26 / 121
3.浮かれた夜のミミック
26 似せ者叩き
しおりを挟む灰が白色化し、宙を舞っていた月喰いの群れは、ボロボロと解けていく。
「呪詛じゃねぇ、あれは日和見刀……まさか陽惟さ、ん!?」
左右の瞳に異なる輝きを持つ男――立華陽惟が発光する弓を絞り、次々と閃光を放っていった。
「さて本体はどこでしょうね」
刀を振るっていた水無月の刑士たちはどよめく。
「た、立華様だ」
「確認したいことがありましてね」
空中や樹木に絡みついた月喰いが消滅したあと、ゴウゴウ音を立てて辺りが揺れた。地響きのあとに、影がムクムクと隆起し始める。現れた巨体の上部が渦を巻き、空いた穴から大きな月が顔をのぞかせた。
「こんばんは」
陽惟は呪詛でフルムーンイーターを拘束した。成清はその姿に見覚えがあった。
「こいつ、ロンリーウルフじゃねぇか!」
「やはり。クロウでもワームでもありませんね」
大きな弓の形に変形した日和見刀から的を絞り、狙いを定め、矢を射る。直撃した先から光が広がり、身動きのとれないロンリーウルフはおぞましい叫びを上げながら、光に飲みこまれていった。
「おやすみなさい」
辺りに静けさが戻ったあとに、刑士の団体が陽惟に近づいていく。刑士の先頭を行く者、生気の失せた顔をしている女性が彼の横に並んだ。
「立華。すまない」
「和枝さん。あなたの思惑通り異変が起きています」
「どういうことだよ!」
成清は陽惟の元に駆け寄っていった。
「フルムーンイーターが入れ替わっているのですよ。だから決定打に欠ける」
陽惟が自ら撃ったとはいえ、光に弱い彼が今の閃光をまともに食らってしまったのだと、成清は焦りをにじませながら、彼の横顔をうかがう。
「ですがこれで次の満月まで月喰いも少しはおとなしくなるでしょ、う」
カランと音を立てて、日和見刀が落ちた。
「陽惟さん!」
よろめいた陽惟を成清がとっさに支えた。
「握力が……あとはお任せしてしまって申し訳ありません」
「あぁ。休んでくれ」
刑士長である水無月和枝は、声を張り上げた。
「市街地に近いところまで来たのだ。残党が潜んでいるとみて徹底的に始末せよ!」
カフェ・在り月のドアを叩く音に、栞奈はうたた寝から目覚めた。ガラス戸の向こうで成清の肩を借りている陽惟を見るなり、栞奈は駆けていき、急いでドアを開けた。
「立華さん! なぜこのような日にっ」
「陽惟さん、手」
成清は血がにじむ陽惟の手をかかげた。
「放った反動ですね」
「だから! 日和見刀は使わないでほしいと何度も申し上げているのに」
栞奈はエプロンを外して、彼の手に巻きつけた。店の奥へ陽惟を引き上げるよう成清に指示し、さらしを持ってすぐに戻ってきた。
「陽退症だってのに無理しやがって」
形が弓から短刀に戻っていた日和見刀を成清は陽惟のそばに置いた。
「その刀にどれほど寿命を吸われたか、わからないのですよ!」
栞奈はさらしをきつく巻いて、患部を締める。
「ひゃあ。お二人とも鬼のように怖い怖い」
「心配しているのです」
項垂れる栞奈は陽惟から目を逸らした。
「ええ。わかっております」
成清は栞奈に声をかけた。険悪なムードになってしまったが、言わないわけにはいかなかった。
「少しだけ、陽惟さんを休ませてもらえませんか」
「いえ」と栞奈は断り、車の鍵を取る。
「ここで夜を明かせば陽退症が進行してしまいますから、私が車で送ります」
「はわわ。ご面倒をおかけします」
陽惟は居たたまれない様子でおとなしくされるがままになっていた。
「俺、店番していましょうか?」
成清の申し出を栞奈はきっぱり断った。
「いいえ。立華さんが無理をしないよう見張っていてください」
「ひぃいい」
成清が陽惟を見やると、彼は情けなく悲鳴を上げた。
夜の町の騒がしい音を聞き取った郁は玄関の戸を開けた。彼は近くで騒音がしていると思っていた。が、家の前の通りは静かだった。
「あれ!?」
扉を開けた瞬間になにかが庭の方へ逃げたのに彼は気づいた。庭の奥へと追いかけていく。
発光する月見草の群れに隠れるように擬態していたその姿を郁は見つけた。
「わっ、やっぱりうさぎさんだ!」
白いうさぎは観念したように彼の方に跳んできた。
「まだ夜は肌寒いから、朝になるまでお家にお入り」
足元にすり寄ってきた真っ白な毛色のうさぎを彼は抱き上げる。
「ん? もしかして……もち丸?」
うさぎは返事の代わりに鼻を鳴らした。郁の腕の中で頭を上げて夜空に鼻頭を差し向ける。
「今日は大きなお月さまだね。そっか。満月だから、夜に一人で帰るのは危ないよね」
もち丸は一人でも大丈夫だと言わんばかりに、前足をパタパタ動かして、跳ぶ準備をしていた。
「僕のお母さんね、新月と満月の日にお汁粉を作るんだ。良かったら食べていって」
そう言う郁の瞳をもち丸はのぞきこむように見ていた。彼が動き出してもジタバタ暴れず、おとなしく一緒に家に上がっていった。
「今日ね、バレンタインのお返しに本をもらったんだ。一緒に見よう」
ベッドの上で郁は風呂敷を広げてもち丸に見せた。
「え……」
中身の本を見て郁は絶句した。見覚えのある和綴じの手製本。添えられたメモを彼は手に取った。
頭を撫でられるもち丸は、興味がなさそうに彼のひざの上でうたた寝をし始めた。
