68 / 145
第ニ部 ―新米編―
ep.25 蟲之勉強会(3)
しおりを挟む
その過程で青が「シシグニ」について知り得た事もあった。
シシグニは字を「獅子國」と書くが「獣ノ國」との表記もある。その名の通り、獣血人や獣人、半獣人らが人口の過半数を占める。
凪之国ら神通祖国らとは異なる「古國」と称され分類される国々があり、獅子國はその一国にあたった。
古國とは、神通術と異なる古来固有の術法や力を有する国々の総称で、近年において五大国との国交を深めつつある国もあれば、独立独歩を維持する国もある。
キョウいわく「国外任務が増えてきた」が意味するのは、キョウ自身の実績上昇に伴う任務の範囲拡大という側面の他に、五大国が神通祖国以外との一部国交を推進する外交的要因の側面もあった。
諜報部による資料の一片によれば、獅子國は古國に分類される国々の中でも歴史が深い文字通りの旧国であり、国を司る血族達を頂点にした専制政治、完全なる階層社会構造となっているようだ。長い歴史の中でたびたび内紛が発生しては制圧、統一されてきている。
青がこのくだりを目にしたときに、国を抜けて凪へ逃げ延びてきた三人の中士達や賊の頭目の、逼迫した実情の一端をほんの少し、理解できたような気がした。
「何年か前に任務で一緒になった下士が「シシグニ」出身だと言っていたけど、この事だったのか…」
キョウも資料の文字列を天色の瞳で追いながら、思う所あるように何度か深い息を吐いていた。
「この資料によると獣血人は姿を変化させる事ができるみたいだけど、その任務の時は特にそういう事もなかったな。俺が見ていなかっただけかもしれないけど」
「あまり大っぴらにしたくなかったのかもしれませんね」
おそらくは隊長が誰であるかの違いだろうと、青は思った。
賊殲滅任務では元訓練所の教官である楠野がいたからこそ、獣血人の中士たちは、その力を存分に発揮する事ができたのだ。
このようにして、互いに様々な話を交わしながらの「勉強会」は、あっという間に時間が過ぎていった。気づけば窓の外の空の色が変わっている。
「あ、いつの間に」
先に我に返ったのは、キョウだった。
「申し訳ない。俺、明日は早朝から任務が入ってるから、そろそろ」
「本当だ…すみません、遅くまで引き止めちゃって」
青も顔をあげて外を見る。
外界の暗さと、そして机上の散らかり具合に驚いた。
「後片付けは僕がするので、先にお帰り下さい」
「いやいや。片付けるまでがお勉強、でしょ」
「あはは」
昔、小松先生から言われた「帰宅するまでが任務です」を思い出し、青は吹き出した。今日はいつになく笑う回数が多かったように思う。
「今日はありがとう。勉強になったし、楽しかった」
書籍を巻数通りに重ねながら、キョウは満足げに笑った。
「こちらこそ。貴重な任務のお話などしていただいて」
青のこれはお世辞でもご機嫌取りのつもりでもなく、実際に楽しいものだった。法軍人として経験値の低い青にとって、任務経験豊富なキョウの口から語られる体験談はどれも新鮮で興味深かった。
勉強のしかたが分からないとキョウは謙遜したが、頭の良さと回転の早さに遅れを取るまいと始終、青は必死だった。気がつけば、喉が酷く乾いている。
「僕はまだまだ経験不足だなって、感じます」
「…あのさ」
重ねた本を持ち上げたキョウの瞳が、またまっすぐと青を見ていた。
「初めて会った時の事、覚えてる?工房で」
「そう、でしたね」
知らず知らず、青の上半身が後ろへ逃げるように引く。
キョウの眼光には独特の力があると、青は思う。きれいなお姉さんと思い込んでいた幼い頃も、同じ。見惚れるというより、蛇に呑み込まれそうなカエルの気分だった。
もし敵として対峙したならばと、一瞬でも想像しただけで、背筋が凍る。
「友達のために、飲みやすい味の薬を作ってたよね。お菓子みたいな味の」
苦い薬が苦手だと言っていたつゆりのために、甘い飲み薬を作っていた時の話だ。
「よく覚えてますね、きなこ味でした」
痛かったり苦しい時に、もうそれ以上ちょっとでも嫌な思いなんてしたくないでしょ
苦しい時に心がこもってるのが伝わると、それだけで嬉しいよ
あの日、三葉泰医師―タイに反論したキョウの言葉が去来する。
あの頃のキョウはすでに下士として任務をこなしていた年齢だった。任務中の怪我や病気に苦しんだ経験から、素直に口から出た想いなのだろう。
「大月君は、その頃と今も変わってない」
「え?」
「いつも一生懸命でさ。俺はそういう人を尊敬するし、好きだよ」
最後に泰然とした微笑みを見せて、キョウは本の山を抱えて踵を返した。
シシグニは字を「獅子國」と書くが「獣ノ國」との表記もある。その名の通り、獣血人や獣人、半獣人らが人口の過半数を占める。
凪之国ら神通祖国らとは異なる「古國」と称され分類される国々があり、獅子國はその一国にあたった。
古國とは、神通術と異なる古来固有の術法や力を有する国々の総称で、近年において五大国との国交を深めつつある国もあれば、独立独歩を維持する国もある。
キョウいわく「国外任務が増えてきた」が意味するのは、キョウ自身の実績上昇に伴う任務の範囲拡大という側面の他に、五大国が神通祖国以外との一部国交を推進する外交的要因の側面もあった。
諜報部による資料の一片によれば、獅子國は古國に分類される国々の中でも歴史が深い文字通りの旧国であり、国を司る血族達を頂点にした専制政治、完全なる階層社会構造となっているようだ。長い歴史の中でたびたび内紛が発生しては制圧、統一されてきている。
青がこのくだりを目にしたときに、国を抜けて凪へ逃げ延びてきた三人の中士達や賊の頭目の、逼迫した実情の一端をほんの少し、理解できたような気がした。
「何年か前に任務で一緒になった下士が「シシグニ」出身だと言っていたけど、この事だったのか…」
キョウも資料の文字列を天色の瞳で追いながら、思う所あるように何度か深い息を吐いていた。
「この資料によると獣血人は姿を変化させる事ができるみたいだけど、その任務の時は特にそういう事もなかったな。俺が見ていなかっただけかもしれないけど」
「あまり大っぴらにしたくなかったのかもしれませんね」
おそらくは隊長が誰であるかの違いだろうと、青は思った。
賊殲滅任務では元訓練所の教官である楠野がいたからこそ、獣血人の中士たちは、その力を存分に発揮する事ができたのだ。
このようにして、互いに様々な話を交わしながらの「勉強会」は、あっという間に時間が過ぎていった。気づけば窓の外の空の色が変わっている。
「あ、いつの間に」
