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第ニ部 ―新米編―
ep.24 夜戦(3)
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「蓮華二師の補助を…」
戦いが動き出した直後、朱鷺が高枝より身を躍らせる。
「はい!」
青も後を追い、老木の影に身を隠す蓮華の元へ駆けた。そこに負傷した凪隊員たちが運ばれている。
「手伝う…わ…」
「一師!あ~ありがたいです!」
顔を上げた蓮華の声に、疲労感と安堵感が混在していた。側にはさきほど大狐に叩き飛ばされた二人の他にも二名が岩影に凭れてぐったりとしている。
「僕、薬術の甲を持っています!」
「本当!?助かるわシユウ君…その子をお願い」
指示を受けて青は、岩に凭れて座り込んでいる中士の一人の側に膝をついた。肩から脇腹にかけて裂傷が走っている。攻撃を受けた衝撃で外れたか、肩当ては側に見当たらない。
「そこに置いてあるものは自由に使ってね」
蓮華が背負っていた鞄の口が開いた状態で、木陰に置かれている。中は薬品や医療道具が詰まっていた。その中から化膿止めや止血効果のある傷薬を選ぶ。瓶には獅子の判と蓮華の署名。
一方で朱鷺はその隣で横に寝かされている中士を診ていた。脇腹に開いた傷の止血治療を行っている。多くの毒術師は薬術の、逆に薬術師は毒術の甲までを取得している場合が多いのだ。
「うわっ…」
頭上を拳大の石礫がいくつも通過して行く。青は思わず肩を縮めた。
「結界を張ってあるから大丈夫、治療に集中して!」
蓮華の早口の叱責が飛ぶ。
「は、はい…!」
すぐ近くで悲鳴が上がろうと、術が爆発する音が響こうと、大狐の咆吼が轟こうと、蓮華は手元の患部に目を向けたまま、手際よく処置を進めている。
朱鷺も戦いの様子に目もくれず、黙々、淡々と治療を進めていた。
青が一人目の応急処置を一通り終えようとしていた時、
「きゃあ!」
戦場から悲鳴。
青が顔を上げると、小毬中士の体が宙に弾き飛ばされる瞬間が青の瞳に映る。小柄な体が土に叩きつけられ、横たわったまま動かない。周りに彼女を救出に行けそうな人間は、いない。
「!」
考える前に、青は飛び出していた。
「しっかりして下さい…!」
地に転がる小毬の側に膝をつき、手早く脇に腕を差し込んで担ぎ上げようと抱き上げる。
「っ!!」
その頭上へ、大狐の前足が振り上げられた。血に塗れた鈎爪が青を目掛けて振り下ろされる。
「くっ!」
青は小毬の体を担いで横に跳んだ。爪は青の装束の裾を掠め土を抉り、すぐさま再び振り上げられる。
「間に合わな…」
青は咄嗟に負傷者の体を爪から庇うように抱きしめた。
「伏せろ!」
眼の前に大柄な人影が立ちはだかり、一瞬で壁の如き羆へ姿を変えた。
直後、肉を抉る音と重たい水音が続く。
『グゥウウウ…!』
獣の、苦悶するうめき声。
「檜前!!」
誰かの叫び声が重なる。
羆は大狐の鈎爪を腹に埋めたまま、両腕で前足を抱き込んだ。
『この…離…っ!』
前足を固定された大狐の動きが瞬時、止まった。
「風神…」
その隙を、百戦錬磨の上士は見逃さない。
「三日月鎌!」
楠野の風術が発動、巨大な風鎌が大狐の前足を切断した。
『ギャァアアアアァア!』
大狐の絶叫。
黄金色の体が仰け反りのたうち、血雨が辺りに降り注ぐ。切り落とされた大狐の前足を抱いたまま、羆の体が青の足元で横倒しに落ちた。
「檜前中士!」
青の眼前で、羆は人間の姿へと戻る。
そこには、腹から血を流し倒れた檜前の姿。
「これでトドメ…」
続けてもう一撃、楠野が腕を振り下ろすと共に風鎌が大狐の胴を抉った。前胸から腹にかけての白い毛がぱっと紅く染まる。
