ほおつきよ

五 四六時中

ゴドー

　濃い消毒液の匂いが鼻をつつく。温かくもなく寒くもない、無味乾燥な部屋。真っ白なベッドに寝ていた僕の腕は、生まれ変わったみたいに輝いて見えた。
　頭にこべりついた泣き叫ぶ声が再生されてすぐに現実に引き戻される。もう僕はぐちゃぐちゃに汚れすぎて、生まれたときみたいに、キレイにはなれない。
　できることなら、もう一度生まれてきたかった。お父さんとお母さんに囲まれて、祝福されて。
　近づいてくる気配を感じて首を動かす。
「ひま、気分はどう？」
　少し疲れた表情の夜一さん。安心させたくて声を絞り出す。
「だいぶよくなりました」
　頭は驚くほどすっきりしていた。ただ、溢れ出たトラウマが延々と繰り返されるから、目を閉じてまた深く眠りにつきたかったけど。
　でも、夜一さんの方が消えてしまいそうで、僕は堪らなくなって手を伸ばした。彼は案の定、僕の手を握ってくれる。
「今日までは病院にお世話になっておきなよ。明日迎えに来てあげるから」
「もう退院できますっ」
　熱で倒れたぐらいでそんなに入院なんて恥ずかしい。それに夜一さんに何度も面倒をかけるなんていやだ。
「斎藤くんは……？」
　聞かずにはいられなかった。彼はふっと表情を緩めて僕の頭をなでてくる。
「夕空ゆらのことは向こうに任せとけば大丈夫」
　向こうとは何のことなのか気になったけど、夜一さんをこれ以上困らせたくはなかった。
「やっぱり今日、帰ります。夜一さんだって隣に僕がいないと運転厳しいでしょ？」
　彼は帰らないで病院で一夜を過ごした様子だった。何としてでも退院して、早く家に帰してあげなきゃ。
「もー！　ひまってばせっかちだなぁ。これでも片目の視力めちゃくちゃいい方なんだよ？」
　丸一日気絶したように眠ってしまったみたいだ。朝陽がカーテンのすき間から顔を覗かせていた。
「夜一さん」
　まるで僕たち二人しかいないように思えたが隣にも誰かが寝入っている。ヒソヒソ声とはいえ、起こしてしまうかもしれない。僕は得意の潜め声で伝えた。
「よくなったら、どこか一緒に行きませんか？」
　それから僕は唇を突き出してから、真横に引いた。彼は、「おれも」と口パクで返してくる。また熱が上がりそうだ。