月負いの縁士

兎守 優

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3.浮かれた夜のミミック

24 君の忘れ路

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「お遊びはそこまでですよ」
 陽惟が軽く腹を立てる隣で、郁は愉快そうに笑い声を上げる。
「あんなに葉っぱが生き生きしているの、初めて見ました!」
 陽惟の灰銀とプラチナブルーの瞳は、楽しそうな彼を捉えて、大きく見開かれた。

「私の精気を少しばかり分けたのです、よ」
「魔法みたいですね!」
 床に落ちた木の葉を郁は嬉々として拾い集めて、ひざの上にのせた。

「呪術の類です。使い途によって、護符となってお守りになったり、呪詛じゅそとして戒める呪いになったりします」
「おまじない、ようなもの……?」
「ふふ。そうです。おまじないです」
 郁も先ほどの陽惟を真似て、木の葉を指三本で摘まみ、念じるように目を閉じて息を吹きかける。しかし、柔らかい葉がピラピラと反り返るだけで、彼が口を尖らせて吹いても、手を離れて宙を舞うことはなかった。

「ふふ。ご自分の精気――エネルギーの源を意識すると、上手くいきますよ。ですが、使役者によってエネルギーの根源の場所は異なるので、簡単にとはいきませんが」
「そうですよね。訓練も積んでないのに、できるって思ってしまって……恥ずかしいです」
 顔をポッと朱に染める彼に微笑みかけながら、「いいえ、何事も挑戦ですよ。大切な心がけです」と陽惟は郁に手を伸ばした。

「せっかくですので、私がお手伝いいたしましょう」
 差し向けられた手のひらに、郁は指をちょんっとのせた。陽惟の手のひらが郁の左手の甲まで滑っていく。彼の手を導くように指三本の構えを作り、木の葉を一枚、添えた。

「『自由に飛んでください』と念じながら息を吹きかけてみてください」
 言われたとおりに、郁の唇が掴んだ木の葉に寄せられた。ふーっと吹きかけられた息がスーッと流れていった。止まっていた時間が動き出し、郁の手を離れて木の葉が独りでに宙に浮く。

「す、すごいです!」
 そのまま急に戸口の方に向かって飛んでいき、戸のすき間から出ていってしまった。追いかけようとする郁の手は、まだ陽惟と繋がったままだった。

「活きがいいですねえ。そのうち気が済めば元の場所に帰ると思うので大丈夫ですよ」
「陽惟さん……?」
 陽惟はなにも言わずに郁の方を見た。彼が気づかぬうちに、陽惟の手は離れていた。

 「そういえば……」と陽惟は立ち上がり、タンスの引き出しを漁り始めた。風呂敷に包まれた平ぺったい四角いものをちゃぶ台の上に置く。

「郁くん。これは先日のお返しといってはなんですが」
「そそんな、お気になさらず」
「本です。バレンタインのお返しですよ」
 中身が「本」と聞くと郁は声を弾ませた。

「本ですか! うれしいです。ありがたく頂戴します」
「気に入ってくださると私もうれしいです」
 胸に抱いてよろこぶ彼の姿を穏やかな瞳はずっと捉えていた。

 二人は時間を忘れて、折り紙で遊んだり、文学の話で盛り上がったりして過ごした。遠くでチャイムが鳴る。
「おや。夕焼けのチャイムが聞こえてきたような」
「ホントですね! つい長居してしまって。成清くんに早く帰れって言われていたのを忘れていました。お暇します」
 郁はいそいそと荷物をまとめ、リュックを背負った。

「いつでもいらしてくださいね」
「ありがとうございます。とても楽しかったです」
 居間の戸口から郁が出ていこうとすると、陽惟がふいに呼び止めた。

「郁くん」
「はい?」
 キョトンとした瞳が見つめる陽惟の目には少しだけ薄い膜が張ったように艶めいていた。
「少しだけ、手を握ってはもらえませんか?」
「はい」
 差し出された手に、郁はためらいなく手を重ねた。二人の体温がじんわりとなじむ。郁は上がり口に腰かけて彼の隣に並んだ。

「温かいですね。人の温もりは」
「陽惟さん……?」
「たまには人恋しくなるときも、あぅ!」
 陽惟の背後に衝撃が走った。郁が振り返ると、鼻をヒクつかせたもち丸が黒目を輝かせていた。

「お見送りかな、へへ」
「今までずっとおとなしくしてたのに。全くいたずらっ子ですねぇ!」
 二人の間に割って入って、もち丸は陽惟のひざの上に無理やり乗り上げた。二人の手は離れてしまった。

「ヤキモチかもしれないですね」
 そう言って郁は立ち上がった。手を振り、土間の暗がりを抜けて彼は去っていく。
 郁が戸の覆いをくぐったわずかな間だけ、陽惟は外の夕陽を目にした。彼の行ってしまった方を眺めながら、陽惟はひざの上で丸まるもち丸を撫でた。

「もち丸。そんなに主張しなくても、とっくにあなたは私の大切な家族ですよ」
 もち丸は返事のように鼻を鳴らした。
「だから、あなたは……どこにも行かないでください」

 生暖かい風がほおを撫でる。夜と夕焼けの境目に佇む人影が揺らめく。
 泣かないで、その口はそう言葉を紡いだ。しかし、郁はすぐに忘れてしまう。甘くて、苦くて、切ない感傷を。
 郁はほおを撫でていく風がなぜ冷たいのか、わからずにいた。正体を確かめようと、揺らぐ人影の方へ、彼の手が伸びていった。
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