじゃあ、見分けがつかないですよ」
 木乃目このめ結人ゆいとは、刑士のあとを追っていこうとする梅見うめみ丹那になに向かってぼやいた。舞い踊る白い発光体を梅重うめかさね色の瞳が鋭く射抜く。彼女は真底あきれた表情で結人を刀の柄でど突いた。
「月見草が飛ぶわけないだろう? ふざけた飛行体だけ、落としてやりな」
「承知」
 彼女のすぐそばで控えていた花景かけいこうき丹那になに舞い降りようとする月喰いを滅していく。結人はへいへいと気だるそうに、月喰いをはたき落として始めた。

「地を這う奴らは構うな。あたしがやる。あんたたちは飛行体だけ、落とすんだよ」
 「やー、普通逆ッスけどね」と結人が言う間に、丹那になは体を地に着く寸前まで屈めて、草を根本から刈るがごとく、影斬かげきり刀で月喰いをなぎ払う。
「ひゅー、いつ見てもすげーわ。惚れる~」
 結人の目の前の月喰いが消滅した先に、こうきの姿が現れた。

「地との縁が弱い方を俺たちに任せてくれてるんだ。丹那にな様に感謝しろ」
「セイちゃん、ナーイスっと」
 今度はこうきの頭上の月喰いを結人が砕く。こうきは不機嫌な顔を彼に向け、「……縮め」と言い放った。
 刑士のあとを追って成清も、吹雪のように月喰いが舞う夜道を行く。光を切り裂く漆黒と白銀が混じった軌道が、飛翔体の月喰いで閉ざされた道を斬り開いた。
 白んでいた視界が晴れて、辺りに冴えた黒い夜の闇が戻った。‪呪詛じゅそを使った反動で、成清の守護符で張った結界にヒビが入り、左腕は一部が白く変色していた。

「ま、いっか。霧は晴れたし」
 成清の歯が独りでにカタカタと小刻みに揺れ始めた。形容しがたい不快な臭いを嗅ぎとった鼻から神経を伝い、脳が異常事態だと知らせる。突如、超音波のような音が辺り一帯に響いた。

『ハヤオキ ハヤネ ネナイコ ワルイコ』

 勢いを増し、吹きすさぶ花吹雪が影斬りたちを襲う。シールドを破られ、刀で根負けした者たちが次々と呑まれていく。丹那になが斬りかかろうとするのを結人が止めて、こうきが彼女の前に白い壁を作った。
「なにするんだい」
「すいません、お嬢」
双天そうてん様の遺言ゆえ」
「クソ親父、腰抜けがぁあ!」

 白い盾が丹那になと結人を囲うようにいくつも立てられた。暴れる丹那になを結人が抱え上げ、こうきが叫ぶ。
「全員、退け!!」

 撤退の号令と悲鳴がこだまする夜の森。成清は騒ぎの方へ振り向き、わななきながらも口を開いた。
「バカ野郎、撤退なんてしたら、市民が巻き添え食らうぞ」
「刑士長! 我らも引きましょう」
 成清は和枝を見た。和枝は彼と刑士の一員、どちらの方も見ずに迷わず、その言葉を口する。
「撤退だ。撤退せよ!」
「んな、ここで引けるわけねぇだろ」
「私と残るか?」
 和枝は地団駄を踏む成清に問いかける。踵を返しかけた刑士が振り向いた。

「刑士長お一人で残すことなどできません!」
 あちこちで湧き起こる黒い竜巻が、花吹雪の月喰いを襲い、次々と飲みこんでいく。和枝はその漆黒の刀を抜いていた。その災いの刀の力を使い、‪呪詛じゅその威力を上乗せしている。
「今から闇縫やみぬいを使う。全員、撤退させなさい」
 その刀は全ての縁を斬り裂く恐ろしい代物だった。現に成清はその刀を見て、足が震えるのを感じていた。

「……わった。頼みます。オラ、さっさと逃げるぞ」
 刑士たちを促して、成清も去っていく。人の気配が消えたのを彼女は確認して、闇縫やみぬいの刀を構えた。この刀を構えるとき、彼女の脳裏にいつもよぎるのは、佐枝さえぐさ紗苗さなえという刑士の影斬りの姿だ。過去の幻影に囚わる心を、彼女を失った深い悲しみを強い憎しみで打ち消して、和枝の表情は凪ぐ。

「食らわれた者たちを貴様の腹の中で昇華させなどしない」
 暗黒の刀身ごと、和枝は‪呪詛じゅそで起こした竜巻に呑まれた。渦の中心で月喰い、否、月喰いの王、フルムーンイーターを捉え、彼女は回し斬りで刻む。

「刻み切れな、ぐっ」
 元に戻ろうとする竜巻に、彼女は根負けしてしまう。圧力に耐えきれず折れてしまった腕を諦め、彼女は曲げたひじに柄を挟み、押しこんだ。

 突然、光の盾が現れ、和枝を竜巻から引き離した。和枝はそのまま仰向けに倒れる。すぐには半身を起こして彼女が捉えた姿は、かつて自分の盾となって潰えた友の姿ではなかった。うさぎの形を帯びた巨大な白い盾。守護者の化身が竜巻を退しりぞけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

哀夜の滅士

兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して 言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。 仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。 大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。 学園で起こった不審な事件を追ううちに、 やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

罰ゲームって楽しいね♪

あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」 おれ七海 直也(ななみ なおや)は 告白された。 クールでかっこいいと言われている 鈴木 海(すずき かい)に、告白、 さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。 なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの 告白の答えを待つ…。 おれは、わかっていた────これは 罰ゲームだ。 きっと罰ゲームで『男に告白しろ』 とでも言われたのだろう…。 いいよ、なら──楽しんでやろう!! てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ! ひょんなことで海とつき合ったおれ…。 だが、それが…とんでもないことになる。 ────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪ この作品はpixivにも記載されています。

好きか?嫌いか?

秋元智也
BL
ある日、女子に振られてやけくそになって自分の運命の相手を 怪しげな老婆に占ってもらう。 そこで身近にいると宣言されて、虹色の玉を渡された。 眺めていると、後ろからぶつけられ慌てて掴むつもりが飲み込んでしまう。 翌朝、目覚めると触れた人の心の声が聞こえるようになっていた! クラスでいつもつっかかってくる奴の声を悪戯するつもりで聞いてみると なんと…!! そして、運命の人とは…!?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき
BL
母親の再婚によってあまーい名前になってしまった「佐藤蜜」は入学式の日、担任に「おいしそうだね」と言われてしまった。 周防獅子という負けず劣らずの名前を持つ担任は、ガタイに似合わず甘党でおっとりしていて、そばにいると心地がいい。 初恋もまだな蜜だけど周防と初めての経験を通して恋を知っていく。 (これが恋っていうものなのか?) 人を好きになる苦しさを知った時、蜜は大人の階段を上り始める。 ピュアな男子高生と先生の甘々ラブストーリー。 ※エブリスタにて『sugar sugar honey』のタイトルで掲載されていた作品です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...