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5.待宵のフィースト
50 祝宴への誘い
しおりを挟む青白い花が咲き誇り、まるで蛍が飛ぶように、ほのかに光っている。野を這う月見草の花弁と見違う飛翔物を鳶色の目が捉えた。
「月見草に擬態してやがる」
ひらひらと舞い上がる花弁は、皐月に紐づくフルムーンイーター・フラワーレインフープの本体が散らす月喰いである。花の雨が夜空をまだらに白く染め上げ、白昼と錯覚させる景色へと変貌させていくのは、わずかな間だけだ。影斬刀に縁を切られ、舞い踊る月喰いたちはその生命を散らしていき、辺りはすぐ夜の闇に呑まれていく。
「どこかに満月喰いがいるはずだ」
白銀の長髪を結い上げ、闇色の視界で誰もがわかるほど、水無月和枝の衰弱は明らかだった。痩せ衰えても燻ることのない、刑士長としての強い使命感だけが瞳の奥に宿り、彼女を突き動かしていた。
刑士の影斬りたちは彼女を取り囲みながら、向かってくる月喰いを滅していく。
刑士長がその刀を振るうのはただの一度のみ。刑士長の持つ闇縫いの刀は、当主が不在の月のフルムーンイーターを滅することができる唯一の刀である。一方で、使用者への負担が重く、命を削る諸刃の剣でもあった。
「お嬢。これじゃあ、見分けがつかないですよ」
木乃目結人は、刑士のあとを追っていこうとする梅見丹那に向かってぼやいた。舞い踊る白い発光体を梅重色の瞳が鋭く射抜く。彼女は真底あきれた表情で結人を刀の柄でど突いた。
「月見草が飛ぶわけないだろう? ふざけた飛行体だけ、落としてやりな」
「承知」
彼女のすぐそばで控えていた花景聖は丹那に舞い降りようとする月喰いを滅していく。結人はへいへいと気だるそうに、月喰いをはたき落として始めた。
「地を這う奴らは構うな。あたしがやる。あんたたちは飛行体だけ、落とすんだよ」
「やー、普通逆ッスけどね」と結人が言う間に、丹那は体を地に着く寸前まで屈めて、草を根本から刈るがごとく、影斬刀で月喰いをなぎ払う。
「ひゅー、いつ見てもすげーわ。惚れる~」
結人の目の前の月喰いが消滅した先に、聖の姿が現れた。
「地との縁が弱い方を俺たちに任せてくれてるんだ。丹那様に感謝しろ」
「セイちゃん、ナーイスっと」
今度は聖の頭上の月喰いを結人が砕く。聖は不機嫌な顔を彼に向け、「……縮め」と言い放った。
刑士のあとを追って成清も、吹雪のように月喰いが舞う夜道を行く。光を切り裂く漆黒と白銀が混じった軌道が、飛翔体の月喰いで閉ざされた道を斬り開いた。
白んでいた視界が晴れて、辺りに冴えた黒い夜の闇が戻った。呪詛を使った反動で、成清の守護符で張った結界にヒビが入り、左腕は一部が白く変色していた。
「ま、いっか。霧は晴れたし」
成清の歯が独りでにカタカタと小刻みに揺れ始めた。形容しがたい不快な臭いを嗅ぎとった鼻から神経を伝い、脳が異常事態だと知らせる。突如、超音波のような音が辺り一帯に響いた。
『ハヤオキ ハヤネ ネナイコ ワルイコ』
勢いを増し、吹きすさぶ花吹雪が影斬りたちを襲う。シールドを破られ、刀で根負けした者たちが次々と呑まれていく。丹那が斬りかかろうとするのを結人が止めて、聖が彼女の前に白い壁を作った。
「なにするんだい」
「すいません、お嬢」
「双天様の遺言ゆえ」
「クソ親父、腰抜けがぁあ!」
白い盾が丹那と結人を囲うようにいくつも立てられた。暴れる丹那を結人が抱え上げ、聖が叫ぶ。
「全員、退け!!」
撤退の号令と悲鳴がこだまする夜の森。成清は騒ぎの方へ振り向き、わななきながらも口を開いた。
「バカ野郎、撤退なんてしたら、市民が巻き添え食らうぞ」
「刑士長! 我らも引きましょう」
成清は和枝を見た。和枝は彼と刑士の一員、どちらの方も見ずに迷わず、その言葉を口する。
「撤退だ。撤退せよ!」
「んな、ここで引けるわけねぇだろ」
「私と残るか?」
和枝は地団駄を踏む成清に問いかける。踵を返しかけた刑士が振り向いた。
「刑士長お一人で残すことなどできません!」
あちこちで湧き起こる黒い竜巻が、花吹雪の月喰いを襲い、次々と飲みこんでいく。和枝はその漆黒の刀を抜いていた。その災いの刀の力を使い、呪詛の威力を上乗せしている。
「今から闇縫いを使う。全員、撤退させなさい」
その刀は全ての縁を斬り裂く恐ろしい代物だった。現に成清はその刀を見て、足が震えるのを感じていた。
「……わった。頼みます。オラ、さっさと逃げるぞ」
刑士たちを促して、成清も去っていく。人の気配が消えたのを彼女は確認して、闇縫いの刀を構えた。この刀を構えるとき、彼女の脳裏にいつもよぎるのは、佐枝紗苗という刑士の影斬りの姿だ。過去の幻影に囚わる心を、彼女を失った深い悲しみを強い憎しみで打ち消して、和枝の表情は凪ぐ。
「食らわれた者たちを貴様の腹の中で昇華させなどしない」
暗黒の刀身ごと、和枝は呪詛で起こした竜巻に呑まれた。渦の中心で月喰い、否、月喰いの王、フルムーンイーターを捉え、彼女は回し斬りで刻む。
「刻み切れな、ぐっ」
元に戻ろうとする竜巻に、彼女は根負けしてしまう。圧力に耐えきれず折れてしまった腕を諦め、彼女は曲げたひじに柄を挟み、押しこんだ。
突然、光の盾が現れ、和枝を竜巻から引き離した。和枝はそのまま仰向けに倒れる。すぐには半身を起こして彼女が捉えた姿は、かつて自分の盾となって潰えた友の姿ではなかった。うさぎの形を帯びた巨大な白い盾。守護者の化身が竜巻を退けた。
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