ほおつきよ

兎守 優

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二 すれ違い

十四片

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 かなり遠くで犬がギャンギャン吠える鳴き声がする。来たみたいだ。
 玄関先で待っている時間は、短いのにとても長く感じた。
 タッタッタッという足音が聞こえてきたので、ドアを開けて外に出た。

「あ、来たっぽい」
 門の外で夜一さんがぽつりとこぼした。

「あさ、にぃ……」
 彼は汗だくだくで、怒りと言うよりも憔悴しているように見えた。夜一さんを見据えたまま、中に入ってろと言う。

「中で話せば」
「すぐ行くから」

 あさにぃのぴしゃりとした声に驚いて、おずおずと引き下がった。本当は聞き耳を立てて盗み聞きしたかったけど、疲労困憊で仕方なく、ソファに倒れ込んだ。
 僕が悪いのに、僕抜き。他人を叱るなんてバカげてる。悪さをしたのは僕だけじゃないか。

 カチャンとドアが開く音がして、二人が中に入った来たようだ。
 ずんと突如現れた二つの巨塔が僕を見下ろす。この二人、デカい。
 萎縮しながら、ソファの端に座り直すと、隣にあさにぃが腰を下ろす。

「俺、どこにいればいい?」
 この場合、僕とあさにぃの間に夜一さんが座ると大変なことになるのは僕でもよく分かっていた。
 仕方ない。みんな平等にと平ぺったいクッションを三つ出してきてテーブルの回りに並べた。

「神田さん、そこでいいですか?」
「はーい」
 ソファと向かい合う側の床を指した。僕はソファの右側に座って、あさにぃは僕と向かい合って腰を落ち着けた。

 あさにぃは中々切り出してくれなかった。普段正座をし慣れていないので、もう崩したかったけど我慢した。
 夜一さんの方をチラリと見ると、あぐらをかいていた。僕もできればそうしたい。

「神田さん、真昼とお付き合いしているのは本当ですか」
 やっとだ。説明したのにまた聞くなんて。
「はい」
 夜一さんは至極当然のように答える。

「出会って二週間だとか。真昼の家族として、これは看過できません」
「え、何が? 付き合うこと? 出会って二週間だってこと? それとも男だから?」
「全てです。真昼から手を引いてください」
「ちょっとまっ」
「真昼は黙ってなさい」

 僕だけ蚊帳の外に出されたままなんて、そんなのおかしいじゃないか。
「なんでひまは発言しちゃダメなんですか?」
 夜一さんはあさにぃと違って不思議と落ち着いていて、頭ごなしに畳みかけていかなかった。

「真昼は好きという気持ちで周りの状況が見えなくなって、正常な判断が付かないからです」
 何それ。僕が間違っているみたいな言い方。

「恋愛ってそう言うもんでしょ?」
 恋愛。初めての恋とお付き合い。確かに舞い上がってはいたけど、僕だってちゃんとこれから自分で判断して考えていける。好きだけじゃ乗り越えられない時が来るかもしれないけど、その時にまた考えればいいじゃないか。

「真昼は公務員試験を控えています。うつつを抜かしている暇はありません。別れてください」
 もうカチンときた。それを出せば僕が何でも諦めると思ったら大間違いだ。

「ねぇ、あさにぃ。何が不満なの? ねぇ、何がそんなに嫌なの!?」
「嫌だとか不満だとかじゃない。今日も何も言わずに出て行って、どれだけ心配したと思ってる!!」
「だって、行きたくなかったから仕方ないじゃん。やだって言ってるのに。そもそもなんでそんなに、しつこく引っ掻き回すの?」
「とにかくダメだ。もう会うな。試験に落ちても知らないぞ? 生半可な覚悟で通ると思ってるのか!?」
「生半可? ぼくが毎日どんなに頑張って生きてるか知らないくせに! あさにぃだって、」

 これだけは言ってはいけないと警鐘を鳴らしている。僕はどうにか呑み込んで代わりに拒絶を吐いた。

「帰って。来ないで!」

 くるりと背を向けてリビングを飛び出し、階段を駆け上がって、布団に飛び込む。もうふて寝してやる。
 ピンポンピンポンが聞こえるけど、今日はとても疲れてるから後で再配達お願いします。心の中で謝って、布団に抱き付いた。
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