先に我に返ったのは、キョウだった。
「申し訳ない。俺、明日は早朝から任務が入ってるから、そろそろ」
「本当だ…すみません、遅くまで引き止めちゃって」
青も顔をあげて外を見る。
外界の暗さと、そして机上の散らかり具合に驚いた。
「後片付けは僕がするので、先にお帰り下さい」
「いやいや。片付けるまでがお勉強、でしょ」
「あはは」
昔、小松先生から言われた「帰宅するまでが任務です」を思い出し、青は吹き出した。今日はいつになく笑う回数が多かったように思う。
「今日はありがとう。勉強になったし、楽しかった」
書籍を巻数通りに重ねながら、キョウは満足げに笑った。
「こちらこそ。貴重な任務のお話などしていただいて」
青のこれはお世辞でもご機嫌取りのつもりでもなく、実際に楽しいものだった。法軍人として経験値の低い青にとって、任務経験豊富なキョウの口から語られる体験談はどれも新鮮で興味深かった。
勉強のしかたが分からないとキョウは謙遜したが、頭の良さと回転の早さに遅れを取るまいと始終、青は必死だった。気がつけば、喉が酷く乾いている。
「僕はまだまだ経験不足だなって、感じます」
「…あのさ」
重ねた本を持ち上げたキョウの瞳が、またまっすぐと青を見ていた。
「初めて会った時の事、覚えてる?工房で」
「そう、でしたね」
知らず知らず、青の上半身が後ろへ逃げるように引く。
キョウの眼光には独特の力があると、青は思う。きれいなお姉さんと思い込んでいた幼い頃も、同じ。見惚れるというより、蛇に呑み込まれそうなカエルの気分だった。
もし敵として対峙したならばと、一瞬でも想像しただけで、背筋が凍る。
「友達のために、飲みやすい味の薬を作ってたよね。お菓子みたいな味の」
苦い薬が苦手だと言っていたつゆりのために、甘い飲み薬を作っていた時の話だ。
「よく覚えてますね、きなこ味でした」
痛かったり苦しい時に、もうそれ以上ちょっとでも嫌な思いなんてしたくないでしょ
苦しい時に心がこもってるのが伝わると、それだけで嬉しいよ
あの日、三葉泰医師―タイに反論したキョウの言葉が去来する。
あの頃のキョウはすでに下士として任務をこなしていた年齢だった。任務中の怪我や病気に苦しんだ経験から、素直に口から出た想いなのだろう。
「大月君は、その頃と今も変わってない」
「え?」
「いつも一生懸命でさ。俺はそういう人を尊敬するし、好きだよ」
最後に泰然とした微笑みを見せて、キョウは本の山を抱えて踵を返した。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
キャラ交換で大商人を目指します
杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。
セイントガールズ・オルタナティブ
早見羽流
ファンタジー
西暦2222年。魔王の操る魔物の侵略を受ける日本には、魔物に対抗する魔導士を育成する『魔導高専』という学校がいくつも存在していた。
魔力に恵まれない家系ながら、突然変異的に優れた魔力を持つ一匹狼の少女、井川佐紀(いかわさき)はその中で唯一の女子校『征華女子魔導高専』に入学する。姉妹(スール)制を導入し、姉妹の関係を重んじる征華女子で、佐紀に目をつけたのは3年生のアンナ=カトリーン・フェルトマイアー、異世界出身で勇者の血を引くという変わった先輩だった。
征華の寮で仲間たちや先輩達と過ごすうちに、佐紀の心に少しづつ変化が現れる。でもそれはアンナも同じで……?
終末感漂う世界で、少女たちが戦いながら成長していく物語。
素敵な表紙イラストは、つむりまい様(Twitter→@my_my_tsumuri)より
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~
クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・
それに 町ごとってあり?
みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。
夢の中 白猫?の人物も出てきます。
。
毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜
天海二色
SF
西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。
珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。
その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。
彼らは一人につき一つの毒素を持つ。
医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。
彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。
これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。
……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。
※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります
※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます
※この小説は国家資格である『毒物劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。
参考文献
松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集
船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
鈴木勉 毒と薬 (大人のための図鑑)
特別展「毒」 公式図録
くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ
ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科
その他広辞苑、Wikipediaなど
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる