毒使い

キタノユ

文字の大きさ
上 下
23 / 145
第一部 ―幼少期編―

ep.9 課題(1)

しおりを挟む
 引率係たちによる大蜘蛛の死骸検分が行われた後、子どもたちは再び畑の中に招き入れられた。

「これは妖虫の八ツ目蜘蛛です」

 大蜘蛛の前に小松先生がたち、いつもの授業が始まる。

「このように、虫や獣を駆除すると、その土地のヌシとして妖虫や妖獣が現れる場合があります」

 ヌシ。
 青にも聞き覚えがある単語だった。

 藍鬼と採集に出かけた時に遭遇した三ツ首の大蛇も、ヌシだった。

「なぜヌシが現れるのか詳しくは分かっていませんが、妖獣たちはその土地の生き物の「気」を糧にしているからだという説が有力です」
「ご飯を取るなーって怒ってるってこと?」

 そんな生徒の疑問に、小さな笑いが起きる。強張っていた子どもたちの表情に柔らかさが戻りつつあった。

 そんな中、青やトウジュから少し離れたところで、つゆりだけ下を向いている。

「そういうことですよ。お腹を空かせた獣はとても凶暴になりますしね」

 和らいでいた小松先生の面持ちが、改まる。

「これが「任務」です。「畑のお手伝い」や遊びではないって、わかりましたか?」

 浮つきかけた子どもたちが、静まった。

「ヌシが現れるかもしれない。潜んでいる敵が現れるかもしれない。味方が狙われているかも。村の人が狙われているかも。いつも「何かが起きるかも」と考えて、注意し続けなければいけません」

 小松先生の言葉は、目の前の大蜘蛛の死骸との相乗効果もあいまって、子どもたちには強い教訓として響いているようだった。

 青にとっても同様だ。害虫探しに夢中になって、ヌシが現れる可能性など頭から消えていた。気がついたのは偶然だった。

 一瞬でも遅ければ、つゆりの命は無かったかもしれない。

「…なあ」

 小松先生の話に釘付けになっている子どもたち。その様子を外周から眺めていた引率係の軍人の男が、隣の同僚に耳打ちした。

「お前、あのヌシが潜んでいたことに気付いてたか?」
「いや、私は何も」
「あの子はどうやって気付いたんだろうな」
「私も同じことを考えてた。あの子が女の子に体当たりしなかったら…」
「モズの速贄(はやにえ)状態だったろうよ」

 法軍の腕章を身に着けた二人の視線は、青の浅葱色の背中に向いていた。



 その日の校外授業は、村人たちといっしょに蜘蛛から素材を採って終了となった。

 畑の一部が台無しになった分、妖虫から獲得できた素材が村の資金源になるのだ。

 八つ目を覆う膜、硬い毛、牙、体液。意外な部位が、意外な製品の素材として使われていると知って驚く子どもも続出する。

 女子生徒はあまり良い顔をしなかったが、主に男子生徒たちは楽しんだ子どもが多かったようだ。


 村人たちに見送られ、子どもたちは帰りの土手道を歩く。ジージーとヤマガラの声が頭上を飛び交っていた。

「つゆりちゃん、具合悪い?」

 大蜘蛛討伐から以降、つゆりは無言を保っている。
 気がついて青は隣に並んだ。
 ふるふると、つゆりの首が横に振られる。

「どーしたんだよ、蜘蛛ニガテだったのか?」

 いつもの調子でトウジュが軽口を向けるが、つゆりはふいと顔を背けた。そのまま前を歩く小松先生の方へ走って行ってしまう。

「何だよアイツ」
「疲れちゃったんだよ。びっくりする事が起きたしさ」

 口をとがらすトウジュの横顔に、青は小さく苦笑した。

「アイツらしくねーなー」

 トウジュは納得していない様子だが、青にはつゆりの気持ちが分かる気がした。

 きっとつゆりは、トウジュに嫉妬している。

 突然現れたヌシに怯むことなく立ちふさがり、術を正確に発動させて足止めさせる事に成功した。その後も何もなかったように、むしろ妖虫との遭遇を冒険譚のように楽しんでいる。