『グ…ウ…』
血と呻きを吐きながら、稲穂色の体と尾が月夜に跳ねた。
白光の中、大狐の姿は霞のように薄れ、現れたのは女の姿。稲穂色の長い髪。髪色と同じ稲穂色と白を基調に朱色を縁取った装束が、赤黒く血で濡れていた。
「く…」
腹を押さえ、全身で呼吸をする女は、それでもなお鋭い眼光を上士たちに放つ。
致命傷であろう事は、誰の目にも明らかだった。
辺りには、賊たちの遺骸が転がっている。一色や准士らの手によって片付けられ、残っている者はいなかった。
勝敗は決している。
「あ…アタシが…」
血の混じった咳を零しながら、女はとつとつと、言葉を吐き捨てる。
「九尾に生まれて…いれば…妖狐のチカラがあれば…」
「……」
上士二人は無言で女の言葉を聞いていた。
「シシグニにも…この国、にも…」
ごぼり
ひときわ大きな水音と共に、女の口から血溜まりが吐き出される。
女の体がゆらぎ、力尽きたかと誰もが思った瞬間、地を蹴った女の姿は小柄な狐に変化した。
片腕の狐は身を翻し、森の藪へと飛び込む。
「逃げた!」
「雲類鷲!追跡を」
「承知」
楠野の命を受けてオオワシが空を舞う。
「一色隊と技能師班はここに残って負傷者の手当を頼んだ」
「分かった」
「残りの動ける奴はついてこい」
言うが早いか、楠野は狐の後を追って駆け出した。その後を、准士二名と中士数名が続く。
「負傷者を天幕へ。野営地の火を入れ直せ」
楠野が去るや否や、一色が動いた。面々へ具体的な指示を投げかけていく。
「シユウ君、シユウ君!」
肩を揺さぶられて青は、我にかえる。
「は…はい、あれ…僕…」
眼の前に、蓮華の顔。青は血まみれの小毬の体を抱え、足元に倒れた檜前と、大狐が流した血を浴びて、呆然と座り込んでいた。
「動ける?怪我人を天幕へ運ばないと」
一切の動揺を感じさせない蓮華の声に、奮い立たせられる。
「わか…分かりました…!」
なんとか声を吐き出して、青は浮遊感の残る体を無理矢理に立ち上がらせた。
戦いが動き出した直後、朱鷺が高枝より身を躍らせる。
「はい!」
青も後を追い、老木の影に身を隠す蓮華の元へ駆けた。そこに負傷した凪隊員たちが運ばれている。
「手伝う…わ…」
「一師!あ~ありがたいです!」
顔を上げた蓮華の声に、疲労感と安堵感が混在していた。側にはさきほど大狐に叩き飛ばされた二人の他にも二名が岩影に凭れてぐったりとしている。
「僕、薬術の甲を持っています!」
「本当!?助かるわシユウ君…その子をお願い」
指示を受けて青は、岩に凭れて座り込んでいる中士の一人の側に膝をついた。肩から脇腹にかけて裂傷が走っている。攻撃を受けた衝撃で外れたか、肩当ては側に見当たらない。
「そこに置いてあるものは自由に使ってね」
蓮華が背負っていた鞄の口が開いた状態で、木陰に置かれている。中は薬品や医療道具が詰まっていた。その中から化膿止めや止血効果のある傷薬を選ぶ。瓶には獅子の判と蓮華の署名。
一方で朱鷺はその隣で横に寝かされている中士を診ていた。脇腹に開いた傷の止血治療を行っている。多くの毒術師は薬術の、逆に薬術師は毒術の甲までを取得している場合が多いのだ。
「うわっ…」
頭上を拳大の石礫がいくつも通過して行く。青は思わず肩を縮めた。
「結界を張ってあるから大丈夫、治療に集中して!」
蓮華の早口の叱責が飛ぶ。
「は、はい…!」
すぐ近くで悲鳴が上がろうと、術が爆発する音が響こうと、大狐の咆吼が轟こうと、蓮華は手元の患部に目を向けたまま、手際よく処置を進めている。
朱鷺も戦いの様子に目もくれず、黙々、淡々と治療を進めていた。
青が一人目の応急処置を一通り終えようとしていた時、
「きゃあ!」
戦場から悲鳴。
