毒使い

キタノユ

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第一部 ―幼少期編―

ep.10 修行(1)

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 青が凪に来て迎える、三度目の春。

 麗らかな陽の光を受けて、森は新緑や若葉の柔らかい緑に包まれる。

 一斉に咲きだした花々をハチが忙しなく行き交い、キビタキやシジュウカラの囀りが飛び交っている。

 春の音色を浴びながら、藍鬼は森の小道を歩いていた。

 ふと、仮面を装着した顔が、斜め上に向く。

 手の中で弄んでいた木の実の一つを、軽く手首をしならせて空中に投げつけた。

 木の実がナラの木の枝に当たると弦が弾けたような音、直後に目の前で網が引き上がった。驚いた鳥たちが周辺から一斉に飛び立つ音が続く。

「えーー!なんで分かったの!?」

 その向こうから青が姿を現して、がっくりと腰を折る。

「小枝が不自然にしなっていた。それを隠そうとして枝葉を被せていたな。逆に目立つ」
「くっそーー!」

 くやしがる少年の声が森に木霊した。
 もう数え切れないほどの連敗を重ねている。

 これは技能職位の罠工一級の試験に向けた練習。

 座学で何とかなる三級、二級と異なり、一級には実技の二次試験があるためだ。課題となる罠を設置し、その出来栄えで合否が決まる。

 実のところ現時点での罠の完成度ではとうに一級の合格基準を越えているが、そこで満足する事は許されない。まだその先が続くのだから。

「今のはどうしたらいいのかな…」

 罠の発動装置をしかけてあったナラの木を見上げ、呟く青。

「あの場合は、」

 吊り下がった網を迂回して、藍鬼が青の元へ歩み寄ろうと踏み出すと、

「っ!」

 突如、足元から水が噴出して仮面と前髪を濡らした。反射的に顔を逸らす。

「な…」

 何が起きたのか瞬時には理解ができず、藍鬼は水の噴出元を探ろうと前を向く。

「やったーー!!かかったーー!」

 飛び上がって喜ぶ青がそこにいた。

「まさか」

 思いついて藍鬼は片膝をつき地面に左手を添えた。

「そこもか」

 右手で苦無を握り、更に一歩先の地面に投げつける。
 刃先が土に突き刺さると、そこからも水が噴出した。

 他にも三箇所、苦無を投げると同様にすべての箇所から水が噴出したのだ。

「澪と蠢動と主根の応用か」

 藍鬼が青に伝授した水術・澪は、意識を潜り込ませて水脈を探る。

 地術・蠢動は地をうねらせ水を引き寄せ、更に主根は澪の地術版で根を通じて地中の情報を読み取る。

「当たり!水を根っこに瘤みたいに溜めて、上から踏むと破裂して水が出るようにしたんだ。目潰しの水とか、すっごい辛い水とかにしたら敵をひるませられるよね」
「……」

 藍鬼は沈潜したように黙り込む。立ち上がりながら、前髪から垂れる水を指先で払った。

 もしこれが水ではなく、目潰しや激辛の液体でもなく、自分のような高位の毒術師が作った毒薬であったなら。

「俺は死んでいた…」
「?」

 聞こえなかったようで首を傾げる青を他所に、藍鬼は周囲を見渡した。自分を取り囲む水罠の跡。まるで地雷原の只中だ。

「青」
「うん?」

 無邪気な顔で待つ弟子へ、師は歩み寄る。最大限の注意を払いながら。

「今の水罠は、甲の試験までとっておけ」

 甲は一級から更に、丁、丙、乙の試験を経て、最後の上位資格だ。合格するには、自作罠の考案を課せられる。青の発想力はその域にあった。

「俺の負け。合格だ」
「!」

 途端、青は破顔して藍鬼の腹に抱きついた。

「ししょ、」

 が、空振りする。

 青の腕の中から藍鬼の体が消失し、抱きついた勢いのまま青は前方に転がった。

 その先には、なぜか落とし穴。

「わわわ!!」

 情けない声を残して青の小さい体が穴底へと消えていく。

「いてて…ちょ、何…」

 藁と草まみれになって見上げると、穴の上から黒い仮面が覗いた。

「俺がただで負けるとは思うまいな」
「くっそーー!!」

 穴の底で暴れる弟子の様子を、師は楽しそうに観察するのであった。
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