 入学したばかりの頃は、先生の雷の術に驚き怯み、初めての術の授業では炎を暴発させて腰を抜かしていたのに。

 それだけこの一年強で、学年におけるトウジュの成長ぶりは目立っていた。



 青の推測は当たっていた。

 翌日に教室へ来てみると、つゆりの第一声は「昨日はごめんね」だった。

「な、なにが?」

 トウジュはまだ来ておらず、窓際の席に座る青を見つけてつゆりが駆け寄ってきたのだ。

「助けてくれたのに、ありがとうって言ってなかった」
「しかたないよ。びっくりしたもんね」

 つゆりは首を振る。

「私、動けなくなっちゃって。頭も真っ白になっちゃって」

 あの時、得意な風術の鎌鼬でも使っていれば、蜘蛛の目を潰せたのに。

「授業や練習でいくらうまくできても、ぜんぜん意味ない」

 後から考えれば考えるほど「たら」「れば」ばかりが増えていく。

「青君もトウジュも、ちゃんと動けてたのにって、悔しくて」
「つゆりちゃん…」

 今のつゆりは、トウジュに対する青の気持ちを代弁している。

 二人で向き合って俯いたところへ、

「よーっす」

 能天気な声がかかった。
 鞄が雑に机へ放り投げられた音と共に。

「任務の授業楽しかったな!また外行きたいよなー」

 トウジュだけが、いつもと同じ。思い詰めたようだったつゆりの面持ちが「もー」と苦笑に緩んだ。

「その前に試験があるでしょ。っていうか宿題やった?」

 その様子を青もいつもと同じように、苦笑しながら見守るのだった。



 奇しくもその日の小松先生の授業では「心技体」について語られた。

 まさに、つゆりが抱えている悩みに応える形となる内容だ。

 どれか一つが欠けても、逆に突出していても、戦いにおいてもたらす結果は最良ではないという。心技体が均衡に作用し合う事が肝心なのだと。

 今のつゆりと青は気持ちばかりが先走りして、術の技術や身体が追いついていない。

「師匠も、ひたすら練習、訓練って言ってたしな…」

 今日も作業小屋へ向けて森を歩く道すがら、青は授業を頭の中で反芻していた。

 大蜘蛛と対峙した時、つゆりに体当たりしていっしょに転がって立ち上がることができなかった。あの時は大人たちが助けてくれたが、任務に先生や引率係など存在しないのだ。

「あれ」

 木々の合間に、小屋が青の拳ほどの大きさに見え始めた。

 そこにあるいつもと異なる光景に、青は足を止める。反射的に木の陰に身を隠した。

 小屋の前には三人の人影。一人は藍鬼。
 もう一人は特徴的な鳥の仮面の横顔のハクロ。
 そして二人と比較して明らかに細身である三人目。
 女のようだ。

 会話の内容は聞き取れないが、身振り手振りもなく顔を見合わせて話し込んでいる様子で、邪魔をしてはいけない事だけは感じ取れた。

「ところで」

 背を向けていた女が振り向いた。

「ボクはどこの子?」

 青が瞬きした瞬間、白い衣が目の前にあった。

「ひゃっ!」

 ひっくり返った声を上げて青は尻もちをつく。
 見上げると、白く長い袖の衣をまとった人影がそこにいる。

 法軍の胸当てを装着し、腕章ではなく袖の二の腕に凪の紋章が藍色で刺繍されている。そして最も特徴的なのが、口元以外は隠れた頭巾を身に着けていること。

「迷子?そんなに驚かないでも大丈夫よ」

 声や体の線の細さで女性である事はすぐに分かる。

「青。出てきていいぞ」

 小屋の方から藍鬼の声がかかる。

「う、うん」

 慌てて立ち上がって青は藍鬼の元へ駆け出す。
 白頭巾の女は不思議そうにその後についた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

セイントガールズ・オルタナティブ

早見羽流
ファンタジー
西暦2222年。魔王の操る魔物の侵略を受ける日本には、魔物に対抗する魔導士を育成する『魔導高専』という学校がいくつも存在していた。 魔力に恵まれない家系ながら、突然変異的に優れた魔力を持つ一匹狼の少女、井川佐紀(いかわさき)はその中で唯一の女子校『征華女子魔導高専』に入学する。姉妹(スール)制を導入し、姉妹の関係を重んじる征華女子で、佐紀に目をつけたのは3年生のアンナ=カトリーン・フェルトマイアー、異世界出身で勇者の血を引くという変わった先輩だった。 征華の寮で仲間たちや先輩達と過ごすうちに、佐紀の心に少しづつ変化が現れる。でもそれはアンナも同じで……? 終末感漂う世界で、少女たちが戦いながら成長していく物語。 素敵な表紙イラストは、つむりまい様(Twitter→@my_my_tsumuri)より

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~

クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・ それに 町ごとってあり? みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。 夢の中 白猫?の人物も出てきます。 。

毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜 

天海二色
SF
 西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。  珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。  その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。  彼らは一人につき一つの毒素を持つ。  医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。  彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。  これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。  ……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。 ※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります ※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます ※この小説は国家資格である『毒物劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。 参考文献 松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集 船山信次  史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり 齋藤勝裕  毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 鈴木勉   毒と薬 (大人のための図鑑) 特別展「毒」 公式図録 くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科 その他広辞苑、Wikipediaなど

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...