月負いの縁士

兎守 優

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4.檻の中のカーニバル

43 春の祝祭⑥

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「わ、成清くんだ!」
 祝祭の華やかな装いに似つかわしくない、ジャージにスニーカー姿の男――成清が不機嫌そうに二人に近づいてきた。陽惟はお面を外して、「あれ、成清くん?」と口に手を当てた。

「うさぎのドレスコードはどうされました?」
「小童にくれてやった」
「成清くんって意外と優しいんだね」
 郁がニコニコ笑い、髪飾りが揺れる。成清はキッと睨むようにそれを凝視した。

「は、はあ? てか、その髪飾り、どうしたんだよ」
「陽惟さんからもらったんだ」
「ふーん」
 髪飾りを触ってほおを染めている郁を挟んで、無言で成清と陽惟は目配せして火花を散らしていた。

「成清くん、見回りのお仕事だよね! お疲れ様!」
「まあ、新月だし特になんもねえだろ」
 成清が背伸びをしながら、ぐるりと見回すと橋の上でキラリとなにかが光った。

「もるるー!!」
 絶叫がこだまする。すぐにボチャンッと大きな水しぶきが上がった。
「あのうさころ、また」
 一瞬怯んだ成清に構わず、郁はカバンを投げ捨て、川に飛びこんで行く。

「郁くん!」
「くそ、あのバカ」
 駆け出そうとする陽惟を押し止め、成清は刀を捨て置き、急いでジャブシャブと川に入っていった。
「浮き草もなしに行くなんて、ハツキ!」

 小さな手でパチャパチャともがく、もるるを郁は掴んだが、両手の自由が利かないことに気づいた。濡れた衣類が吸いつき、思うように足を動かせない。流域が広く、岸に辿りつけない。浮かぶ兎玉うたまを傷つけまいと郁が慎重に進むせいで、岸に近づくことができず、どんどん流されていく。
 ゴボゴボともがき、溺れそうな郁の肩を成清が掴んだ。

「そのうさ公、ぜってぇ離すなよ」
 郁の背中に手を回し、成清は岸へと引き寄せる。赤い兎玉うたまが血のように流れていく川は、川自体が化け物のようで、郁はぶるりと体を震わせた。
 周りに掴まるものがなにもなく、成清も何度も水を飲んでしまってはむせていた。

「くっそ、なんもねぇぞ、この川!」
「ハツキ!」
 成清の目の前にいきなりツタの網が立ち上がり、たくさんの兎玉うたまとともに三人も網にかかった。
「なんすか、ゲホッ、これ」
 「成清くん、大丈夫……?」とずぶ濡れの郁が心配そうに見つめる横で、成清は盛大にむせかえっていた。

「ネスティングマウスのダム跡を利用しました。砂利道は植物が少ないので、‪呪詛じゅその発動には要素不足ですので」
 陽惟はせき止めに使ったダムの残骸を解除した。渋滞していた兎玉うたまたちは再び、どんぶらこと流れていく。

「もるる!!」
 半泣きで飼い主が駆けつけてきた。体毛に水をたっぷりと含んだもるるの動きは鈍く、郁の手元からほとんど進めていなかった。
「ったく、なんてうさころだ。飼い主、困らせるんじゃねぇぞ、まったく、ゲホッ」
 もるるは飼い主ではなく、成清の方に向かって、少しずつ動いていく。近づいていくもるるから、成清は距離を取った。もるるはしょんぼりとうずくまってしまった。

「ケガがなくて良かったね」
 郁が撫でるともるるは体を震わせた。
「もるる、どうして飛び降りたりなんてしたの! 死んじゃったらどうするつもりだったの!」
 飼い主は涙に濡れた顔で、まくし立てるように怒った。もるるは身を縮めて、濡れてたるんだ肉垂に顔を埋める。

「お礼を……きちんとしたかったのかもしれません」
 項垂れるもるるを見つめて陽惟はつぶやいた。
「もるる、面食いなので、きっとお兄さんが気に入って、行っちゃったんだと思います」
 「ハツキは黙っていればイケメンですしね」とクスリとする陽惟に成清は舌打ちを鳴らす。もるるはビクリと体を震わせた。
 飼い主は三人に何度も頭を下げる。成清はじっとしているもるるにため息をついた。

「……もういい。充分だろ、うさころ」
「ごめんなさいしなさい、もるる」
 もるるは一瞬遅れて、成清を見つめた。しばらくすると、また首をぐっと引っこめた。

 飼い主の肩に乗り、帰っていくもるるを郁と陽惟は見送る。成清はそっぽを向いていた。ふいに、陽惟がちょんちょんと郁の肩をつついた。
「成清くんがなぜ、こんなうさぎさんばかりの卯咲で、うさぎさんをうまーく避けて通れるか、知りたいですか?」
 陽惟は郁の髪や肩についた細かい葉片や短いツタなどを取り払っていく。郁は「ひうっ」と小さく叫びながら、成清の方に視線を向けた。

「実はうさぎさんが……大好きなんじゃないですか?」
 成清はバッと振り向き、「あ?」とよく響く大声を出した。
「嫌いだ、うさころは……おい、なんだよ、近づくな!」
 陽惟と郁の足元で、もち丸が跳ね回り、アップを始めていた。

「うさぎの言葉がわかるんです」
「ちげぇよ、そんな都合のいい話があるわけねぇだろ。ニオイだよ、うさころ特有のニオイ! 嗅覚ってのはな、ヤバいものは探知できるようにできてんだよ、この鈍感共!」
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