愛しすぎて

十四日

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ロッカーを開けると、半透明で水風船のようなゴム製の容器の中に白い液が入っている。口のところが縛ってあるものや縛らずそのままのものが数個に、生ゴミが入っていた。

新橋さんがそれらを見て、

「男の欲情と女の嫉妬が、入り混じってますわね」

と言う傍らで、和真がどこに連絡している。

数分後、有馬先生が来た。

すると、突然僕を横抱きにすると、近くの使ってない教室へ連れて行かれた。

新橋さんと和真はその場において。

教室に入り、ゆっくり降ろされると何も言わず唇にキスをされた。

挨拶でするようなキスとは違って舌が絡み取られ、噛み付くような濃厚なキスだった。

「ん…んんっ…あ…やっ、う…」

何度も角度が変わり、隙間から声が漏れる。

有馬先生に熱い視線で見つめられ、僕の中の本能が求めてしまうことに恐れ、逃げようとすると許さんとばかりに腰に回る腕に力が入り、舌が追いかけてくる。

息が苦しくて僕の腰と足がガクガクする。

有馬先生の腕の支えがなかったら、その場に崩れていただろう。

頭がふわふわする。それに、良い匂い…。

匂いを辿るに連れて鼻から呼吸ができ、苦しさが軽減する。

有馬先生から柑橘系でほのかに紅茶の甘い香りがする。

有馬先生の匂い…これ、僕の好きな香り…。

前に有馬先生の誕生日でプレゼントした香水と同じ香り。

つけてくれてるんだ…。 

僕は嬉しいかった。

噛み付くようなキスが段々と気持ちよくなり、もっと感じたく、僕はゆっくり瞼を閉じる。

が、カシャカシャと僕と有馬先生の周りでBGMのように、カメラのシャッター音が聞こえ、瞼を開けると、いつのまに教室に入ってきたのか、新橋さんと和真がそこにいる。

そして、新橋さんはスマホで、僕達を撮っていた。

2人に有馬先生とキスしてるところを見られてる!

焦る僕だが有馬先生は気にしない様子で、キスし続けていた。

「新橋先輩、何してるんですか」

キスし続ける僕達を余所に、和真が普通に新橋さんに聞く。

「何って、もちろん。資料用に何枚か撮らせて頂いてます」

「ロッカーはあのままでいいんですか?」

「あら、大丈夫よ。橙利様の所だけ、ごっそり替えますから」

そんな2人のやりとりを聞きながら、気持ち良いキスに意識が持って行かれまいと必死になっていた僕だった。

どれくらいキスをされていたのか、やっと有馬先生から唇が離れ、僕は肩を上げ下げして呼吸をする。

腰は支えられたまま僕はうっとり有馬先生を見つめ、有馬先生は優しく微笑む。

「これで嫌なことが、上書き出来たかな」

ロッカーで嫌な思いをしているだろう僕への、有馬先生なりの気遣いだった。

「あ、有馬、先生。ありが、とう、ござ、い、ます」

呼吸が整ってなかったが、有馬先生にお礼の言葉を言う。

「次は街が一望できるホテルで」

と耳元で甘い声で、囁かれた。

有馬先生~かっこよすぎるよ…。


少しして呼吸は整い、腰にも力が戻った。

「そういえば、ロッカーは…?」

腰に力が戻るがまだ、有馬先生の腕が回されたままの僕は気になってることを聞く。

「橙利様。安心してください。このロッカーの周囲には無数の監視カメラが設置されていますので、すぐに犯人は特定されますわ」

新橋さんが答える。

え?監視カメラあるの?