青が顔を上げると、小毬中士の体が宙に弾き飛ばされる瞬間が青の瞳に映る。小柄な体が土に叩きつけられ、横たわったまま動かない。周りに彼女を救出に行けそうな人間は、いない。
「!」
考える前に、青は飛び出していた。
「しっかりして下さい…!」
地に転がる小毬の側に膝をつき、手早く脇に腕を差し込んで担ぎ上げようと抱き上げる。
「っ!!」
その頭上へ、大狐の前足が振り上げられた。血に塗れた鈎爪が青を目掛けて振り下ろされる。
「くっ!」
青は小毬の体を担いで横に跳んだ。爪は青の装束の裾を掠め土を抉り、すぐさま再び振り上げられる。
「間に合わな…」
青は咄嗟に負傷者の体を爪から庇うように抱きしめた。
「伏せろ!」
眼の前に大柄な人影が立ちはだかり、一瞬で壁の如き羆へ姿を変えた。
直後、肉を抉る音と重たい水音が続く。
『グゥウウウ…!』
獣の、苦悶するうめき声。
「檜前!!」
誰かの叫び声が重なる。
羆は大狐の鈎爪を腹に埋めたまま、両腕で前足を抱き込んだ。
『この…離…っ!』
前足を固定された大狐の動きが瞬時、止まった。
「風神…」
その隙を、百戦錬磨の上士は見逃さない。
「三日月鎌!」
楠野の風術が発動、巨大な風鎌が大狐の前足を切断した。
『ギャァアアアアァア!』
大狐の絶叫。
黄金色の体が仰け反りのたうち、血雨が辺りに降り注ぐ。切り落とされた大狐の前足を抱いたまま、羆の体が青の足元で横倒しに落ちた。
「檜前中士!」
青の眼前で、羆は人間の姿へと戻る。
そこには、腹から血を流し倒れた檜前の姿。
「これでトドメ…」
続けてもう一撃、楠野が腕を振り下ろすと共に風鎌が大狐の胴を抉った。前胸から腹にかけての白い毛がぱっと紅く染まる。
『グ…ウ…』
血と呻きを吐きながら、稲穂色の体と尾が月夜に跳ねた。
白光の中、大狐の姿は霞のように薄れ、現れたのは女の姿。稲穂色の長い髪。髪色と同じ稲穂色と白を基調に朱色を縁取った装束が、赤黒く血で濡れていた。
「く…」
腹を押さえ、全身で呼吸をする女は、それでもなお鋭い眼光を上士たちに放つ。
致命傷であろう事は、誰の目にも明らかだった。
辺りには、賊たちの遺骸が転がっている。一色や准士らの手によって片付けられ、残っている者はいなかった。
勝敗は決している。
「あ…アタシが…」
血の混じった咳を零しながら、女はとつとつと、言葉を吐き捨てる。
「九尾に生まれて…いれば…妖狐のチカラがあれば…」
「……」
上士二人は無言で女の言葉を聞いていた。
「シシグニにも…この国、にも…」
ごぼり
ひときわ大きな水音と共に、女の口から血溜まりが吐き出される。
女の体がゆらぎ、力尽きたかと誰もが思った瞬間、地を蹴った女の姿は小柄な狐に変化した。
片腕の狐は身を翻し、森の藪へと飛び込む。
「逃げた!」
「雲類鷲!追跡を」
「承知」
楠野の命を受けてオオワシが空を舞う。
「一色隊と技能師班はここに残って負傷者の手当を頼んだ」
「分かった」
「残りの動ける奴はついてこい」
言うが早いか、楠野は狐の後を追って駆け出した。その後を、准士二名と中士数名が続く。
「負傷者を天幕へ。野営地の火を入れ直せ」
楠野が去るや否や、一色が動いた。面々へ具体的な指示を投げかけていく。
「シユウ君、シユウ君!」
肩を揺さぶられて青は、我にかえる。
「は…はい、あれ…僕…」
眼の前に、蓮華の顔。青は血まみれの小毬の体を抱え、足元に倒れた檜前と、大狐が流した血を浴びて、呆然と座り込んでいた。
「動ける?怪我人を天幕へ運ばないと」
一切の動揺を感じさせない蓮華の声に、奮い立たせられる。
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