「『あなたの道が光に続きますように。 陽惟』」
『陽惟』と読み上げたときだけ、もち丸はピクリと耳を動かしたが、すぐにまた耳を下げた。
騒がしかった長い夜が明けると、もち丸は郁の母がパートの仕事に出るタイミングで、一緒に外に出てしまったという。
彼は見送りができなかったことにがっかりしながらも、陽惟から譲り受けた貴重な資料が気がかりで仕方がなかった。
このまま手元に置いていいのか、それとも返すべきなのか、いずれにしろ、お礼はきちんと言わなければ、と郁は悶々とした日々を過ごしていた。
上の空で大学周辺を散歩していた彼は聞き覚えのある音を拾った。金属が擦れる音と走るように歩く足音を聞きつけた彼は、その音のする方へ駆けていった。
「やっぱり! 成清くんだ」
「ひ、あ?」
いきなりひょっと現れた郁に、成清はいらだちよりも、驚きが勝って変な声を出した。
「おはよう、成清くん。もしかして大学に行くところ?」
「図書館しか開いてないらしいよ」とニコニコ笑い、興味津々な郁から成清は遠退いた。
「いや、コネを使った就職活動に」
「すがすがしいまでにはっきり言うね。でも、さすがにジャージで行くのはどうかと思うけど」
郁が真冬の夜に出会ったときと変わらぬ、成清の服装。紺色に白いストライプが入った長袖長ズボンのジャージに、ヨレヨレの薄汚れたスニーカーを彼は着ていた。
「服で判断する奴なんざ、ちっせぇ器だってこと、自分で言ってるようなもんだろ」と成清は腕を組んだ。
「コネ使わねぇとなあ、お目通り叶わねえんだよ」
「そんなに敷居の高いところを狙ってるんだ……」
「裏月の頂点」
「現状は?」
「八番目だ」
月の異名になぞられた一門だと新山恵が言っていたことを郁は思い出した。そうだとすると。
「十二番中ね……確かに望みが薄い」
成清は考えこんでいて、郁が失礼なことを言っても反応を示さない。
「今から行くところは……一番上だと、一月はむつき?」
「いや、四番目……思い出した。『宇津木』のところだ」
「うつぎさんね。お願いしに行く身で呼び捨ては良くないよ」
「は? んで、親しくもねぇ奴に、『さんづけ』しなきゃなんねぇーんだよ」
「それ、逆じゃない? 敬称っていう字は、『敬う』に」
郁がメモ帳に書き始めると、成清は彼の脇をすり抜けて行ってしまった。
「あ、待って! あいさつのところだけ、失礼しそうで心配だからついていくよ!」
庭のある邸宅や広大な敷地を持つ家々が点々と立ち並ぶ住宅街へ、成清と郁は入っていった。
「立派なお屋敷ばっかりだ……。これは門前払いじゃ……」
「いいか、月見小僧。舐められたら終わりだ。余計な口を挟むな。口が利けない振りをしとけ」
ムッと口をつぐんだ郁が表札を確かめたタイミングで、庭の方から気だるそうな声が飛んできた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
哀夜の滅士
兎守 優
BL
縁を接げぬ君に、癒えぬ傷を残して
言われなき罪過を背負った四面楚歌の影斬り、永槻界人は裏月の影斬りを養成する専門機関・十二月学園で教師としての社会貢献を言い渡される。
仮の縁を結んだ相手で寮長の布施旭、界人の同僚で監視役の荻野充、梅見一門の落ちこぼれの影斬り・梅津雄生、旭の養子で学生の実希、奇妙で歪な縁で結ばれた彼らと界人は教員寮で生活を共にしていく。
大罪を犯したとされる彼を見る目は冷たく、身に覚えのない罪で裁かれる運命にある界人は、死力を尽くして守り通した弟・郁のことが気がかりな日々を送っていた。
学園で起こった不審な事件を追ううちに、
やがて界人は己の罪の正体へ近づいていく。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
真実の愛とは何ぞや?
白雪の雫
BL
ガブリエラ王国のエルグラード公爵家は天使の血を引いていると言われているからなのか、産まれてくる子供は男女問わず身体能力が優れているだけではなく魔力が高く美形が多い。
そこに目を付けた王家が第一王女にして次期女王であるローザリアの補佐役&婿として次男のエカルラートを選ぶ。
だが、自分よりも美形で全てにおいて完璧なエカルラートにコンプレックスを抱いていたローザリアは自分の生誕祭の日に婚約破棄を言い渡してしまう。
この婚約は政略的なものと割り切っていたが、我が儘で癇癪持ちの王女の子守りなどしたくなかったエカルラートは、ローザリアから言い渡された婚約破棄は渡りに船だったので素直に受け入れる。
晴れて自由の身になったエカルラートに、辺境伯の跡取りにして幼馴染みのカルディナーレが提案してきた。
「ローザリアと男爵子息に傷つけられた心を癒す名目でいいから、リヒトシュタインに遊びに来てくれ」
「お前が迷惑でないと思うのであれば・・・。こちらこそよろしく頼む」
王女から婚約破棄を言い渡された事で、これからどうすればいいか悩んでいたエカルラートはカルディナーレの話を引き受ける。
少しだけですが、性的表現が出てきます。
過激なものではないので、R-15にしています。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる