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五章

三百十四話 馬車を買おうⅢ

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「その情熱は認めるが……」
「僕が同行することに対して何か気がかりなことでもあるのかい?」

 気がかり……というか。

「どうにも、俺は運が良いほうじゃなくてさ。自分にとって都合の良い展開っていうのにどうしても身構えちまうんだよ」
「お前さん、どんだけツイてなけれりゃそんな考えになるんだ……?」
「考えなしにうまい話飛びつくのもどうかと思うけど、そういう風に警戒する人も居るんだね……」

 男二人にドン引きされてしまった。
 いやでも、ホント自分に都合の良い展開ってのはこれまでの経験上、大抵何が落とし穴があったからな。

「良いのではないですか?」
「イブリス?」
「手頃な馬車がない所で、資金提供の申し出。理由も利己的で裏を疑う必要もない。しかも同道中の出資までとなれば断る理由はないでしょう。よしんばそれらの理由が嘘で、裏切りが目的だとしても我々で対処できるでしょう」
「……確かに、賞金でも掛けられて大人数をけしかけられたりでもしない限りは俺達だけでも対処はできそうではあるな」

 ランドも乗り気か。なら、多数決で決まりだな。
 まぁ俺としても警戒はしても今の所断る理由みたいなものも特にないしな。提案を受け入れたほうが間違いなく早く先に進める。
 罠だとしても力押しで……っていうのは中々に豪快な話だがな。

「私が申し出ている以上、何かしらの不利益を被った場合、私が自重せず解決に動きますわ」
「なら尚の事安心だな。アンタが本気で出張れば街一つだって相手にできそうだ」

 街一つとか流石にソレは盛りすぎというか、そんな状況勘弁してほしい。ただイブリスが強いのは確かだから、もしもの時は頼らせてもらうつもりだ。自分から助力を申し出てくることなんてなかなか無いしな。

「少々おっかない話が聞こえた気がしたけど、どうやら話は決まった……と思って良いのかな?」
「ああ、あの二人は何か問題が起こっても正面突破する気満々みたいだしな」
「中々に武闘派なんだね……って、傭兵なんだから当たり前か」

 確かに、武闘派じゃない傭兵ってのも変な話か。

「だが、馬車での旅が野盗共に目をつけられやすいってのは理解してるな? もちろん降りかかる火の粉は俺等が払うが、危険なのは変わりがない。何があっても自己責任だってことは解ってるな?」
「そこら辺は当然、覚悟の上さ」
「それなら良いさ。戦力にならない分、こちらの足手まといになるのだけは勘弁してほしいからな」
「もちろん、ただのお荷物になるつもりはないさ。実利的にも資金的にもね」
「ほう?」

 ということは何かしらのメリットを既に用意してこの場に来たと。

「同行する間、君等の武器のメンテナンスは当然俺が面倒見させてもらう。野盗の襲撃を前提にしてるなら、武器同士や鎧相手に打ち合うこともあるはずだ。武器の手入れは絶対に必要になるだろう?」
「それはたしかにな」
「それと、こっちも目的があって同行を頼むんだ。折半は同行者として当然として、さっきも言った通りそれとは別に旅の間の食費やなんかも俺が負担させてもらうよ。武器の研究をさせてもらうための協力費としてさ」
「そいつは助かるな。長旅の食費ってのは意外と馬鹿にならねぇ」

 ランドの言う通り、食費みたいにどうしても削れない負担ってのは結構馬鹿にならない。
 保存が効く食料ってのは限られてるし、それでも何十日も持つわけじゃない。パンはカビるし、干し肉だって腐るからな。そういうのを考えて次の買い出しが出来る場所までの必要量を見切って買ったりしないといけないしと、手間も金額も意外と掛かるのが食料問題だ。その負担を軽減してくれるというのは素直にありがたい。

「だが、そんなに負担して大丈夫なのか? 結構な金額になるはずだぞ? あんな町外れのボロ屋で研究してたお前に本当に出せるのか」
「君には言ったろう? 魔具研究ってのは金がかかるんだ。逆に言えば、滞りなく研究出来ている僕のような研究員ってのは、君等が思っている以上に金は持ってるのさ。足りなくなっても魔具を卸すことで資金調達できるしね。それにボロ屋とは言っても、あの家はかなり頑丈に作られていて工房付きなんだぞ? 華美さはないがそこらの貴族の邸宅並みに金がかかってるんだよ」
「そ、そうなのか。全然気づかなかった」

