毒使い

キタノユ

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第ニ部 ―新米編―

ep.21 国捨て村(2)

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「キョウさん…?…っと」

 思わず口から出てしまった呼び名。
 青は片手で口を塞いだ。

「ご無事ですか、朱鷺一師」

 朱鷺の任務仲間―峡谷豺狼(きょうこくさいろう)が、刀を腰と背中の鞘にそれぞれ納めながら、村落の人道を下り、朱鷺や青とあさぎの元へ歩み寄る。

「おかげさまで」
 朱鷺の面がひょこりと頷いた。

「あ、この子たち、はね…」
「お気遣いなく。知った仲です、昔馴染みで」
「あら…奇遇…」
「本当に。久しぶり、大月君」

 微笑に細められる目許が、青に向く。

 どれだけ身長が伸びて声が低くなっても、目許の印象は昔の「キョウちゃん」だった。

「お久しぶりです、峡谷上士。今回も助けて頂いて…」

 キョウに対する慣れない呼び方や言葉遣いに、ぎこちなさが隠せない。

 昔馴染みとキョウは言うが、相手は上士だ。
 法軍において階級の差は絶対的なもの。

「今回は逆かもよ」
「え」

 朱鷺に「説明しても?」と承諾を得て、キョウの視線が再び青と、その背後のあさぎに向き直った。

「あそこに転がってる奴らは、国抜け斡旋組織の人間だ」
「国抜け…」

 国抜けの罪は重罪。

 一般国民も当然重たい罪に問われるが、法軍人によるものが特に厳罰化されており、それを幇助する罪もまた重たい。現役法軍人・元法軍人らが金に目がくらんで国抜けに手を貸すなど国の威信に関わる。

「いま俺達がいる場所は、炬之国(このくに)との国境近くにある、滴(したたり)の森だ」

 炬之国(このくに)は五神通祖国、つまり五大国の一つだ。

 火の賢人が建立した炬は「篝火」「松明」「灯火」を意味し、人が灯りの下に集い暖を得るとの温和な意味を持つ一方で、集まる火は巨大、強大化し凄まじい業火にもなり得るとの表裏一体の意味を持つ。紋章は一本の灯火を表した意匠となっている。

 キョウの説明によるとこうだ。

『国抜け組織の一派が、炬との国境一帯に広がる滴の森を根城としている』との情報を凪の諜報部隊が掴んだ。組織は人のみならず、手口を利用して物品―密輸・密貿易にも関与していると言う。

 その情報を元に任務依頼を請けたのが、毒術の龍・朱鷺と、峡谷豺狼上士の二名。

 二人で森に入り手分けをし組織の根城となる集落を探していたところに、朱鷺が青とあさぎの迷子を発見。

 その結果が、今だ。

「君たちのおかげで…一つ、早めに片付いた…ってこと…」

 朱鷺の手が、あさぎの頭を撫でる。
「ふふ」とあさぎは嬉しそうに肩を縮めた。

「まだ他にも?」
 青は率直な疑問を口にした。

 組織壊滅任務に割り当てられた人数が二名のみ。人員割当の失策ではないのだろうか。

「俺が偵察したところ、まだ三つ、ざっと見積もって五十人ほど。凪の人間ではない者も多かったようだ」
「それを、これからたった二人で?」
「そのための、毒術師…よ」

 ゆるりと、朱鷺が立ち上がった。

「私…一晩もあれば…村くらい…消せるの…」
「……」

 青の脳裏に浮かんだのは、雨を浴びて声もなく死んでいった男たちの姿。

 朱鷺面の目が、不気味に鈍く光った気がした。

「それって…」

 青は首の後ろに細かい震えを感じた。
 知らず拳が握られる。

 それは恐怖からではなく武者震い。
 藍鬼以来、間近で目の当たりにした高位の毒術師。

 その技術を、仕事ぶりを、見たい知りたいという強い好奇心が胸中で沸き立った。

「その前に…、君たちを都に…帰還させる事が、先、ね」

 すでに朱鷺が都へ式鳥を放っており、転送術師を伴った救助員が滴の森へ向かっているという。
「でも僕―」

 言いかけた青の口元に、朱鷺の細い人差し指が添えられた。

「君の…今の役目…果たさないと…ね?」

 今の、青の役目。

 医療士、そして初等科学校の保健士として、あさぎを無事に帰還させる事だ。

「あ…」

 諭されて、我に返る。

 今の青は、この場において巻き込まれただけの存在なのだ。それでも後ろ髪を引かれて視線が泳ぐ。

「大月君、今は気を張ってて自覚ないかもしれないけど」

 隣から、キョウの声。
 上背を屈めて、青の顔色を覗いている。

「腹と、脇腹と、背中かな。診てもらった方がいいよ」

 男に蹴りを入れられた箇所だ。
 言われてようやく、脈打つ痛みを自覚した。

「それに初めてだよね。人殺したの」
「え…」
「二、三日くらい、寝込むんじゃないかな」

 心身ともに疲弊しているはず、とキョウは柔い言葉で諭すが、暗に足手まといであると含んでいる事も理解できた。

「一晩休んだら…その子と一緒に…先に戻ってね」

 少し傾いだ朱鷺の面が、青を見つめ、

「…はい」

 震えそうになる語尾を飲み込み、青は頷く。

「……」

 あさぎはずっと、青の横顔を見つめていた。
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