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4.檻の中のカーニバル
33 粛祭②
しおりを挟むおぞましい臭気が漂う暗黒の森で、視界は遮られ、世界がぐるぐる回り、目が眩む。なにも見えず、前後左右の判別もつかない。なにも感じられない。しかし、炸裂した発光が影さえも焼き尽くす、まぶたに刺さる痛いほどのまぶしさを成清は思い起こした。
自分を抱えて森を走り抜けた影斬りが、分厚い盾を幾重にも張った鉄壁の結界を纏いながらも、片目の色を失い、肌や髪は脱色しきったように白くなってしまった災夜を彷彿とさせる、白い夜の情景を。
「邪魔だ」
強い閃光がきらめき、成清はとっさに目を覆った。舞っていた花弁がバチバチと音を立てる。槍雨のごとく降っていた花は、途端に力を失って燃えかすになって朽ちていった。彼の開けた目線の先に、茅色の袖がぶわりと舞う。
「クソジジイ、おっせぇんだよ」
「光明の呪符を飛ばせばいいだけだろうが」
成清に向かってそう吐き捨て、眼鏡を直した男――宇津木は影斬刀を抜いていなかった。
「腹立つな、あとから来た癖に」
「大局を見極め、よく観察し、さっさと終わらせる方がよっぽと効率がいいと思わないのか、君みたいな頭でっかちの性格ひん曲がりの独りよがりは」
「きったねぇ服着て、のんびりしてる癖によく言うぜ」
「君はそもそもジャージにスニーカーって、影斬り、舐めてるよね?」
二人が言い合う周辺で、役目を終えた結界の術式がシュウシュウと音を立てて解けていった。
「君は呪詛を磨き給え。まったく、最高の師範がそばにいながら」
「ほんっと、やかましいジジイだな」
手を叩く大きな音が数度響き渡った。うっすらストライプがあしらわれたグレーの着物に、クリーム色の光沢のある帯を締めた女性が二人の元へ近づいていく。
彼女――梅見丹那の桃色の髪はバサバサと風に煽られていた。口元に纏わりつく髪を払い除けながら彼女は、梅重色の目を細めてギロリと二人を睨みつけた。
「全く。そこまでにお止しよ。残党を片づけて、治療しなきゃなんないんだからさあ」
「それじゃあ私はお役御免だね」と宇津木は早々に降参して、手で口を覆いながらあくびをした。丹那は「お気楽でいいこと」とブーツをダンッと踏み鳴らし、背を向けて行ってしまう。彼女が去っても、成清と宇津木の言い合いは止まらなかった。
「手ぶらで来やがって。遅刻常習犯の薄情野郎が」
「薄情とか君に言われたくないねっ」
宇津木の背後で大きく花が口を開いた。彼は振り向きざまに閃光を打ちこむ。断末魔とともに飛び出した赤い花びらは、すぐに力を失って燃え尽き、地に落ちた。大きく膨らんだ花弁の付け根を光の刃が切り裂いた。
「私は箱の開け方を知らないんだから、仕方ないだろう? もう終わったし、深夜過ぎてるんだから、さっさと帰るに限る」
舌打ちをして悪態を吐く成清に、宇津木は背を向けたまま、独り言のように夜空に向かってつぶやいた。
「君はほーんと暇そうだよね。友だちごっこに、家族ごっこ」
しぼんでいく閃光が蛍火のように空へ舞い上がり、消えていく様が彼の眼鏡にチカチカと映りこんでいた。気だるそうな彼とは対照的に、成清の怒りの導火線はバチバチと音を立てて弾けた。
「てめえ。それだけは聞き捨てならねえ!」
「はいはーい。宇津木さんに、成清くん、そこまで! 宇津木さんはお疲れさま、成清くんはお手伝い。はい、解散」
黒い大きな影が突然、成清の進路を塞いだ。とっさに刀を構えた彼に、切っ先を突きつけられながらも、大柄の男――木乃目結人は軽い調子で、険悪な二人の間に割っていく。結人の背後であくびを繰り返しながら去っていく宇津木に、成清は憎悪をたぎらせ、見えない壁の向こうを睨み続けた。
「やーだなあ。そんな鬼みたいじゃ、この間のかわいこちゃんに嫌われちゃうッスよ~」
「あ? 俺はアンタみたいなタラシじゃねえんだよ。さっさと退け」
「あー、でも、あれはちょっとカッコ悪かったよね、成清くん。うん、頑張れ」
右に踏み出せば、右へ、かわせば左へと通せんぼされる成清は、ならばと不意をついてうしろを振り返って、小さく叫んだ。
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