 ランドが気づかなかったのも仕方がない。俺だって全く同じ感想だったからな。しかしあのボロ屋、そんなお高い物件だったのか……

「この4人で1年旅するくらいの資金なら、大して負担にならないさ。大金庫を開ける必要もない」
「……金ってのはあるところにはあるもんなんだな。しがない傭兵でしか無い俺にとっては羨ましい限りだ」
「それでも不足するくらい、魔具の研究は金食い虫だって話さ。だが、独自の魔具を一つ完成させることに成功すれば、莫大な富が転がり込んでくるからその後の研究は一気に無くになる。そういう業界なのさ。そしてその最初の一つを作り出すためにも、キョウの武器の研究は何よりも優先したい。それが僕が身銭を切ってまで君等に同行したい理由というわけさ」
「小難しい話は俺にはわからんが、明確な理由があるのはわかりやすくていいな。金であれ名声であれ、目標がしっかりしている程成功に近いもんだ。それは傭兵も同じだからな」

 それは確かにそうだな。過程は兎も角、大目標がしっかりしていれば迷走はしにくいもんだ。ぶれない目標を持っているってのは確かに成功への一番の近道かもしれない。普段そこまで考えて行動はしないけどな。

「では、この馬車をお買い求めということでよろしいですかな?」

 置いてきぼりになっていた店員さんが、話に一区切りがついたと見たのか口を挟んできた。
 傭兵相手に物怖じせずに営業トークへと引き戻すあたり、この店員さんも中々なやり手だな。

「おっと、すまない、話が脇道にそれていた。アンタ、鍛冶屋の……あー……」
「セドリックだよ」
「セドリック、アンタ今手持ちで払える金は持ってるのか?」
「当然。その為に来たからね」

 そう言って取り出したのは……板?
 なんか書き込まれてるみたいだが……これは、もしかして証書とか小切手的なものか?
 何か店の名前のようなものと、印鑑とは違うが焼き印みたいなものが押されている。
 それを受け取った店員の人が一度奥に引っ込んで、戻ってきたと思ったら結構な金貨の詰まった袋を持ち出してきた。やっぱり、この世界には現金以外の金銭取引が既に存在してるのか。
 まぁ、これだけ治安が悪いと迂闊に退勤持ち歩くのはリスクが有りすぎるし、あってもおかしくはないのか。

「ならこの馬車と、できるだけ体力のある馬を2頭つけてくれ。この場で買い切る」
「有難うございます。即金であればすぐにこの馬車の所有証明書を発行させていただきます」
「所有証明書?」
「幌馬車や荷台と違い、こういったしっかりとした造りの馬車は通常貴族や大商人が使う物ですから、たまにですが検問なんかで平民が乗ってたりすると盗難品を疑われることもあるんです。そういった時に販売店と所有者を証明する証明書があると色々と手続きが楽になるんですよ」
「なるほどなぁ」

 確かに、高価な品物になると、盗品の転売とかも問題になるだろうし、盗賊が迂闊に取引できないようにある程度は対策が取られているという事か。
 俺は免許はとったものの車は買わなかったから解らないが、現代の自動車とかもこう言うのあるんかね? 自転車にはあったような気がするが……

「ではそれでよろしく頼む」

 お約束のように、なにかトラブルでも起きるんじゃないかと内申構えていたんだが、大した問題もなく移動手段の購入はあっさりと終えることが出来たようだ。
 それはそれで物足りなく感じてしまうのは、ゲーム脳を通り越してちょっと駄目なやつだろうと自分でも軽く引いた。
 ただのトラブルなら兎も角、王都の時のように死にかけるのは本気で簡便だと思ってるのに、反面でそんなトラブルを望むような思考が出てくるとか、我ながらどういう思考回路なんだか。
 時折ちょっと自分が解らなくなるな。いやマジで。

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