42 / 121
4.檻の中のカーニバル
42 春の祝祭⑤
しおりを挟む「『フルムーンイーター』! 颯葵著!?]」
「満を持して発表になる、颯葵の新作です。おめでとうございます」
大歓声と大きな拍手が沸き起こった。
「わーお、あっちだとお目にかかれないけど、颯葵の本、初めて見た! うさぎさんのお話なんだねー。気になる、気になる」
「あ、あのもしよろしければ、僕はあとで買うので、これはあなたに差し上げます」
郁が景品を御剣に差し出すと、もち丸がイヤイヤして、床を踏み鳴らした。
「いやはやあ、弱った。こんなめんこい子から、告白されてしまいまして。じゃあ、こうしましょう。私の返事をこの本の見返しに書いておくので、お家にでも帰ったら見てくださいな」
御剣の言葉の意味がわからない郁は一人、首を斜めにしていた。
「お名前、聞いても?」
「月見郁です。お月見に、かおるは、有る無しの有るにこざとへんです」
界導がなにか言いたそうに、二人に近づこうとしたが、御剣がパッと顔を上げたので、踏み出した足を引っこめた。郁の視線に気づいた御剣が「気になるよね」と答えた。
「一応、見えてるんだ、うっすらと。日光でほとんど目が焼けてしまったんで、年中目を覆っているがね」
「いえ、素敵なお召し物だと」
「ありがとう。でも、いいかい、月見郁君。うさぎがあしらわれたものは、安易に人に贈ってはいけないよ。では、このあとはお待ちかねのステージでフィナーレだね」
「どうして」と聞こうとした郁はもち丸が足元で暴れていることに気づき、たずねる機会を失ってしまう。本をカバンにしまいこんで、郁はもち丸を抱えこんで壇上から下りた。手を振った陽惟を見つけて、彼の元に駆けていく。
「陽惟さん! もち丸と頑張って獲ってきました」
「ふふ。お二人ともとってもお似合いでしたよ」
「陽惟さんの好きなお菓子、これでたくさん買ってこられますね!」
「まあ、郁くん。なんてお優しいのでしょう」
郁がうさぎのようにピョンピョン跳ねる近くで、ヨレヨレの顔の男が一人、女性と背の低い男から説教を食らっていた。
「お嬢~、十一問目でミスりました」
「全く結人は使えないねえ」
「俗世はお前の方が慣れてるだろう。どこに間違える要素があったんだ」
「だからって、脛はやめてほしいなあ」
「まもなくステージ発表です」
梅見丹那は華やぐ会場にくるりと背を向けた。
「さて。警戒を強めるとするかねえ」
聖と結人は刀を揺らし、彼女のあとについていった。
にぎやかな会場から離れていく人たちの流れに、郁と陽惟、もち丸も混ざっていた。
「兎玉流しをして帰りましょうか」
「はい。とっても楽しかったです」
帰路につく流れと河原へ向かう人の流れがきれいに二つにわかれていった。彼らは市街地へ流れていく人々に背を向けて、歩いていく。
墨を流したような夜の川に、灯火を包んだように淡く光る赤い球体がたくさん流れていた。
「赤い桃がいっぱい!」
「砂利の河原に生み落とされてしまうと、人間がこうして押し出してあげないと、水流に乗って孵化できないのです」
「祝祭で、こんなにたくさんの人が兎玉を流すんですね!」
「兎玉流しには縁起担ぎがあるんですよ。良縁をもたらしたり、願いが叶ったりと」
「知らなかったです!」
郁は陽惟から巾着を受け取った。彼の指先が触れてしまうと、途端に郁は顔を赤くして、巾着を落としそうになってしまった。
恥ずかしさを押しこめて、丸々とした赤い桃のような兎玉を彼は慎重に、中身の水ごと川へ押し出す。
「本当に悪縁を切りたい場合は、兎玉流しでは間に合いませんがね」
自分が送り出した兎玉を見守っていた郁は、「え?」と聞き返して陽惟を見上げた。
「もち丸がいるからやっぱそうかと思ったけどよ」
その視線の先に、郁の見覚えのある人物の姿があった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる