43 / 121
4.檻の中のカーニバル
43 春の祝祭⑥
しおりを挟む「わ、成清くんだ!」
祝祭の華やかな装いに似つかわしくない、ジャージにスニーカー姿の男――成清が不機嫌そうに二人に近づいてきた。陽惟はお面を外して、「あれ、成清くん?」と口に手を当てた。
「うさぎのドレスコードはどうされました?」
「小童にくれてやった」
「成清くんって意外と優しいんだね」
郁がニコニコ笑い、髪飾りが揺れる。成清はキッと睨むようにそれを凝視した。
「は、はあ? てか、その髪飾り、どうしたんだよ」
「陽惟さんからもらったんだ」
「ふーん」
髪飾りを触ってほおを染めている郁を挟んで、無言で成清と陽惟は目配せして火花を散らしていた。
「成清くん、見回りのお仕事だよね! お疲れ様!」
「まあ、新月だし特になんもねえだろ」
成清が背伸びをしながら、ぐるりと見回すと橋の上でキラリとなにかが光った。
「もるるー!!」
絶叫がこだまする。すぐにボチャンッと大きな水しぶきが上がった。
「あのうさころ、また」
一瞬怯んだ成清に構わず、郁はカバンを投げ捨て、川に飛びこんで行く。
「郁くん!」
「くそ、あのバカ」
駆け出そうとする陽惟を押し止め、成清は刀を捨て置き、急いでジャブシャブと川に入っていった。
「浮き草もなしに行くなんて、ハツキ!」
小さな手でパチャパチャともがく、もるるを郁は掴んだが、両手の自由が利かないことに気づいた。濡れた衣類が吸いつき、思うように足を動かせない。流域が広く、岸に辿りつけない。浮かぶ兎玉を傷つけまいと郁が慎重に進むせいで、岸に近づくことができず、どんどん流されていく。
ゴボゴボともがき、溺れそうな郁の肩を成清が掴んだ。
「そのうさ公、ぜってぇ離すなよ」
郁の背中に手を回し、成清は岸へと引き寄せる。赤い兎玉が血のように流れていく川は、川自体が化け物のようで、郁はぶるりと体を震わせた。
周りに掴まるものがなにもなく、成清も何度も水を飲んでしまってはむせていた。
「くっそ、なんもねぇぞ、この川!」
「ハツキ!」
成清の目の前にいきなりツタの網が立ち上がり、たくさんの兎玉とともに三人も網にかかった。
「なんすか、ゲホッ、これ」
「成清くん、大丈夫……?」とずぶ濡れの郁が心配そうに見つめる横で、成清は盛大にむせかえっていた。
「ネスティングマウスのダム跡を利用しました。砂利道は植物が少ないので、呪詛の発動には要素不足ですので」
陽惟はせき止めに使ったダムの残骸を解除した。渋滞していた兎玉たちは再び、どんぶらこと流れていく。
「もるる!!」
半泣きで飼い主が駆けつけてきた。体毛に水をたっぷりと含んだもるるの動きは鈍く、郁の手元からほとんど進めていなかった。
「ったく、なんてうさころだ。飼い主、困らせるんじゃねぇぞ、まったく、ゲホッ」
もるるは飼い主ではなく、成清の方に向かって、少しずつ動いていく。近づいていくもるるから、成清は距離を取った。もるるはしょんぼりとうずくまってしまった。
「ケガがなくて良かったね」
郁が撫でるともるるは体を震わせた。
「もるる、どうして飛び降りたりなんてしたの! 死んじゃったらどうするつもりだったの!」
飼い主は涙に濡れた顔で、まくし立てるように怒った。もるるは身を縮めて、濡れてたるんだ肉垂に顔を埋める。
「お礼を……きちんとしたかったのかもしれません」
項垂れるもるるを見つめて陽惟はつぶやいた。
「もるる、面食いなので、きっとお兄さんが気に入って、行っちゃったんだと思います」
「ハツキは黙っていればイケメンですしね」とクスリとする陽惟に成清は舌打ちを鳴らす。もるるはビクリと体を震わせた。
飼い主は三人に何度も頭を下げる。成清はじっとしているもるるにため息をついた。
「……もういい。充分だろ、うさころ」
「ごめんなさいしなさい、もるる」
もるるは一瞬遅れて、成清を見つめた。しばらくすると、また首をぐっと引っこめた。
飼い主の肩に乗り、帰っていくもるるを郁と陽惟は見送る。成清はそっぽを向いていた。ふいに、陽惟がちょんちょんと郁の肩をつついた。
「成清くんがなぜ、こんなうさぎさんばかりの卯咲で、うさぎさんをうまーく避けて通れるか、知りたいですか?」
陽惟は郁の髪や肩についた細かい葉片や短いツタなどを取り払っていく。郁は「ひうっ」と小さく叫びながら、成清の方に視線を向けた。
「実はうさぎさんが……大好きなんじゃないですか?」
成清はバッと振り向き、「あ?」とよく響く大声を出した。
「嫌いだ、うさころは……おい、なんだよ、近づくな!」
陽惟と郁の足元で、もち丸が跳ね回り、アップを始めていた。
「うさぎの言葉がわかるんです」
「ちげぇよ、そんな都合のいい話があるわけねぇだろ。ニオイだよ、うさころ特有のニオイ! 嗅覚ってのはな、ヤバいものは探知できるようにできてんだよ、この鈍感共!」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
哀夜の滅士
兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して
言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。
仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。
大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。
学園で起こった不審な事件を追ううちに、
やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
美しい怪物
藤間留彦
BL
幼き頃両親を事故で亡くし、莫大な財産を相続した美しい貴族の青年マティアス・ファルケンハインは、ある日人喰いの怪物と出会い恋に落ちた。
マティアスはその美しい怪物にシェーンという名を与え、側に置くが──。 人×人外のダークファンタジーBL。
表紙イラストはジョニー(Twitter@unshinon)様に描いて頂きました✨
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる