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五章

三百七話 サルマーレの街Ⅱ

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「しかし馬車ですか……」
「何か思うところでもあるのか?」

 いろいろな情報を仕入れてくれたイブリスの話を聞いた後で、乗合馬車を使おうなんて気は全く起きてこないんだけど。

「いえ、優柔不断なのは良くないですけど、以前相応しくないと言う考えに至ったからと言って、今後も完全に選択肢として断つ必要もないと思いますけど」
「というと?」
「馬と馬車のまるごと購入する費用や運用が割りに合わないだけで、足として有用なのは間違い無いのですから、購入以外の方法で探すという方法もあるのではないか……と」
「購入以外……レンタルとか?」
「少なくともこの国で馬車の貸し出しが成立するとは思えませんわ。白昼堂々と襲撃が横行する土地柄ですわよ?」
「そう言われると確かにな。何時襲われるかもわからない物を貸し出しても商売になんてなりゃしないか」

 そもそも治安が悪すぎて信用商売系は考えないほうが良さそうな気がする。

「馬車の護衛として便乗するという手もありますわね。まぁ相手がそれを求めればですけど」
「護衛ねぇ? そもそも乗合馬車自体が敬遠されるような状況じゃ、そもそも護衛するような馬車があるかどうかも怪しいな」
「この状況で他に馬車を出すとしたら、自前で護衛を雇える豪商や貴族辺りになりますから、あまり現実性はないかもしれませんわね。あとはキャラバンのような大規模な商隊を組んでる場合ですか。こちらもそれだけの規模を守る護衛は間違いなく居るでしょうから望み薄ではありますけど、あくまでそういう別方面での切り口もあるという話ですわ」
「なるほどなぁ」

 購入以外の選択肢は無理に捨てることはない……と言われても、現実的な便乗方法が思いつかねぇんだよな。
 そもそも行き先が同じである必要もあるし、こんな世紀末な治安状況で見ず知らずの他人を信じて雇えっていうのもなかなか無理があると思うんだよなぁ。
 ま、可能性はあくまで可能性ってところで。

「時間的にはまだ日が高いけど、どうする? すぐに出発して距離を稼ぐのも悪くはないと思うけど」
「それでも良いと思いますけど、移動方法がまるっと変わりますし、一度この街で一息入れて、明日日の出と同時に日中の距離を稼ぐのも悪くはないと思いますわよ」

 たしかにここまで馬車に頼り切ってたし、突然の徒歩旅に切り替えても身体がついてこないかもしれんか。馬車は馬車で結構揺れて、足への疲労蓄積が無い代わりに腰に結構ダメージ来てたからな。

「まぁ、さっきも言った通り、私は移動に関しては何の不自由もないので判断は全面的におまかせしますわ」
「……そうだな。無理して体壊しても良いこと無いし、出発は明日にしようか」
「判りましたわ。ではとりあえず宿探しですわね」
「一日だけだし、この際個室である事以外は特に望まなくても良いな」

 というか、個室であることは最低条件だ。本当の安宿は個室どころか壁すら無い場合があるからな。本気で軒先貸すだけって場合がある。だから、宿を取るときは最低限自衛できる場所かどうかを確認しなきゃならない。逆にそれ以外の質は無視しても良いと思ってる。
 相部屋だの雑魚寝だとかは寝てる最中追い剥ぎされかねんから、とてもじゃないがする気になれん。それなら多少割高でも個室を取る。

「なら、通り沿いの宿を当たってみましょうか。裏通りや場末の宿よりはまともな宿が多いでしょう。値が張りすぎるようなら私はあるじ様の中で過ごせば部屋代は一人分で住みますし」
「ま、それは最終手段だわな。その手の反則を使った場合のつじつま合わせは結構リスキーだからな。可能な限り少なくしていきたい」
「ボロを出さないという点では、それが一番確実かもしれませんけど、ライフラインに関わる状況では躊躇してはいけませんわよ?」
「そこは流石に弁えてるよ。俺だって楽ができるなら楽がしたいんだ。ごまかす必要の無いような状況ならイブリスの力に頼りまくることになるだろうさ」
「であれば、よろしいですわ」

