毒使い

キタノユ

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第一部 ―幼少期編―

ep.14 捜索任務(1)

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 青が行方知らずになって三日目の朝。

「先生、青は見つかった?!」

 朝一番、出勤時間を見計らってトウジュとつゆりが教職員室へ駆け込む。

「いいえ…残念ながら」

 すでに出勤していた小松先生の青い顔が、生徒二人を出迎えた。

 青が病院を抜け出した雨の日から、小松先生、トウジュとつゆりの三人は時間を見つけては青の捜索をしていた。都の中で心当たりのある場所は全て潰した。蟲之区に問い合わせもしたが、ここ三日間で出入りした痕跡は無いという。

「都の外へ向かったという証言もあったそうですよ」
「外へ?!」
「そんなん俺らじゃ探せないよ…」

 青がいなくなってしまったのは、自分たちのせいではないか。そう考えて顔色を悪くする生徒二人の肩を、小松先生は「大丈夫ですよ」と優しく抱いた。

「法軍に出していた捜索任務要請が通りました。今日にでも捜索人が動き出してくれるはずです」
「捜索ニンム??」

 安堵する気持ちと同時に、トウジュとつゆりの面持ちに悔しさが滲む。

「あたしたちがもっと強かったら…」
「俺らで探しに行けたのに」
「…榊君、如月さん…」

 泣き出す二人の生徒の背中を、小松先生はしばらく優しく撫で続けた。



 その頃。

 霽月院から捜索任務の要請を受理した法軍は、任務にあたる担当者を任務管理局へ呼び出した。

 法軍の軍人が任務を請ける際の手続きは様々あるが、任務管理局への呼び出しが最も一般的だ。任務管理局はその名の通り、日々山積みとなる任務要請を管理・整理し、適切な人材へ割り振る機関。担当者へ出局要請を出し、任務内容を説明し、送り出す。

「参じました」

 任務説明の受付はいくつかの個室に分かれている。長く幅のある廊下の両側に引き戸が五つずつ並び、そのうちの一つに、まだ幼さを残す若い声が入っていった。

「早朝からご苦労様です」

 室内は四畳半ほどで、真ん中に鎮座する執務机が部屋を分断している。奥側に女性の文官が一人、席に着いている。その背後の壁は格子の硝子壁で、入室者視点からは中庭の景色が見渡せる。

「こちらが、今回の任務内容です」

 薄水色の縞が刺繍された文官の袖が、机上に一枚の紙を置く。黒い手甲を装着した細い腕が伸び、書類を拾い上げた。

「子どもの捜索ですか」

 若い声が、任務依頼書の表題を読み上げる。

「はい。年が近い方が要救助者の子も安心するだろうということで、貴殿にお願いする事になりました」

 なるほど、と若い声は依頼書に目を通しながら、淡々と応える。

「南の陣守の村への転送陣を使った痕跡がある、と」
「それについて一点、注意事項があります」

 文官は文机に拡げられた地図を指し示す。

「一月(ひとつき)ほど前から、この森一帯で妖気の濃度が高くなっているとの観測結果が出ています」
「妖気が」
「妖獣の出現は報告されていませんが、その点も踏まえて、お気をつけ下さい」
「わかりまし…あれ?」

 依頼書の内容に目を通していた若い声の主は、ある項目で首を傾げる。捜索任務の救助対象者名の欄には、フリガナつきでこう記されていた。

「大月青(セイ)…?」
「お知り合いでしたか」
「会ったことがあります」

 そうでしたか、と文官は手元の筆記用具を動かしながら頷く。

「なら、その子も安心できますね。私からの申し送りは以上です。何かご質問はありますか?」

 若い声の持ち主が首を横に振り、依頼書を折って懐にしまう様子を待ってから、文官の女は手を止めて顔を上げた。

「ではお気をつけて。峡谷(きょうこく)下士」

「峡谷」と呼ばれた声の主―蟲之区で青が出逢った「キョウ」は、一礼の後に踵を返した。



 青は小屋の中にいた。

 格子窓から差す朝の木漏れ日が当たる居間の真ん中で、大の字を描いて仰向けになっている。

 もうどれほどここで、こうしているのか。時間の経過の概念は消えていた。

 空腹も、喉の乾きも感じない。

 考えた。

 ただただ、青は考え続けていた。

 藍鬼と出会って、これまでの事を。残した手紙と、形見の意味を。

「師匠は、僕に毒術師になってほしくなかったのかな…」

 お前は麒麟に、良き毒術師になれる、と藍鬼は言った。

 しかし今になって思い出せば、いつからか藍鬼は毒術を多く語らなくなっていた。

 式や罠を習わせたり、むしろ毒術から遠ざけているようにも思える。

 ハクロを頼れ、との遺言はその最たるものだ。

 一方で、毒術が茨の道である事も確かだ。

 麒麟は不在、しかも国を抜けて指名手配。
 技能師たちの間では汚点となってしまっているであろう。

「僕、どうしたらいいのかな…」

 藍鬼を思い二晩泣き明かし、もう涙を流す体力も気力もついでに水分も残っていない。

 少しずつ気持ちが凪いでくると、思考は自分へ向かう。

 物心ついた時には母親と旅をしていた。

 それが日常であり、自分や母が何者で、どこから来たのかという疑問すら持たず。

 母が死んだ実感も沸かないまま物事は進み、母のために涙を流した記憶が無いままだ。

 気が付けば青の世界は藍鬼が全てで、藍鬼の弟子であることが青を確立していた。

 勉強や資格は分かりやすい目標だった。

 一つ学べば次に学ぶ事が明確で、一つずつ潰していけば前に進む。

 何のために学んでいたのか。藍鬼の存在があったからに他ならなかったのだ。

 藍鬼という糸を失った自分は、これから何を望んで立ち上がればいいのだろうか。

 同じような思案を、かれこれ五巡はしている気がする。

「……?」

 窓の外で、鳥が一斉に飛び立つ音がした。

 青は首を起こし、上半身を持ち上げ、ぎこちない動きで立ち上がる。

 病院着が畳にはりついて、糊をはがすような音がした。濡れたまま自然乾燥したため、生乾きの臭いがひどい。髪も洗っていない犬のように毛束が絡まっている。

「くっさ」

 体を動かしてみると、思考が少しずつ鮮明になってきた。

 病院着を脱いで丸めて土間に放り、奥の部屋へ移動する。葛籠の一つを開けて着替えを取り出した。森で稽古をつけてもらう際に汚すからと、着替えを預けていたのだ。

 衣服を小脇に抱えて小屋の外へ出た。
 秋雨が去った後は、空気が清廉としている。

 小屋の近くを流れる細流で頭から全身を流し、手拭いでおざなりに拭いて衣服を着る。少し埃っぽい匂いが残っているが、生乾きよりは断然マシだった。

「……」

 身が綺麗になると、また一段階、思考が働きを取り戻す。
 立ち上がり、青は辺りを見渡した。
 鳥の声が、消えている。
 枝葉を揺らしていた風も止まっていた。

「…静かすぎる」

 この感覚は、いつしかと似ている。

 青は小屋へ駆け戻ると、居間の棚に手を伸ばした。
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