上 下
329 / 330
五章

三百十五話 転換

しおりを挟む
「目的を変更? 何でまた突然」

 馬車も手に入れ、準備も万端。人も全員揃っていざ出発……と思った矢先にコレだ。
 色々あって、昨日ようやく馬車を手に入れたってのに、昨日の今日で突然何を言い出すのか。
 何のために高い金払って馬車を買ったと思ってんだ。

「なぁ、ランド。俺たちの目的が漫遊じゃなくて帰還だってことは知ってるはずだよな? それを、馬車を買った直後にどういうつもりだ?」

 後に引けない状況にして別に条件を盛ってくるつもりか?
 交渉の方法としてはありかもしれんが、話を持ちかけた当初なら兎も角、今はもう一人の出資者がいる状況だ。そんな無理押しはもう通らんぞ。

「まずは事情を説明なさいな。突然そんなことを言われても、何故そんな結論に至ったのか知らない私達には答えようがないでしょう?」
「そ、そうだな。というか言い方が悪かった。変更するのは目的地だ。馬車が無駄になるという訳じゃない。というか、距離的に考えれば買っておいて良かったと言えるくらいだ」
「何だそりゃ、どういう事だよ」
「含みをもたせる前に、まず最初に理由を言いなさいな。これ以上手間を取らせるようなら、すり潰しますわよ?」
「す、スマン! 素直に喋ると情報を抜かれて捨てられるような業界でな。どうも癖になっちまってるみたいでつい遠回しに喋っちまうんだよ。ちゃんと説明するからちょっとまってくれ」

 まぁ、コレだけ治安の悪い世界だ。そのうえ傭兵だなんて荒くれ者の中で生きてりゃ、そういう癖がつくのも分からんでもないが、それで味方混乱させてちゃ世話ないだろうに。
 というかイブリスもしれっと『すり潰す』とか言ってたな。おっかねぇ……

「ちょいと、最新の情報が手に入ってよ。法国側と帝国との戦争が本格化したらしい。目的地方面だった法国南方の海上は帝国に封鎖されていて、とても海を渡れる状況じゃないらしい。その情報が今朝になって届いた。という事は、今頃はもう完全に封鎖網が敷かれちまってるだろうよ。こうなると戦争が終わるまで、法国方面からの渡航は諦めるしか無ぇ」
「マジかよ」

 時事的な理由だったか。それならそうと最初にそう言や良いだろうに……紛らわしい。
 それはさておき、馬車を使っても十日以上はかかるような距離の街での情報だ。最速で届いても十日前の事だろうから、確かにランドの言う通り今頃は海上封鎖は完成しちまってるんだろうなぁ。
 何だってこんなタイミングで戦争なんて初めてくれやがったのか。本当にあの国は厄介事しか生み出さねぇなクソが。
 こっそり夜のうちに隠れて渡航……ってのは現実的じゃねぇか。
 簡単に海上封鎖というが、法国南方の海上と言えばとんでもない広さになる。国家としてのスケールが帝国のほうが大きいとは言っても、国土が倍以上の差があるというわけでもなし。有りの一匹も通さない……といった鉄壁さではないだろう。海上封鎖と言っても、レーダーだのの機械類無しでの海上封鎖なんて……と思いたいところだが、この世界には魔法なんていうトンデモ技術が実在するから油断はできない。
 それにどれだけ広大な範囲とは言え、水平線まで遮蔽物のない海上だ。こっそり隠れて……というのは流石にリスクが高すぎるか。

「それで、目的地を変えると言ってもどうするんだ?
「真逆を目指す」
「逆……というと帝国ですの?」
「あぁ、成る程。リンカーブを目指すわけだね」
「通じ合ってるところ悪いんだが、俺とイブリスはこのあたりの地理にあまり詳しくないんだ。分かるように説明してくれ」

 というかイブリスがかなりイラッとしてるから、下手すると本気ですり潰されるぞ。

「正確には帝国の国を挟んだ向こう側にある国だ。帝国の同盟国で海に面してる国なんだが、商業都市国家群と帝国に挟まれた立地から法国との戦争に巻き込まれる事はないだろう。現状では海上封鎖しているのは帝国側だ。その同盟国からならある程度は海路も開かれてるだろう。少なくとも法国側よりは確実に」
「それはまぁ、たしかにそうかもしれんが、帝国側の海上も法国が閉鎖してる……なんて事にはならんのか?」
「そりゃ心配ないだろうよ。敵国の海上閉鎖なんて真似ができている時点で、帝国側が海上は抑えてると見て問題ない。敵国の海上を閉鎖するためだけに自国の守りを丸裸にする筈ないからな」
「なるほど、そりゃ道理だ」

