月負いの縁士

兎守 優

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3.浮かれた夜のミミック

26 似せ者叩き

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 灰が白色化し、宙を舞っていた月喰いの群れは、ボロボロと解けていく。
呪詛じゅそじゃねぇ、あれは日和見刀ひよりみとう……まさか陽惟さ、ん!?」
 左右の瞳に異なる輝きを持つ男――立華たちばな陽惟はるいが発光する弓を絞り、次々と閃光を放っていった。

「さて本体はどこでしょうね」
 刀を振るっていた水無月の刑士たちはどよめく。
「た、立華たちばな様だ」
「確認したいことがありましてね」
 空中や樹木に絡みついた月喰いが消滅したあと、ゴウゴウ音を立てて辺りが揺れた。地響きのあとに、影がムクムクと隆起し始める。現れた巨体の上部が渦を巻き、空いた穴から大きな月が顔をのぞかせた。

「こんばんは」
 陽惟は‪呪詛じゅそでフルムーンイーターを拘束した。成清はその姿に見覚えがあった。
「こいつ、ロンリーウルフじゃねぇか!」
「やはり。クロウでもワームでもありませんね」
 大きな弓の形に変形した日和見刀ひよりみとうから的を絞り、狙いを定め、矢を射る。直撃した先から光が広がり、身動きのとれないロンリーウルフはおぞましい叫びを上げながら、光に飲みこまれていった。

「おやすみなさい」
 辺りに静けさが戻ったあとに、刑士の団体が陽惟に近づいていく。刑士の先頭を行く者、生気の失せた顔をしている女性が彼の横に並んだ。
立華たちばな。すまない」
和枝かずえさん。あなたの思惑通り異変が起きています」
「どういうことだよ!」
 成清は陽惟の元に駆け寄っていった。

「フルムーンイーターが入れ替わっているのですよ。だから決定打に欠ける」
 陽惟が自ら撃ったとはいえ、光に弱い彼が今の閃光をまともに食らってしまったのだと、成清は焦りをにじませながら、彼の横顔をうかがう。
「ですがこれで次の満月まで月喰いも少しはおとなしくなるでしょ、う」
 カランと音を立てて、日和見刀ひよりみとうが落ちた。

「陽惟さん!」
 よろめいた陽惟を成清がとっさに支えた。
「握力が……あとはお任せしてしまって申し訳ありません」
「あぁ。休んでくれ」
 刑士長である水無月和枝は、声を張り上げた。
「市街地に近いところまで来たのだ。残党が潜んでいるとみて徹底的に始末せよ!」

 カフェ・在り月のドアを叩く音に、栞奈かんなはうたた寝から目覚めた。ガラス戸の向こうで成清の肩を借りている陽惟を見るなり、栞奈かんなは駆けていき、急いでドアを開けた。
立華たちばなさん! なぜこのような日にっ」
「陽惟さん、手」
 成清は血がにじむ陽惟の手をかかげた。

「放った反動ですね」
「だから! 日和見刀ひよりみとうは使わないでほしいと何度も申し上げているのに」
 栞奈かんなはエプロンを外して、彼の手に巻きつけた。店の奥へ陽惟を引き上げるよう成清に指示し、さらしを持ってすぐに戻ってきた。

陽退ようたい症だってのに無理しやがって」
 形が弓から短刀に戻っていた日和見刀ひよりみとうを成清は陽惟のそばに置いた。
「その刀にどれほど寿命を吸われたか、わからないのですよ!」
 栞奈かんなはさらしをきつく巻いて、患部を締める。

「ひゃあ。お二人とも鬼のように怖い怖い」
「心配しているのです」
 項垂れる栞奈かんなは陽惟から目を逸らした。
「ええ。わかっております」
 成清は栞奈かんなに声をかけた。険悪なムードになってしまったが、言わないわけにはいかなかった。
「少しだけ、陽惟さんを休ませてもらえませんか」
 「いえ」と栞奈かんなは断り、車の鍵を取る。

「ここで夜を明かせば陽退ようたい症が進行してしまいますから、私が車で送ります」
「はわわ。ご面倒をおかけします」
 陽惟は居たたまれない様子でおとなしくされるがままになっていた。
「俺、店番していましょうか?」
 成清の申し出を栞奈かんなはきっぱり断った。

「いいえ。立華たちばなさんが無理をしないよう見張っていてください」
「ひぃいい」
 成清が陽惟を見やると、彼は情けなく悲鳴を上げた。

 夜の町の騒がしい音を聞き取った郁は玄関の戸を開けた。彼は近くで騒音がしていると思っていた。が、家の前の通りは静かだった。
「あれ!?」
 扉を開けた瞬間になにかが庭の方へ逃げたのに彼は気づいた。庭の奥へと追いかけていく。
 発光する月見草の群れに隠れるように擬態していたその姿を郁は見つけた。