「まあ、犯人の目星は付いてますけど」

なんか、新橋さんが刑事に見える。

これって…。

ふと、橙真兄さんが『危害を加える輩を事前に葬のが役目』と和真に言ってことを思い出す。

「和真が橙真兄さんに怒られない?」

「心配してくれて、ありがとう。橙利に気付かれず、これも事前に処理が出来れば良かったが…」

心配する僕に和真が笑顔で言うが、

「地べたに転がるゴミグズが掃いても掃いても出てくる…」

と舌打ちをする。

ブラック和真降臨…。

「花澤 麗菜は、何をやっても許されると思い込んでいる女王様。篠原君の事がとても好いていますし」

新橋さんの発言に、和真の片方の眉がピクリと上がる。

和真は花澤に好かれているのが相当不快に思っていることは、急に空気が冷たくなったことで僕でも分かった。

だが、新橋さんは気にしないで話を続ける。

「彼女は思い通りに出来ないと周囲に当たり散らし、呵責を起こしてきますから、すぐにでも排除したい。本当に迷惑な生物ですわ」

と溜め息をこぼす。

新橋さん曰く、花澤はG並みらしい。

Gって何だろう?

カサカサ、テカテカしてる?

1匹いると100匹いる?

いや、これ以上は聞きません。


花澤 麗菜。
はっきり言って、苦手な人だ。

どこかのお偉い人を父親に持つお嬢様(自分はお姫様だと思い込んでいる)。

威圧感で他の生徒は誰も彼女に逆らえなかった。

同じクラスではなかった僕と彼女は接点が無く会うことも無かったが、ある日、階段を降りようとした僕は花澤に背後から突き落とされそうになった。

寸前の所で和真が僕の体を支えてくれたおかげで、怪我をしなかった。

僕は階段の上を見上げると、そこに仁王立ちをした花澤が、

「あんたなんか!消えれば良いのよ!」

と激怒する。

先生達が何人か来て事情を聞くが、花澤は何言わず去り、花澤が突き落とす所を見ていた生徒達は花澤が怖いのか誰も言わなかった。

僕も関わりたくなかったから、脚を滑らしたことで片付けてもらった。

あとで、橙真兄さんと有馬先生のダブルでお仕置きをされました。

足腰が立たないです。

それからも花澤は何かと僕に攻撃してくる。

その度に和真が助けてくれる。

原因は花澤が和真(運命の王子様)に一目惚れして、告白をしたが断われたことによる逆恨み。

なんでも、どんなものでも手に入り、自分を拒否する者なんていなかった花澤は、自分の物にならない和真に凄まじい怒りで、和真がそばで片時も離れない(大切な)僕の存在に強い憎悪の念を抱き、僕を消そうとしている。

失恋も青春!って青春の域を超えてる!

僕は消されるの!

花澤に攻撃される僕に和真が悲しそうで泣きそうな顔で、

『俺が原因で橙利に辛い思いをさせて、すまない。でも、橙利と離れることは、死んでも考えられない!だから…』

と僕の両手を握りしめ訴える。

この雰囲気で、思ってしまう事に不謹慎だと怒る方もいるでしょうが、和真の訴える目が『僕を捨てないで、ご主人様。ワン』とまるで犬に見える。

『どこにも、連れて行かせないぞ』

と握られた手を離し、和真の頭を強く抱きしめる。

和真は嬉しそうに尻尾(見ないが)を振った。

それから、僕は華麗?に花澤の攻撃を避けていく。

しかし、人を階段から落とすことに、躊躇いがないほど甘えて育てられたって花澤は、疑うことはなかったのかな?
 
僕も甘え育ったと思う。

でも、兄達は人を欺け、傷つける事はやっては駄目だと、優しい人間に強い人間になるように教えてくれた。
僕は兄達に恥じないようにしようと決めてる。

今、護ってもらってるけどね。外でケガすると治るまで自分で歩かせくれないし、小言が子守唄になるほどだけどね。


「ただ、今回の件の犯人は別の奴だな」

有馬先生が僕の頭を優しく撫でながら言う。

「そうですね。それに教室で、すぐ犯人本人から名乗り出てきますね、きっと」

和真が頷く。

ロッカーの犯人は花澤では無いようだ。

「まぁ、犯人は小者ですし。ロッカーに関しては小さい事で済まされるでしょうが、小さい事でも積み重ねれば大きくなります。訴える内容が多い程、色々な罪名が付いて面白くなるってものですわ」