 つまり、戦争が始まる前から制海権は既に帝国側が握ってるというわけだ。

「今はまだ海上でバチバチしているが、陸戦での戦端は開かれていない。帝国と法国の間にあるこの街周辺でどちらの軍も見掛けなかったことからもそこは間違いないだろう。なら、戦端が開かれて陸路を潰される前に、この二国の中間点なんていう危険地帯から脱出するってぇ意味も込めてすぐに動くべきだと思うんだが、どうだ? それとも、予定通り進んで戦争が終わるまで大人しく待つか?」
「そう言われると、なぁ」

 場合によっては法国側が海上封鎖を蹴散らす可能性もなくはないが……どうなるかは運任せだ。現状既に押さえられてると言うなら、良い方に転がる可能性は……まぁ、低いだろうな。五分にすらならないのなら、とても掛ける気にはなれんな。

「今回の戦争、どれくらい掛かると思う?」
「互いの本気度がわからんから、何とも言えねぇが……憶測だけでいいなら、互いに馬鹿みたいに広い国土を持つ国同士だ。小競り合いなら数日で引き上げるかもしれねぇが、全面戦争となると最速で半年……だがまぁそんな都合よく終わることはねぇだろうから、まぁ年単位は覚悟したほうが良いと思うぞ」
「年単位……流石にそれをのんびり待つってのは無しだな……」

 何年も待つくらいなら、可能性がそれほど高くなくても、別の方法を探したほうが良いだろう。
 万が一失敗したとしても、その間に戦争が終わってくれればまぁ、渡航自体はできるようになる。なら試して損ってことはないだろう。

「もう一つ、法国南部をさらに東に抜けて、赤砂の砂漠を踏破して法国の勢力外からの渡航という手もなくはない。お前さんがアルヴァストを目指すというのなら距離を潰すことにもなる……が」
「砂漠超えは流石にリスクが高すぎるか」
「そうですわね。砂漠は準備無しに人が超えられるような優しい環境ではありませんわ。それに馬や普通の馬車では砂に足を取られてすぐに使えなくなるでしょう」
「なら却下だな」

 それしか手がないならまだしも、対案が存在するのにそんなリスクの高い選択をする気にはなれない。
 つまり、帝国側に行くしか選択肢はないってわけか。

「帝国側は帝国側でごたついてそうな気はしないでもないがな……」
「ダメだと判っている方へ進むよりは、まだマシだろ?」

 どっちにしろギャンブルみたいなもんだけどな……
 まぁ賭けるだけの可能性があるだけマシって事か。

「判った。そういう事ならそれで行こう」
「となると、まず目指すべきは西の帝都か北のカラクルムのどちらかという事になるかな」
「カラクルムか」
 
 行ったことはないが、商業の都市らしいな。国じゃないが同じくらいの力があるとか何とか。意外とファンタジーとかの話だと聞く設定ではあるな、国家並みの財力と影響力をもった商業都市。
 大抵は腹黒な豪商とかがバックに碌でもないことしてるイメージだよな。すげぇ偏見だけど。
 
「興味はあるけど、北を目指すって事は帝国と法国の国境線付近を進むんだろう? いつ両軍衝突するかも分からん危険地帯を進むくらいなら、帝国領を進んだほうが巻き込まれる危険は少ないんじゃないか?」
「まぁ、そうだな。いざ巻き込まれた際に逃げ道が無くなる可能性があるが、そこは巻き込まれるまでの話か、或いは巻き込まれてからの話の違いしか無い」
「どちらが良いかという話なら、良し悪しって感じなのは確かだね」

 どっちもリスクは有るってわけか。だけど、同じようでいて俺等にとっては少し違う。

「良し悪しというなら、戦闘に巻き込まれた時点でもう最悪の事態だ。そうなる可能性が少ない帝国側を目指す方が良いんじゃないか?」

 俺らは商人や一般人と違って、戦いに巻き込まれてもそれでおしまいって訳じゃない。
 だが、戦場で暴れたりしようものなならどれだけ兵士に目をつけられるか分かったもんじゃない。法国側ならまだしも、帝国側に目をつけられようものなら今後の旅にとんでもない支障をきたす事になる。

「そうだな。今の俺達にとってはそれが最善の道だろう」
「今取りうる道、という点ではその選択ってことになるだろうね」
「……イブリスからの否定も入らないみたいだし、それで行こう。そうと決まればさっさと出発だ。元々方向は逆だがその予定だったしな」

 準備自体は全部済んでるんだ。ここで足を止める理由はない。
 目的地はとりあえず帝国という事になったが、まぁ問題ないだろう。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職

鎌霧
ファンタジー
『To The World Road』 倍率300倍の新作フルダイブ系VRMMOの初回抽選に当たり、意気揚々と休暇を取りβテストの情報を駆使して快適に過ごそうと思っていた。 ……のだが、蓋をひらけば選択した職業は調整入りまくりで超難易度不遇職として立派に転生していた。 しかしそこでキャラ作り直すのは負けた気がするし、不遇だからこそ使うのがゲーマーと言うもの。 意地とプライドと一つまみの反骨精神で私はこのゲームを楽しんでいく。 小説家になろう、カクヨムにも掲載

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...