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第三部 ―出立編―
第三部 序
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日の入りが森の輪郭を溶かし、闇へと沈めていく。森の際にそびえるケヤキの巨樹、高枝の上で夜の訪れを待ち構えていた三つの影が、のそりと動き出した。
「どうする」
影の一つが、風音にまぎれて小声を発した。
「これ以上の深入りは危ない」
「同意します」
残る二つの影が、短く応える。
「一旦、退こう」
一人の提案に二人が「御意」と同意するや否や、三つの影は高枝から消え失せた。
「ここらで良いか」
森の深部へ逆戻りした三つの人影は、小さな泉と岩場を見つけて足を止める。枝葉の隙間からのぞく僅かな月明かりの中、三人は影を突き合わせる。
「見つかりませんね…きっともう誰も…」
もっとも小柄な人影が、小さく首を振った。
「これまでの奴らも見つかった試しがない」
「諦めるしかないだろうな」
「……」
黙祷のような沈黙と、湿度のある夜風が流れる。
「それにしても」
ため息の混じった声が、続いた。
「上はどういうつもりなのでしょう」
「どうって」
「もう十年以上もこうして…この国をどうしたいのか、理解できません」
若い声が漏らす疑問に「さあな」と年長者らしき声が重なる。
「さあなって…もう何人も行方知れずになっているのですよ。チョウトクばかりが貧乏くじを引かされて」
「落ち着け」
再び年長者の声が、若い声を窘めた。「申し訳ありません」と萎む声。
「これは長の直命。考え無しに与えられた任務とは思うまい」
「はい。肝に銘じています…でも…」
「麒麟と龍が育つまでの辛抱だ」
「それは、どういう…」
「……?」
年長者と若年者のやりとりを見守っていたもう一人の影が、空を見上げた。
「どうした」
「気配が」
最後まで言い切る前に、それは起こった。
天嶮(てんけん)
まるで地中から巨人の掌が虫を掬い上げるかのように。三つの人影周辺に、五本の土柱が隆起した。
「う、っわ!」
巨大な掌は人影の一つを握り込んで土中へ引きずり込む。
「そん、な…!」
「逃げろ!」
年長の人影が、若い影を突き飛ばした。
「隊長!」
転がる若輩の影が最後に辛うじて目にしたのは、つい直前まで共にいたはずの仲間が、次々と隆起する土柱に呑み込まれていく瞬間だった。
「くっ!」
逃げろ。
ただ最後の命に従うために、影は走り出した。背後に迫る土石流の音。
「あれは…地術…!?」
背後を振り返る猶予など無い。
ただ只管に前だけを見て駆けながらも、影は背中で音を必死に拾った。
確かに聞いたのだ。
天嶮、という唱えを。
あれは地神・天嶮。
「何で…何で神通術を…っつ…!」
肩甲骨から腰にかけて、熱。鋭い石片が背中を掠ったのだ。背後に尚も迫る土石流。
それに伴い微弱ながら感じる、何者かの気配。
「捕まってたまるか…風神…」
駈ける影に風がまとう。
「韋駄天!」
猛禽類の大羽のごとく、幾重にも重なる風が上気流となって、影に神速の翼を与えた。唯一、誰にも負ける事の無かった「逃げ足」で、土石流を振り切る。
「…ちっ…」
影を追いかけていた何者かの舌打ちと共に、土石は停止。
「逃げ足の速い」
森の闇へと消えていった影の追跡を諦めた何者かも、緩やかに足を止めた。
「まあいい。収穫はあった」
呟きながら何者かは、片手に握っていた小刀を指先で弄ぶように回転させながら、腰の刃物入れに差す。
静けさを取り戻しつつある森で、夜鳴きの鵺鳥の一声が、不気味に木霊した。
「どうする」
影の一つが、風音にまぎれて小声を発した。
「これ以上の深入りは危ない」
「同意します」
残る二つの影が、短く応える。
「一旦、退こう」
一人の提案に二人が「御意」と同意するや否や、三つの影は高枝から消え失せた。
「ここらで良いか」
森の深部へ逆戻りした三つの人影は、小さな泉と岩場を見つけて足を止める。枝葉の隙間からのぞく僅かな月明かりの中、三人は影を突き合わせる。
「見つかりませんね…きっともう誰も…」
もっとも小柄な人影が、小さく首を振った。
「これまでの奴らも見つかった試しがない」
「諦めるしかないだろうな」
「……」
黙祷のような沈黙と、湿度のある夜風が流れる。
「それにしても」
ため息の混じった声が、続いた。
「上はどういうつもりなのでしょう」
「どうって」
「もう十年以上もこうして…この国をどうしたいのか、理解できません」
若い声が漏らす疑問に「さあな」と年長者らしき声が重なる。
「さあなって…もう何人も行方知れずになっているのですよ。チョウトクばかりが貧乏くじを引かされて」
「落ち着け」
再び年長者の声が、若い声を窘めた。「申し訳ありません」と萎む声。
「これは長の直命。考え無しに与えられた任務とは思うまい」
「はい。肝に銘じています…でも…」
「麒麟と龍が育つまでの辛抱だ」
「それは、どういう…」
「……?」
年長者と若年者のやりとりを見守っていたもう一人の影が、空を見上げた。
「どうした」
「気配が」
最後まで言い切る前に、それは起こった。
天嶮(てんけん)
まるで地中から巨人の掌が虫を掬い上げるかのように。三つの人影周辺に、五本の土柱が隆起した。
「う、っわ!」
巨大な掌は人影の一つを握り込んで土中へ引きずり込む。
「そん、な…!」
「逃げろ!」
年長の人影が、若い影を突き飛ばした。
「隊長!」
転がる若輩の影が最後に辛うじて目にしたのは、つい直前まで共にいたはずの仲間が、次々と隆起する土柱に呑み込まれていく瞬間だった。
「くっ!」
逃げろ。
ただ最後の命に従うために、影は走り出した。背後に迫る土石流の音。
「あれは…地術…!?」
背後を振り返る猶予など無い。
ただ只管に前だけを見て駆けながらも、影は背中で音を必死に拾った。
確かに聞いたのだ。
天嶮、という唱えを。
あれは地神・天嶮。
「何で…何で神通術を…っつ…!」
肩甲骨から腰にかけて、熱。鋭い石片が背中を掠ったのだ。背後に尚も迫る土石流。
それに伴い微弱ながら感じる、何者かの気配。
「捕まってたまるか…風神…」
駈ける影に風がまとう。
「韋駄天!」
猛禽類の大羽のごとく、幾重にも重なる風が上気流となって、影に神速の翼を与えた。唯一、誰にも負ける事の無かった「逃げ足」で、土石流を振り切る。
「…ちっ…」
影を追いかけていた何者かの舌打ちと共に、土石は停止。
「逃げ足の速い」
森の闇へと消えていった影の追跡を諦めた何者かも、緩やかに足を止めた。
「まあいい。収穫はあった」
呟きながら何者かは、片手に握っていた小刀を指先で弄ぶように回転させながら、腰の刃物入れに差す。
静けさを取り戻しつつある森で、夜鳴きの鵺鳥の一声が、不気味に木霊した。
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