なんて、扱いやすいでしょうと、新橋さんは笑う。 

新橋さんが、怖い…。

でも、小さい事…いじめは世間では決して許されないことがお金の力で揉み消され、なかった事に。

許せないな…。

「安心してください。私の同士が橙利様の側に付いております」

新橋さんは僕が不安にしてると思ったのか、笑顔で言う。

そして、和真の方を見ると真剣な面持ちで、

「犯人は男の篠原君が出てくると火に油を注ぐので、今回は下手に出るわけにも行きません。男の篠原君にはただ側にいて、いつでも護れるように警戒してください」

と指示を出すと、和真は『分かりました』と返事をする。

なんか、和真と新橋さんがSPで僕が命を狙われる重役な気分。

あれ、新橋さんの『男の』が気になるけど...。

ちなみに水風船みたいなゴム製の容器に関しては、生ゴミとは別の犯人みたいだが、のちのち潰していくと有馬先生と和真が言っていた。

僕達は教室へ向かう。
中に入ると、ほとんどのクラスメイトが揃っていて、入って来た僕に全員が視線を向ける。

怖いな…。

「おはようございます、五百城様」

心配そうに駆け寄ってくる女子生徒。

「おはよ、紺野さん」

紺野 巴。
祖父が外国人だった為、隔世遺伝で茶色の髪にちらちら金色が混じっている髪色のゆるふわショートヘア。

細めで丸いフォルムの黒色でおしゃれなメガネを掛けている。背が高くスタイルが良く、よくモデルにスカウトされる。

明るく、優しい頼りになる性格でまとめ上手なため、クラス委員長をしている。

新橋さんが言っていた同士とは、紺野さんの事だ。

「五百城様…」

「あら、なんだか生ゴミ臭くありません?」

紺野さんが何か言おうとしている途中で、1人の女子生徒が邪魔をする。

宇都宮 貴子。
髪型はミディアムウェーブに整った顔でキツイ雰囲気が漂う。
同じクラスだが、ほとんど話した事がないから、彼女のことはよくは知らない。

家が裕福とだけ。あと、度々視線を感じ、視線のする方へ見ると僕を睨む宇都宮がいる。

好かれてはいない…。

「嫌よね、教室に生ゴミの臭いを振りまくなんて、育ちを疑います」

宇都宮が口元にハンカチを当てて言う。

生ゴミの臭いって、僕に言っているのかな?ってロッカーに生ゴミ入れた犯人って、宇都宮なのか....。

「生ゴミの臭い?私には柑橘系でほのかに紅茶の甘い、いい香りがしますけど」

紺野さんが言い返す。

って柑橘系、紅茶の甘い香り、あの時だ!有馬先生とキスして抱きしめられた時に香りが僕についたんだ!

僕は恥ずかしく、赤面する。

「あら、私には生ゴミの臭いしかしないけど。相当、お使いになられている香水が、生ゴミの香りなのですね」

宇都宮が嘲笑う。

「では、有馬先生も生ゴミの香りってことですね」

負けず、紺野さんが返す。

紺野さんの言葉に宇都宮と僕は目を丸くした。

  なんで!紺野さんが有馬先生の香りを知ってるの!
近づかないと分からないのに!