「わっ、やっぱりうさぎさんだ!」
 白いうさぎは観念したように彼の方に跳んできた。
「まだ夜は肌寒いから、朝になるまでお家にお入り」
 足元にすり寄ってきた真っ白な毛色のうさぎを彼は抱き上げる。

「ん? もしかして……もち丸?」
 うさぎは返事の代わりに鼻を鳴らした。郁の腕の中で頭を上げて夜空に鼻頭を差し向ける。
「今日は大きなお月さまだね。そっか。満月だから、夜に一人で帰るのは危ないよね」
 もち丸は一人でも大丈夫だと言わんばかりに、前足をパタパタ動かして、跳ぶ準備をしていた。

「僕のお母さんね、新月と満月の日にお汁粉を作るんだ。良かったら食べていって」
 そう言う郁の瞳をもち丸はのぞきこむように見ていた。彼が動き出してもジタバタ暴れず、おとなしく一緒に家に上がっていった。
「今日ね、バレンタインのお返しに本をもらったんだ。一緒に見よう」
 ベッドの上で郁は風呂敷を広げてもち丸に見せた。

「え……」
 中身の本を見て郁は絶句した。見覚えのある和綴じの手製本。添えられたメモを彼は手に取った。
 頭を撫でられるもち丸は、興味がなさそうに彼のひざの上でうたた寝をし始めた。

「『あなたの道が光に続きますように。 陽惟』」

 『陽惟』と読み上げたときだけ、もち丸はピクリと耳を動かしたが、すぐにまた耳を下げた。

 騒がしかった長い夜が明けると、もち丸は郁の母がパートの仕事に出るタイミングで、一緒に外に出てしまったという。
 彼は見送りができなかったことにがっかりしながらも、陽惟から譲り受けた貴重な資料が気がかりで仕方がなかった。

 このまま手元に置いていいのか、それとも返すべきなのか、いずれにしろ、お礼はきちんと言わなければ、と郁は悶々とした日々を過ごしていた。
 上の空で大学周辺を散歩していた彼は聞き覚えのある音を拾った。金属が擦れる音と走るように歩く足音を聞きつけた彼は、その音のする方へ駆けていった。

「やっぱり! 成清くんだ」
「ひ、あ?」
 いきなりひょっと現れた郁に、成清はいらだちよりも、驚きが勝って変な声を出した。
「おはよう、成清くん。もしかして大学に行くところ?」
 「図書館しか開いてないらしいよ」とニコニコ笑い、興味津々な郁から成清は遠退いた。

「いや、コネを使った就職活動に」
「すがすがしいまでにはっきり言うね。でも、さすがにジャージで行くのはどうかと思うけど」
 郁が真冬の夜に出会ったときと変わらぬ、成清の服装。紺色に白いストライプが入った長袖長ズボンのジャージに、ヨレヨレの薄汚れたスニーカーを彼は着ていた。

 「服で判断する奴なんざ、ちっせぇ器だってこと、自分で言ってるようなもんだろ」と成清は腕を組んだ。
「コネ使わねぇとなあ、お目通り叶わねえんだよ」
「そんなに敷居の高いところを狙ってるんだ……」
裏月うらづきの頂点」
「現状は?」
「八番目だ」
 月の異名になぞられた一門だと新山にいやまけいが言っていたことを郁は思い出した。そうだとすると。
「十二番中ね……確かに望みが薄い」
 成清は考えこんでいて、郁が失礼なことを言っても反応を示さない。

「今から行くところは……一番上だと、一月はむつき?」
「いや、四番目……思い出した。『宇津木うつぎ』のところだ」
「うつぎさん・・ね。お願いしに行く身で呼び捨ては良くないよ」
「は? んで、親しくもねぇ奴に、『さんづけ』しなきゃなんねぇーんだよ」
「それ、逆じゃない? 敬称っていう字は、『敬う』に」
 郁がメモ帳に書き始めると、成清は彼の脇をすり抜けて行ってしまった。
「あ、待って! あいさつのところだけ、失礼しそうで心配だからついていくよ!」

 庭のある邸宅や広大な敷地を持つ家々が点々と立ち並ぶ住宅街へ、成清と郁は入っていった。
「立派なお屋敷ばっかりだ……。これは門前払いじゃ……」
「いいか、月見小僧。舐められたら終わりだ。余計な口を挟むな。口が利けない振りをしとけ」
 ムッと口をつぐんだ郁が表札を確かめたタイミングで、庭の方から気だるそうな声が飛んできた。
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