毒使い

キタノユ

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第ニ部 ―新米編―

ep.25 蟲之勉強会(4)

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 瞳を丸くする青の視線を背中で感じながら、キョウは書架へ向かう。

 キョウにとってもこれは、青へのお世辞でも慰めのつもりでもなかった。

 現に、三葉医院に運び込まれた経験のある任務仲間の間で、青は評判が良い。

 解呪が完璧で影響が全く残らない。
 とにかく何においても丁寧に対応や処置にあたる。
 傾聴の姿勢。

「三葉の姉御、美人だけど荒っぽくて怖ぇからさ~、こっちが弱ってる時にああいう丁寧に扱ってくれる医療士がいると泣けてくるんだよ。あれが女の子なら満点なんだが」
「俺は三葉の姉御に発破かけられると気合入るけどな」
「なんだその性癖」
「テメェこそ」

 キョウの任務先の野営地で聞こえてきた、酒を呑む野郎たちによる「どこの病院の誰が優しいだの美人だの」そんな下世話な会話から、それだけではない、尊敬する先輩上士からも「三葉医院にいる若い医療士に腕の良い奴がいる」という話を聞いていた。

 あちこちから思わぬところで「大月医療士」の名前を耳にして以来、蟲之区での懐かしい記憶が蘇った。

 国外任務が増えてきた機に世界地理や歴史について学ぼうと思い立ったのも、頭の片隅に青が浮かんでいたからであると言えた。戦いを挑むかのように本と向き合っていた姿が、それほどに印象的でもあった。

「もっと、自信を、持てば、いいのに」

 分厚い図鑑を一冊ずつ棚に戻しながら、独り言を一言ずつ吐き出す。

 任務経験の差は単に内勤と外勤の勤務形態の違いであって、自嘲するべき事ではない。

 戦いを専業とする法軍人の中には内勤者や後方支援を軽視する傾向にある者もいるが、それこそ恥ずべき事で、キョウが最も軽蔑する人種の一つだ。

「そういえば…」
 書架間を移動しながら、もう一つ思い出した。

 国抜け斡旋組織の殲滅任務にあたった滴の森にて。青と少女が都へ送り届けられた後に、朱鷺から、青が少女を護るために命を張って戦ったとも聞いた。賊二人を仕留めたのは、毒針だった。

 十年近く前の南の森にて、行方不明になった青の捜索任務で目撃した光景と重なる。三日間も飲まず喰わずで弱っていたはずの幼い青が、一人で妖獣を倒していた時も、使われていたのは毒針だった。

「今度そのあたりも聞いてみるか」

 本や資料を全て書架へ戻し席へ戻ると、ちょうど青も机上の筆記用具や紙類を片し終わったところだった。

「片付けさせてしまってすみません」
「良かったら、また声かけてもいいかな」

 キョウの申し出に青は「え」と心底驚いたように口を開ける。

「何だか学校みたいで楽しくてさ」

 任務と訓練と休息の繰り返しの日々の中において、活字と議論の蟲になる時間も良いものだと、キョウは心から思った。

「はい、ぜひ!」

 破顔した青の声が弾む。任務しか知らない自分との会話を楽しんでもらえたのなら良かったと、キョウは心の隅で安堵を覚えた。

「良かった」
 と頷いてからキョウは「あ」と思い出す。

「とか言ったけど、今度いつここに来れるか分からないから、式を飛ばすよ。明日から国外へ長い任務に出ることになったから―」

「え…」
 見るからに、青の面持ちが曇った。

 気を悪くしたかと焦ったが、そうではない、何か心の琴線に触れてしまったような反応に見える。

「…どうしたの?」
「……」
 反応が鈍い。

 今日はこれで二回目だ。

 一回目は国外任務が増えた話をした時。
 二回目の今は、国外へ長期任務に赴く話をした。

 こちらに向く青の瞳が、揺れている。心配しているというよりは、誰かを思い出しているのだ。

 自分を通して、過去の誰かを見ている。

「大月君?」

 上半身を傾けて、机越しに手を伸ばし青の肩を叩いた。

「あ、いえ、すみません、式、承知しました」

 ようやく青の瞳が「キョウ」を認識して、ぎこちなく微笑んだ。

「長期任務、ご武、お気をつけて」

 明らかに「ご武運を」と言いかけて、言葉を切る。法軍人の間で「ご武運を」は「お疲れ様」と共に日常的な労いの挨拶だ。

 誰か大切な人を、殉職で亡くしたのだろうか。

 国外への長期任務と言っても、要人警護で数度往復するために時間がかかるだけで危険度は低い―なんて事を言い出せる空気ではなくなってしまった。

「ありがとう。じゃ、また」

 青の異変に気づかないふりをして、キョウは手を振って青へ背を向けると、蟲之区を後にした。
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