月負いの縁士

兎守 優

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2.凍夜のスウィートネス

22 弔いと見送り

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 細身の男に寄り添うようにして、小柄の青年が枯れ木林を進む。男は目を細め、彼に微笑んだ。青年の光のない目が、あかい瞳に映る。
 虚ろな彼の手を引き、男は墓地に入っていった。迷いのない足取りで、とある墓標の前で止まった。滝里奏斗と記された墓石を青年はぼーっと見つめる。男に導かれるまま、彼は花を手向け、手を合わせた。

「どなたですか」
 幻惑から急に現実に引き戻され、青年はビクリと体を震わせた。
「つきみ……かおるです」
「なんの用なんですか」
「まもるくん、の……」
「その名前は止めろ!」

 郁の肩が跳ねた。男は深呼吸を何度も繰り返し、弾んだ息を整えて、絞り出すように言った。
「止めてくれ……息子は、息子には俺たちが名づけた名前があるんだ」
「カナト……くんの友だちです、僕は」

 父親はようやく顔を上げて、郁の方を見た。成長して生きて会えていれば、この子と同じ歳だったのだろうと、彼は自分の知らない息子のことを聞かずにはいられなくなってしまった。

「…………奏斗はどんな子でしたか」
 見上げる彼の柔らかくも芯の強さを感じさせる目つきは、奏斗そのものだ。彼は実の父によく似ていたのだ。郁は思う。本当に彼らは親子だったのだと。

「優しい友人でした。口が利けなかった僕の代わりに返事をしてくれたり、メモに書くのを待っていてくれたり」
 父親はその場にヘナヘナと泣き崩れた。郁は再び手招かれるままに、あかい目の男の隣へ戻っていく。

 石畳の葬列を抜けて、枯れ木林の迷路へと足を踏み入れる二つの足音。出口もわからない、来た道を確かめる目印もない道は夕闇に沈んでいく。
 夜空に昇る月だけが、たった一つの道しるべであった。二つの影は寄り添いながら、やがて一つの影となっていった。

 長く伸びた夜の落とし物から、細長い足が生える。生えた足は闇夜を跳ねるようにチャカチャカと音を立てて揺さぶられていた。黒いヴェールが降りた丘を成清は早足で草を踏み分け登っていった。

「陽惟さん」
「夜分までご苦労さまです、成清くん」
「マズいことになった」

「例のスノーストームに憑かれた彼の件、内々に処理してほしいというこちらからの要求を警察側が呑めない事態になってしまった、ということですね」
「さすが。新聞もテレビもないのに、なんでもわかるんですね」

「誘拐に巻きこまれそうになった被害者の身柄をこちら側に渡し、その存在を伏せることで、要求に応えたとしたのでしょう」
「あぁ。だけどな、どこの家もそんなことは引き受けてないってなってな」
「成清くん。私は遺失物拾得所でも、迷子センターでもありませんよ?」
「わってます。ってことは、陽惟さんが見通せない奴……にさらわれた?」

「まず、そちらのふみは預かりましょう。それから影斬りと被害者の特徴は聞きましたよね?」
 成清はバッグから封筒が破られた手紙と厚みのある茶封筒を取り出し、陽惟に差し向ける。受け取った陽惟はさっと立ち上がり、寝室の戸を開け、手紙と茶封筒をしまい、すぐに閉めてしまった。

「えーと、じゃあ、二人とも見通せない奴ワケありってことか。どっちも黒い髪の男で、兄弟のようにも見えたって話でした」
「裏月で帯刀していない関係者としますと、十二歳以下の子ども、または鍛冶師です。ですが、裏月を離れて市井いちいで暮らす者もいると聞きますし」
「わかんねぇつっても、このままにしとくのはさすがにヤバいと思う。失踪者記録の管理は師走大学病院ですよね?」
「そちらを当てにするより、なぜ一般人を連れて行ったのか、相手の目的を考えた方が早い気がしますが」
「なあ、はる」

「父はそんな人ではありません!」
 成清が皆まで口にする前に、先を読んだ陽惟が厳しい声を発した。肩を震わせ、悲痛な表情を浮かべる彼を認めた成清は、小さく声をかけて背を向ける。
「疑ってすみません。帰ります。お休みなさい」

 成清が去ったあと居間のガラス戸を閉めようとすると、軒下からひょっこりもち丸が顔を出した。
「もち丸。お家の中にいたのですね」
 鼻をヒクつかせながら、腕を広げた陽惟の中にぽーんと飛びこみ、くるりと向きを変えて収まった。

「もち丸も父さんのこと、信じてくれますよね」
 抱かれたまま返事のように足をブラブラさせるもち丸。しかし、もち丸は腕の中でモゾモゾ動き、彼のももを足で叩き始めた。

「うーん。お腹が空いたのですね。せっかくの補給タイムをはらへりさんに邪魔されてしまいましたねえ」
 もち丸を腕から解放して、陽惟は冷蔵庫を開ける。郁が置いていった残りの小豆が解凍されてあり、もらった甘酒のビンとともにそれを手に取った。

 小鍋に小豆と甘酒を開け、とろ火にかけて温める。ほどよく温めたお汁粉をもち丸の皿にも取り分けて、陽惟は食卓に着いた。
「さて。今夜の甘味、お供してくださいね」
 傷心の夜を蜜の海に沈めて、彼は口の中へ放りこんだ。


二 凍夜とうや 甘 言 スウィートネス ―完― 

   三章へつづく
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