月負いの縁士

兎守 優

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4.檻の中のカーニバル

42 春の祝祭⑤

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「『フルムーンイーター』! 颯葵そうき著!?]」
「満を持して発表になる、颯葵そうきの新作です。おめでとうございます」
 大歓声と大きな拍手が沸き起こった。

「わーお、あっちだとお目にかかれないけど、颯葵そうきの本、初めて見た! うさぎさんのお話なんだねー。気になる、気になる」
「あ、あのもしよろしければ、僕はあとで買うので、これはあなたに差し上げます」
 郁が景品を御剣みつるぎに差し出すと、もち丸がイヤイヤして、床を踏み鳴らした。

「いやはやあ、弱った。こんなめんこい子から、告白されてしまいまして。じゃあ、こうしましょう。私の返事をこの本の見返しに書いておくので、お家にでも帰ったら見てくださいな」
 御剣みつるぎの言葉の意味がわからない郁は一人、首を斜めにしていた。

「お名前、聞いても?」
「月見郁です。お月見に、かおるは、有る無しのるにこざとへんです」
 界導かいどうがなにか言いたそうに、二人に近づこうとしたが、御剣みつるぎがパッと顔を上げたので、踏み出した足を引っこめた。郁の視線に気づいた御剣みつるぎが「気になるよね」と答えた。

「一応、見えてるんだ、うっすらと。日光でほとんど目が焼けてしまったんで、年中目を覆っているがね」
「いえ、素敵なお召し物だと」
「ありがとう。でも、いいかい、月見郁君。うさぎがあしらわれたものは、安易に人に贈ってはいけないよ。では、このあとはお待ちかねのステージでフィナーレだね」

 「どうして」と聞こうとした郁はもち丸が足元で暴れていることに気づき、たずねる機会を失ってしまう。本をカバンにしまいこんで、郁はもち丸を抱えこんで壇上から下りた。手を振った陽惟を見つけて、彼の元に駆けていく。

「陽惟さん! もち丸と頑張って獲ってきました」
「ふふ。お二人ともとってもお似合いでしたよ」
「陽惟さんの好きなお菓子、これでたくさん買ってこられますね!」
「まあ、郁くん。なんてお優しいのでしょう」
 郁がうさぎのようにピョンピョン跳ねる近くで、ヨレヨレの顔の男が一人、女性と背の低い男から説教を食らっていた。

「お嬢~、十一問目でミスりました」
「全く結人は使えないねえ」
「俗世はお前の方が慣れてるだろう。どこに間違える要素があったんだ」
「だからって、脛はやめてほしいなあ」
「まもなくステージ発表です」
 梅見丹那になは華やぐ会場にくるりと背を向けた。
「さて。警戒を強めるとするかねえ」
 こうきと結人は刀を揺らし、彼女のあとについていった。

 にぎやかな会場から離れていく人たちの流れに、郁と陽惟、もち丸も混ざっていた。
兎玉うたま流しをして帰りましょうか」
「はい。とっても楽しかったです」
 帰路につく流れと河原へ向かう人の流れがきれいに二つにわかれていった。彼らは市街地へ流れていく人々に背を向けて、歩いていく。
 墨を流したような夜の川に、灯火を包んだように淡く光る赤い球体がたくさん流れていた。

「赤い桃がいっぱい!」
「砂利の河原に生み落とされてしまうと、人間がこうして押し出してあげないと、水流に乗って孵化できないのです」
「祝祭で、こんなにたくさんの人が兎玉うたまを流すんですね!」
兎玉うたま流しには縁起担ぎがあるんですよ。良縁をもたらしたり、願いが叶ったりと」
「知らなかったです!」

 郁は陽惟から巾着を受け取った。彼の指先が触れてしまうと、途端に郁は顔を赤くして、巾着を落としそうになってしまった。
 恥ずかしさを押しこめて、丸々とした赤い桃のような兎玉うたまを彼は慎重に、中身の水ごと川へ押し出す。

「本当に悪縁を切りたい場合は、兎玉うたま流しでは間に合いませんがね」
 自分が送り出した兎玉うたまを見守っていた郁は、「え?」と聞き返して陽惟を見上げた。
「もち丸がいるからやっぱそうかと思ったけどよ」
 その視線の先に、郁の見覚えのある人物の姿があった。
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