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7.誰の正義
しおりを挟む血しぶきが舞う。楠城の体が飛んで、台の下に落ちていった。
「き、さま。赤矢は囮だった、か……」
「赤矢の名を呼ぶな!」
また銃声が響く。楠城がうめいた。
「貴様もアレと、同じタイプの人間か。思うあまり、危険から遠ざけようとして」
「黙れ、吸血鬼」
「貴様が遠ざけようとするほどに、想い人は近づいてしまうものだと悟れ」
顔にかかった血が頬を伝い、唇に割り入ってきた。
見えたのは、楠城と誰か──男の姿。森で楠城は男と出会う。男は楠城の住処へ導かれる。
男と楠城が交わっている。楠城はひどく冷めた目をしながら、男の体を揺さぶっていた。
次に、楠城は檻の外から、その男を見つめていた。
男は檻の中で笑い、歌っていた。楠城はその様をじっと見つめている。彼は檻に近づこうとはしなかった。
幾度も男は楠城に笑いかけ、歌っていた。楠城はようやく口を開く。男と楠城は言葉だけのやり取りを交わすようになる。
互いを見つめる目は熱を帯びていく。しかし、二人が触れ合うことはもう叶わない。檻に楠城は近づけないのだ。
男は檻の中で人の形を失っていく。やがて白い花となり、大輪をいくつも咲かせる。楠城は遠くから咲き誇るさまを黙って見つめている。
十字架を首に下げた者たちが、花を摘み取っていく。楠城はその花が枯れるまで、彼らの行為を目に焼きつけ続けていた。
やがて、枯れ果てる。楠城は檻のなくなった跡地へ近づく。楠城は憤るわけでも絶望するわけでもなく、男が花となって散った痕を見下ろしていた。
顔を上げたときには、楠城は笑っていた。花になる前の男と同じような笑みを浮かべて。
楠城とちがう男が二人で夜の町を歩いている。二人の行く先には、俺と南場先輩と、俺の記憶の中で顔も声も思い出せない、楠城に置き換わった吸血鬼がいた。
楠城の隣の男が、急に自分の首をかきむしり出した。男は牙をむき出しに、何かを楠城に訴えている。楠城は笑みを湛えたまま、男の首を落とした。
俺を襲っていた吸血鬼を葬り、俺を見下ろす。その目は冷めた目をしていた。
彼のその目に見覚えがある。花になって潰えた男を見ていたときに、似ている。
あのとき、楠城は俺の中に、結ばれたかった男の面影を見いだし、手を差し伸べたのだと気づいた──
何が起こったのか、俺はようやく理解した。このままでは楠城は殺される。
それは。そんなのは。
「いやだ!」
俺は跳ね起きて、台の下に転げ落ちた。
「やだ、やめてくれ! 楠城を撃たないでくれ!」
「俺は聖職者、特殊捜査員の八古部だ。君は、誘拐されていた篠垣 泰生刑事──人間だ。人間は殺せない。退くんだ。君は吸血鬼に毒されているだけだ。こちらで保護する!」
「いやだ、行かない。俺はここにいる! ここじゃないともう生きられないんだ、やめてくれ!」
楠城が俺をひどくいたぶったから、記憶が上書きされて、少しの間でもあの事件を思い出さないでいられた。陵辱した吸血鬼の顔も声もすべて、乱暴な行為を与える楠城に置き換わってしまっていた。
俺はもう、吸血鬼になる前の南場先輩といた、元の場所へは戻れない。
楠城に暴力的な快楽を植えつけられ、南場先輩とのセックスを強要される。
もう、それしか、俺がまともでいられる方法がない。
気づいたら、刺客につかみかかり、銃を奪っていた。
「銃を返しなさい。君は混乱しているだけだ。早くここから出よう。そうすれば術も解けて、ぜんぶ大丈夫になるから」
「いやだ! 俺は、俺は……」
後ずさる相手に銃口を向ける。相手は人間だ。これは正当防衛ではない。今から俺がやろうとしているのは、自分のわがままのために、相手の命を身勝手に奪う行為に他ならない。
犯罪を悪を取り締まるのが刑事だ。それなら、ここにふさわしい者がいる。銃口の向きを変えた。
「や、やめろ!」
「南場、起きろ!」
刺客と楠城が同時に叫ぶ。棺桶の蓋が弾け飛んだ。
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