 俺だって意味もなく縛りプレイがしたいわけじゃない。というか楽できるなら出来るだけ楽したいのが本音だ。ただ、人の目のある所では、どこで反則技を見られるか判ったものじゃない。特に今回みたいに宿代を抑えるために一人分の存在を誤魔化すとか、あまり褒められたことじゃないからな。トラブルの種になるような事は出来るだけ控えていきたい。
 精霊なんだから良いじゃないかと思わなくもないが、イブリスのような人と同じサイズの精霊ってのはかなりレアらしいからな。   
 魔法のあるこの世界じゃインチキなんてし放題だ。頭の固い相手には何を言っても信じてもらえない可能性もあるし、警邏でも呼ばれようものなら釈明するのにどれくらい時間を奪われることやら。危機管理の面からも金に関わる問題で誤解を受けかねないような行動は抑えるべきだ。

「今のあるじ様と私なら、警邏の兵ごときなら力押しでどうとでもなると思いますわよ?」
「そりゃそうかもしれんが、だからといって好き好んで犯罪者になるつもりはねぇよ」

 チンピラじゃあるまいし、小さな壁は個人の力で突破できるかもしれんが、世間を敵に回せば生きにくくなるのは間違いないだろうからな。それに、俺より強い実力者や強力な兵士ってのを知っていると、力にかまけてって選択肢もおいそれと取ろうとは思えんのだけどな。
 ……まぁ、たしかにイブリスの力を借りれば、あの時は出鱈目に感じたアルヴァストの近衛兵達ともやり会えるんだろうけどな。
 でもそれ俺の実力ってわけじゃねぇし、驕れねぇわなぁ。

「流石にぱっと見ただけでも宿は揃ってるようだし、なにか大きなイベントがある様子でもなし、宿を取るのに対して苦労はしないだろ。さっさと部屋を取っちまおう」
「それなら、私が部屋を取っておきますわ。安くて個室であれば良いのでしょう?」
「うん? まぁ、そうだけど、二人で行けば良いんじゃね?」
「いえ、あるじ様にはその間頼みたいことが」
「頼み? 初見のこの街でか?」

 頼みと言われても、何処に何があるのかも判らんぞ。

「ええ、鍛冶屋で武器の手入れを。なかなか頑丈な作りのようですけど、見ている限りしっかりとしたメンテナンスを受けた気配がないので」
「え? ああ。言われてみれば確かに頑丈さに任せて、しっかりとしたメンテナンスはしてないな」

 時代劇とかで刀についた血を拭き取ったり、なんか粉ぽんぽんつけて手入れしてるのは見たことあるから、よく分からん粉はさて置くとして血を拭うのはしっかりやってきたし、こびりついた血油なんかは一応ハイナの村の奥さんにもらった包丁用の砥石で削ぎ落としたりはしている。
 でもそれは初戦は素人仕事だ、完璧な手入れとはとてもいい難い。

「どれだけ頑丈な武具でも、手入れを怠ればすぐに破綻しますわよ。修理しろとまでは言いませんが、研ぎと油差しくらいはしたほうが良いかと。という訳で私が宿をとってる間に、鍛冶屋か武器屋を探していただければと」
「なるほど、わかった。使い慣れた武器を失うのはちょっと嫌だからな」

 というか、今の俺にとってミアリギスだけが以前からの所持品だからな。今まで雑に使いすぎてきたし、これまでは考えが至らなかったが、気がついたときくらいキッチリメンテナンスはしてやらないと。
 となれば善は急げだな。実際メンテにどれくらい時間がかかるか俺にはわからないからな。

「それじゃ、宿の方は頼んだ。俺は早速鍛冶屋っぽい所探してくるわ」
「承りましたわ」

 早速店探しだ。
 漫画とかだと表通りには武器屋とかが並んで、鍛冶とかの店は裏通りや、そもそも通りから離れた別の職人街みたいなところにあるイメージだけど……
 この世界は、魔物とかもいるから武器の存在はかなり一般的のハズ。なら表通りにそういう武器の修理ができる店があってもおかしくないよな。
 とりあえずは、変に裏路地とかを探さずにどストレートに表通りを見て回った方が良さそうだ。

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