黒き荊の檻

兎守 優

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2.証言と祈り

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 これは情報提供者の男が語ったそのままを記す。尚、情報提供者の男の身元については、特殊案件のため、触れてはならないものとする。

 俺──失敬、私は命令を受けて補佐役と現場へ向かいました。私が到着した際にはすでに、こちらの一課の捜査員はほとんどが絶命しておりました。
 あぁ。ここからは凄惨な現場の話になりますので、皆様方、それ相応の現場を目撃してこられたでしょうが、経験の浅い方はご退出をお勧めします。
 結論から言えば、生き残ったのは、篠垣ささがき 泰生たいき刑事、ただひとりのみです。私と同行した補佐役も殉職しました。
 これだけ覚えておいていただければ後は聞かなくても構いませんので。事情聴取とのことですから、すべてお話ししますが、どうされますか?

 よろしいとのことですので、お話しします。
 私と補佐役が見たのは、こちらで言うところの、吸血鬼、が人間を襲っている現場でした。具体的に申し上げますと、吸血鬼は篠垣ささがき 泰生たいき刑事の着衣を乱し、後ろから羽交い締めにし、彼の肛門と思わしき場所に、自らの性器を挿入し、抵抗できない状態で性行為を強要していた現場です。

 いつでもご退出を。では、続けます。吸血鬼──ホシとは言わず、吸血鬼を強調するため、そう言いますが、吸血鬼は妖術の類を使い、発見当時、腰から下の欠損により重傷だった南場なんば 綾史あやふみ刑事の体を操り、宙に浮かせた状態で、自らの性行為を強制的に南場刑事に見せておりました。
 私は吸血鬼と篠垣ささがき刑事を引き剥がしましたが、吸血鬼が抵抗した際、私と同行した補佐役が吸血鬼に殺害されました。

 私は殺しの犯人である吸血鬼を危険と判断し、やむを得ず、その場で処理しました。
 犯人死亡後、現場の血の匂いに誘われたのか、獣たちが集まってきておりました。

 篠垣ささがき刑事は意識を失っており、重傷の南場刑事はまだ話せる状態にありました。彼にこう、私は遺言を託されました。
 『篠垣ささがき 泰生たいきを連れ帰り、事件の一切を忘れさせて欲しい』と。
 彼はそう言い残して絶命しました。私は彼の遺言に従い、篠垣ささがき 泰生たいき刑事を連れ帰り、彼の記憶を意図的に操作しました。記憶の操作にしては、特殊案件ですので、割愛させていただきます。
 後日、現場へ戻りましたが、飛び散る──

 報告書を盗み見た、赤矢あかや 隆次りゅうじはファイルを押し込んで、急いでトイレへ駆け込んだ。
 彼の感情はぐちゃぐちゃに混ざり、抱いていた憧れや羨望はすべて崩れ去った。
 何度、トイレのレバーを回して、水に流しても、不用意に抉ってしまった傷口がめくれ、不快感が膿のようにジクジクと沸いてきて、彼は嘔吐を止められなかった。

 一課のエース、南場なんば 綾史あやふみ。赤矢は彼に憧れて、やっと夢の一課へやってきた。
 だが、彼が聞けども、聞けども、誰も南場の所在を吐かない。
 きびきびと事件を追う刑事たちが行き交うこのフロア内に、一人だけ、デスクで気の抜けた抜け殻みたいに座っている男が、彼の目についた。

 赤矢は腹を立てた。どれだけ努力や実績を積み重ねても、捜査一課へ配属される者はほんの一握りだ。その貴重な席をやる気のない人間が一つ、陣取っている。
 赤矢は刑事だ。どんな人間であろうと、冷静に対処できる自制心は持ち合わせているはずだった。だが、憧れの南場がいない者として扱われ、聞いてもかわされる状況で、彼の広く許す心が壊れてしまった。

 赤矢が近づいていったデスクには篠垣ささがき 泰生たいきと名札があった。赤矢がたずねるも、篠垣ささがきの反応は他のどの人間より鈍く、発する言葉は、言葉にすらなっていなかった。

 赤矢の怒りが沸点に達する。彼が怒鳴り散らし、篠垣ささがきの胸ぐらをつかめば、一課の人間がすぐさま彼らを取り囲む。あれだけ赤矢が聞いて回っても、反応の薄かった刑事たちが、無気力な篠垣ささがき一つで動く。
 赤矢は暴れた。フロアから出され、彼は強く言い聞かせられる。『篠垣ささがきに触れるんじゃない』と。
 つまみ出した刑事は赤矢に小さな声で告げる。『南場は死んだ。もう二度と聞くな』と。

 魂の抜けたようなクソ刑事と、殉職した一課のエース。赤矢はこの二人がどうして一課の禁忌なのか、分からず、隠れて暴走し、刑事らしからぬ、機密資料庫に進入した。一課取扱い要注意と書かれたファイルを勝手に閲覧してしまい、今にいたる。

 這うようにしてよろめきながら、赤矢はトイレから出た。
 洗面台に手を伸ばし、立ち上がる。震える手で蛇口をひねれば、水の勢いが増していく。彼は水の逃れる様を虚ろな目で捉えている。
 前かがみになり、項垂れ、そのまま渦を巻くそこへ、引きずりこまそうな錯覚に、赤矢は陥っていた。

 洗面台の縁をつかんでいた指がズルズルと服のラインに沿って落ちていく。ズボンのポケットに小指が引っかかった。
 ポケットを探り入れて、赤矢が手にしたのは、一発の銃弾だった。

 赤矢はその細長い形を見つめる。しばらくそうしてから、彼はもう一方の手と合わせて指を組み、それをまるでお守りのように握りしめた。
 握りしめた手を掲げ、額に擦りつけるような祈りが終わると、水の流れる音は止まった。
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