「なぜ、有馬先生が出てくるのです?」

宇都宮が不愉快そうな顔する。

「有馬先生がされていますこの香水は、五百城様が誕生日に贈られて以後、同じ香りを毎日必ずつけていることは有名です。それに私、(腐女子は美味しものには)鼻がいいので、近づかなくても分かります」

なんだか…紺野さんの言葉に、本音が聞こえた気がした。

「鼻がいいとは、犬並みね」

宇都宮が小馬鹿にする。

今、僕だけだろうか…寒気がする。

「そうです、犬並みにね」 

紺野さんが開き直る。

「でも、鼻が良すぎて困ることも。ただ、あたりに振り撒けば良いと思ってつけまくってます、どこかの誰かさんの臭いが腐って」

と宇都宮と同じようにハンカチを取り出し、鼻に当てる。

その行動に宇都宮は、持っていたハンカチを力強く握り、鬼の形相となる。

ブリザードが…

「有馬先生と五百城が同じ匂いだと?贈り物したからっと言って、まったくのべつの香水ではないの」

「間違いなく、同じものです。有馬先生が五百城様に直接つけていますから、今日も」

紺野さんが僕に視線を向けると『五百城様、匂いついてますよ』と言ってるかのようにウィンクする。

知っている!それも、さっきのロッカーでした事も!

『良いことは、同士にも共有しませんと』

ここにいないはずの新橋さんの声が頭の中から聞こえる。

「有馬先生に直接!」

宇都宮が驚く。

クラスメイト達も驚きでざわめく。

「可笑しくはないでしょう?家庭教師で教えていた生徒ですし。大変、仲が良くてとても微笑ましいです(腐女子にとって)」

紺野さんは宇都宮に『あなたが入る、隙間はない』と意味を込めて遠回しに言う。

宇都宮が下唇を噛む。

よく贈り物を渡す生徒がいるが、有馬先生は誰からも受け取らない。

多くの生徒が、有馬先生に贈り物を渡し続け、いつしか生徒達は有馬先生に受け取ってもらった生徒は『勝者』と言われ、誰もが『勝者』に口出しをしない決まりが出来た。

有馬先生…大変だな。

「それに、このクラスでも先生に贈り物をしている、生徒はいるのでしょうけれど」

クラスを見回すと、2人の言い争いをただオロオロ見ていた生徒達の中の数名が目を逸らす。

中には男子生徒もいる。

様子から見て、誰も受け取ってもらえてないだろう。

「教えていた生徒だからって、認めないわ!」

認める、認めないは勝手だが、有馬先生が受け取ってもらって『勝者』というのは、有馬先生に失礼な気がする。

ただ黙っている僕を宇都宮が睨みつける。

「ふん。ナイトに護られるだけの何も出来ないお姫様は、なんでも手に入って。さぞ、ご満足でしょうね」

宇都宮の言葉にカチンとした。

「僕は姫じゃない」

男ですからー!

宇都宮は目尻を険しく吊り上げて怒る。

「だったら!あんたが、ただの貧弱じゃないコトを証明しなさいよ!」

「勝手なことを決め…」

紺野さんが間に入ろうとすると、

「逃げますの?」

宇都宮はふふっと嘲笑う。

「わかった。勝負を受けるよ」

宇都宮の挑戦に僕が返事をすると、また、周りがざわめく。

完全に買い言葉に売り言葉だった。

男ですけどね!僕、男ですけどね!

「決まりね、勝負よ!五百城 橙利!」


「何をしている」

突然、有馬先生が教室に入ってきた。

実はずっと、教室の外で待っていたのだ。

すみません、忘れてました…。

僕と宇都宮のやりとりに出るタイミングを逃した有馬先生の登場により、教室は静かになった。

「気分がすぐれませんので、保健室で休ませていただきます」

『勝負内容と日時は、日を追って通達します』と言って、宇都宮は教室から出て行った。

クラスメイト、特に有馬先生に和真、紺野さんがなんとも言えない表情で僕を見る。

『決闘、受けちゃった!テヘペロ★』

なんて、口には出せなかった。

そうです、決闘を受けました、受けてしまいました…。


そして、僕を筆頭に静かに自分たちの席についた。

あーどうしよ…

宇都宮との勝負に頭を抱える僕はこの時、気付かなかった。

家に帰ると、橙真兄さんと有馬先生、それに勇橙兄さんも加わりトリプルで長いお仕置きされることに…。

予感はしてたけどね。
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