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4.檻の中のカーニバル
36 粛祭⑤
しおりを挟む影が伸び上がって、道が夜に閉ざされていく手前の時刻。大学の土手沿いの東屋で、郁は見知った姿を認め、声をかけた。
「あれ? チモリくん!」
「おにーちゃんだ」
チモリは抑揚のない声で答え、覇気のない目で郁に一瞥をくれた。
「なんの本、読んでるの?」
「せんせいのほん」
郁が隣に座ると、変わらない表情のまま、誇らしげな様子でチモリは本を広げ直した。
「どんな物語なの?」
「まあるい、おつきさまのひに、うさぎがよるのもりで、まいごになるおはなし」
パタリと閉じて表紙を郁にずいっと見せる。森の中で月を背にしたうさぎがこちらに振り向いている絵が書かれていた。書名と筆名を見て、郁は驚きの声を上げた。
「『フルムーンイーター』……颯葵!」
「まんげつがたべられちゃうやつ」
パクパクと指でキツネのポーズを取ってチモリは手遊びをした。郁も真似しながら、「颯葵はこんな本も出してたんだ……」と口に出し、ハッとあの本のことに思い至った。
「『四季の織』って名前の本、聞いたことある?」
「しらない」
「じゃあ、志希って名前は……」
「ぼくたちのせんせいのことだよ」
地面につかずに浮いたままの足を揺らして、チモリは答えた。
「せんせいが安心して起きられるように、ぼくたちが代わりにあの子を見つけだすんだ」
「あの子……?」
「会ったことないけど、会えばわかるって」
「どんな子かわからないと力になれないかもしれないけど、気をつけてみるね」
体を左右に揺らし、「うーんとねうーんとね」とチモリはうなる。まるで風に揺れる白い花――月見草のように、チモリは気まぐれで落ち着きがなかった。
「そうだった。しろいはながたくさんさくの、その子のまわりには」
「そうなんだね。早く見つけてあげて、会わせてあげたいね」
チモリは「なんで」と肩につくぐらい首をかしげて体を揺らした。
「おにーちゃん、へんなの。あの子がいるから、せんせいは安心できないんだよ」
「チモリくん?」
「ぼくたちがさがすからいいよ、おにーちゃん。ばいばい」
パッと立ち上がり、チモリは東屋のうしろに回りこんだ。郁が急いで追いかけたときには、チモリの姿はなくなっていた。
実態も足取りもなにも掴めない彼は何者なのか。実家のアルバムに映る幼少期の自分と似た、表情の抜けきった幼子は、心の中の幻影ではないか。唐突に浮かんだ心象が頭から離れず、心のモヤを落ち着けるように、郁は目を閉じた。
靄が揺らぎ、燻る煙が癖っ毛のグレーの髪を形づくる。退色した白い輪郭に、朗らかな笑みを湛えた、灰銀とプラチナブルーの瞳。
伏せられたまぶたが開く。紅染の瞳を宿す鋭利な目は頼りげなく揺れ、目尻は垂れていた。
「陽惟さん」
成清の発した声は重々しく、容易に次の用件を続けられそうになかった。しかし、陽惟は構わず、彼の脳裏に浮かんだ迷いと懸念を代わりに口に出した。
「あのお手紙は絶対に外に出してはなりません。わかりましたね、ハツキ?」
「でもさあ、陽惟さんは……アイツの前で隠し通せるんですか?」
「できるかではなく、やるのです」
「あのさ、最近、アイツ、見かけなくて……」
「郁くんのお父様に言いつけられて、あなたが距離を置いているからでしょう?」
「うん、そう……」
成清が言葉に詰まると、玄関から大きな声がした。
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