月負いの縁士

兎守 優

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4.檻の中のカーニバル

44 宝探しとさらし者①

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 月明かりにぼんやりと照らされた大河を赤い果実が流れていく様を御剣みつるぎは見ている。その目は赤く熟れた果実のように、毒々しく燃えていた。
「祭りというのは、終わる様が美しいというのに、御仁ごじんはいわば、スイカのてっぺんしか食べないようなもので、なんと哀れなものかな」

 この大河の末端は海へと繋がる。大海へと流されていった兎玉うたまが、すべて孵化するわけではない。孵化したとしても、彼らには天敵が多く、成体まで辿りつける幼生体・兎玉草子うたまそうしはわずかだとされていた。

 赤く染まる川面に流れるのは、生命の火か、それとも死へ向かう血の涙か。祭りの後を知らない御仁ごじんには、到底考えもつかないことだと御剣みつるぎはため息を吐き、頬杖をついた。

「早く私にネタを持ってきてくれ」
「はい、御剣みつるぎ様」
「承知しました」
 御剣みつるぎにひざまずき、頭を垂れているのは、新山恵と水戸佳也だった。

「退屈で仕方ないんだ。月でも太陽でもなんでもいいから、落ちてこないかな」
 御剣みつるぎは両手を掲げ、星も月も隠れた空に高らかに吟じた。

「粛星よ、槍雨のごとく、大地に降り注ぎ、この不浄の地を清め、永劫に封じこめてしまえ」
 声の響きが止むと、乾いた音がパンパンと鳴った。御剣みつるぎが「おや?」と半身振り向くと、恵が表情のない目で手を叩いていた。佳也は頭を深く下げたままだったが、右の手首がほんのりと発光しており、その先は恵の腕に繋がっていた。

「ところで、その腕輪。死が二人を分かつまでみたいな儀式のやつ?」
「恵の兎化うかの進行が早いので……」
「致死の運命なら、せめて呪われてでも痣をつけてでも繋がっていたいって? いいね、君たちで悲恋モノ、書いてあげるよ、ぐっちゃぐちゃのドロドロなやつ。最期は兎化うかした彼に君が食べられてハッピーエンド」
 また恵は手を叩く。佳也は奥歯を噛みしめてから、謝罪を口にした。

「勝手な真似をして申し訳ございませんでした」
「恵君も機嫌良さそうだし、いいんじゃない?」
御剣みつるぎ様のために尽くして参ります」
 抑揚のない声で恵は御剣みつるぎに反応した。

「報われない片想いだね、佳也君。どんな形であれ成就させたいなら、〝隠された宝物〟を早く見つけ出してきてね」
 「かしこまりました。御剣みつるぎ様」と揃ってひれ伏す彼らのことなど、もはや御剣みつるぎの視界には映っていなかった。

「月の異名を背負った影斬りたちの物語。いよいよ佳境かなあ、はてさて」
「あー! やっと見つけました。イチジョウセンパーイ。もう、探しましたよ」
 夜の眠りを一発で覚ます、よく通る声が遠くから飛んできて、御剣みつるぎの耳をつんざいた。

「やあやあ、こちらでは御剣みつるぎ大和やまとと名乗っているんだがね、ムッツー君」
 パーカーのフードを目深にかぶり、裾を折り返したズボンにスニーカー姿の男が手を振る。ラフな格好の彼は大きな岩を軽快に飛び移って、御剣みつるぎの元へやってきた。
「わかりました、御剣・・先輩。深夜便、出ますよ! 早く早く」
 耳を押さえながら、御剣みつるぎはハッと立ち上がった。

「そうだった。弾丸お忍びツアーのはずが、うっかり招かれてしまった。それではご機嫌よう」
「先輩方、お元気で!」
 ムッツーと呼ばれた男は、恵と佳也に土下座をしたかと思うと、すぐに飛び起きて手を振った。

「お言葉、感謝いたします。道中お気をつけて」
 深々と頭を下げる佳也の隣で、恵は覇気のない表情を浮かべ、無言で手を振る。

「恵。必ず、俺がお前を救う」
 誓いの言葉は、震える口から細く吐き出された。だらんと下がっている左手に、佳也は自分の右手を重ねた。

 くしゃみをした郁に、羽織りがふわりと掛けられた。郁は伏し目がちに、陽惟の方を見る。照れながら彼に感謝している郁を成清は横目で睨むようにチラ見して、水を払い、舌打ちをして歩き出してしまった。

「月見小僧を送り返したら、俺もとっととアパートに帰って着替える」
「無事な私が一人で送り届けますが?」
「まーた日和見刀ひよりみとう、使われたら、こっちが困るからな!」
 態度も口も全くしおれていない成清とは違い、水に濡れた郁は、病弱な陽惟よりも弱々しく見え、陽惟は心配になって声をかける。

「郁くん、大丈夫ですか?」
 郁がバッと顔を上げると、毛先の水滴が散った。跳ねた水滴がもち丸にかかったが、もち丸は体をブンブン振って、すぐに弾き返す。「ごめんね」と郁が屈むと、もち丸は飛び跳ねてよろこんだ。
「うさぎちゃんも成清くんも無事でホッとしてます」
「やめろ、俺の心はズタボロだぜ……」
 先を行く成清は足を止めず、頭を抱えた。

「そうだよね。うさぎさんのこと、苦手なんだよね」
「苦手っつうか」
「その昔、成清くんはうさぎさんにお尻をアタックされ、川に落ちたのです」
 雷に打たれたように、郁がピタリと止まった。
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