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4.檻の中のカーニバル
32 粛祭①
しおりを挟む桜の花びらがはらりはらりと舞う。春の陽気をふんだんに含んだ風が吹き、紺桔梗色の髪に降り注いだ。昨日の大雨で生き残った花々が燃え尽きたように命を散らしていく。
見上げた郁の瞳は不安そうに揺れていた。息ができないほどの桜吹雪の中に、自分はまるで閉じこめられているかのようで、彼は初めて桜を怖いと感じて身を縮めた。
天に向かって伸びた枝葉とすくすく育った幹。地にしっかりと根を張り、道行く人々を見守ってきたであろう、桜並木。実り開いた花が人々の心を惹きつけ、癒し、新しい季節の始まりを告げる風物詩でもあった。
その散りゆく姿があまりにも美しく儚げで、目を奪う光景がゆえに、心までまるごと食べられてしまうのではないか、と郁は恐ろしく思うのであった。「フルムーンイーターに心を食われたのではないか」と言った宇津木正吾の言葉が、彼の頭の中で反芻されていた。
灯りが絞られ、月明かりのみに照らされたこの大木は、もっと恐ろしいのだろうと、帰路へ向かう彼の足を急がせる。整然と並んだ桜並木に囲まれ、目印を失い、出口を探し惑う新入生たちに、祝宴の花が吹き荒れていた。
人影が乏しい雑木林に、桃霞の花びらが舞い散る。月下でライトアップされた幻影の桜並木は笑いさざめき、揺れていた。春の嵐の置き土産が吹き荒れ、赤く点滅を繰り返す花弁が檻のごとく降り注ぐ。
「クッソ。視界がこれじゃ」
薄く張られた膜越しに成清は、血の花びらが吹雪く様を睨み、歯を食いしばっていた。一歩外へ踏み出せば、息をするどころか、命まで奪われかねない四面楚歌。結界を破られた影斬りたちの悲鳴と地を縫い這回る不気味な不協和音が、彼らの恐怖を増大させていく。
赤い灯りのチラつく閉ざされた視界を縫い、周辺の土に波紋が広がるのを成清の鳶色の瞳が捉えた。次の瞬間、地中に身を潜めていた花々は突如、ムクリとその姿を現した。ロブスターのような大きな赤い鋏がパックリと花開き、嬉々として開閉を繰り返しながら地上を徘徊し始めた。
結界が破られ無防備になった影斬りたちの抵抗の暇なく、次々と彼らを丸呑みにし、蕾を膨らませて食らっていく。
赤く濡れていく視界。何度も突き立てた刀は柄まで真っ赤に染まっていた。深い闇の気配が鼻腔に忍び入る。大きく開いた奈落と元来た坂道の両方から、その気配は迫ってくる。
しかし、底知れぬ奈落など怖くはなかった。底冷えする恐怖は坂の方から上がってくるのだ。刀と鞘が擦れる金属音とともに、目の前の亡きがらと同じニオイが近づいてくる。
ガクガクと震えていた体が、突然、強い力で引っ張られた。そのまま茂みに引きずりこまれ、口を塞がれる。静けさの中、金属が擦れる音だけが異様に鳴り響き、幼子の心音を跳ね上げる。
赤く光る目がなにかを探して、さまよっていた。闇色の髪と黒い衣服に、際立つ白さの肌を持つ男だった。幼子が隠れる茂みの前で立ち止まる。だが、すぐに背を向けて、男は奈落へ続く道へ、ふらふらと下りていく。
奈落の入り口まで男が歩みを進めると、ニオイはそこでぴったりと合わさった。重なり合うニオイはわずかな間だけ、あいさつのごとくすれ違いざまに交わっただけだった。すぐに片方が雲散していってしまうのを幼子の鼻は感じ取っていた。
鼻が抉られるような不快なニオイが濃くなっていく。奈落の底の闇の一部を宿した刀が、振り向いた男を切り裂いた。疾風がひと吹きしたあと、男の姿はもうなかった。
もう、地獄は終わった。詰めていた息を吐き出そうとしたのに。次の瞬間、坂の中ほどで滞留していた奈落の闇が一気に噴き出した。
『走れ!』
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