ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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五章

三百二話 街道は治安が悪いⅡ

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「失礼、俺はこの団に所属している精霊契約者の一人でダンと言う。見ての通り風の精霊と契約している」

 一人だけ……と言うことはもう一人は居残り組だろうか?

「あら、随分と懐いているようですわね」
「ああ、自分で言うのも何だが、関係は良好だと自負している。だが最近伸び悩んでいてな。連携はかなり良いし、戦場でも以心伝心で俺の考えを汲み取ってくれているんだが……」

 ダンに纏わり付くような漂っている小精霊を見れば、確かに関係は良好のようだ。あれだけ親密そうなら特に問題はなさそうに思うが……

「そうですわね、契約精霊との関係という意味であれば、世の精霊使いの中でもかなり良好な関係だと思いますわ。ここまで精霊に好かれる者はそうは居ませんわ。ただ……」
「ただ、なんだろうか?」
「力を合わせる方向性を間違っているように見受けますわ。今の貴方と精霊の関係は良好ですけど精霊契約者としてはかなり歪んでいますもの」
「俺とコイツの関係が歪んでいる……?」
「貴方はこの子を気遣うあまり、貴方が本来こうしてほしいという希望を解るように伝えていないのではなくて?」
「それは……何も言わなくても俺が危機に陥った時自然と助けてくれるから」
「小精霊は人の意志のような明確で強固な意思を持っていませんから、意思の疎通が難しいのは仕方のないことですわ。だから、精霊使いは契約した精霊に己の希望をわかりやすく、かつ明確に伝える必要がありますの。貴方はこの子との関係を重視しすぎて、この子に好きに振る舞わせている。そりゃ懐くわけですわ。この子にとって貴方は好きに振る舞っているだけで糧を与えてくれる苗床なのですから」

 結構きつく言うな。でも言ってることは間違ってないと思う。精霊とペットを比べるのもどうかと思うが、以前テレビで見たペットを買うということを軽く見すぎている人間への保健所の職員の説教はまさにこんな感じだった。

「そんな……」
「精霊と契約者との折り合いがつかない最大の原因は、互いの求める条件の乖離ですわ。今の貴方方の関係は貴方が一方的に与えるばかり。以心伝心と先ほどおっしゃいましたが、それは単に貴方という快適な苗床を失いたくないがために守っているに過ぎませんわ」
「もう10年来の付き合いだというのに、精霊の側からはそんな風に見られていたとは……」

 突きつけられた方はショックだろうな。親友のつもりがATM代わりだと思われてたと突きつけられたようなものだ。
 突然こんな事実を伝えられればトラウマもんだろう。

「先程行ったように、小精霊は強固な意思を持ちませんの。その精神性は言うなれば生まれたばかりの幼子のような存在ですわ。なので悪意を持ってそのように振る舞っているのではなく、貴方が手綱を握ろうとしなかったから今のような状況になってしまったんですわ」
「それは俺が悪かったという事か?」
「異種間の意思の疎通は難しくて当然。知り得る情報も少ないのですからそこまで自分を悪し様に考える必要はありませんわ。昨日までの貴方であれば。しかし今、貴方は今私から現実を聞かされた。今後は言い訳できませんわよ?」
「それは……その通りだ」
「まずは、貴方がこうあってほしいという姿を伝えなさいな。その上で精霊がへそを曲げるようなら妥協点を探しなさい。その妥協点の位置が、精霊契約者であるか、あるいは精霊に使われるだけの人間かの分かれ目となるでしょう」

 伝えるべき事は伝えたという事だろう。イブリスは一歩下がって目を閉じた。
 ダンの顔には苦悩が浮かんでいる。当然だ。10年来と言っていた付き合い方を否定されたんだ。しかも相手は精霊だ。自分の中にあった常識観が崩されて頭の中はぐちゃぐちゃだろう。

「最後に一つ。出来ればアンタ達の関係というのを差し支えない部分だけでいいから教えてもらえないか? それで俺等の関係を構築し直すヒントが有るのかもしれない」
「私は別に構いませんが、あるじ様は?」
「イブリスの判断に任せるよ。俺は何というか、お前の勢いに押されて流された所もあるからな」
「そうですわねぇ、では触りだけ……」

 そう言って居住まいを正したイブリスは簡単なイメージ図を中に浮かべた。
 こんな器用な真似も出来るのか。というか、半透明のイラストが中に浮かぶ姿は何か魔法というよりもSF感があるな。

「私とあるじ様の契りは、契約とは訳が違います。契約と説明したほうが楽なのでそうしていますが、実際はもっと深いものですわ」
「深い……というのは?」
「私とあるじ様の結んだ誓約によって精神は溶け合って一つとなっていますの。比喩でもなんでも無い一心同体です。今は個としての格が高い私が一方的にあるじ様の思考を覗くことが出来ますけど、そのうち互いが認めれば互いの思考を自由に把握することが出来るようになるでしょう」
「それは、そこの彼が何を考えているのかアンタには筒抜けだということか?」
「えぇ。今何を考えているかだけでなく、過去の記憶も全て」

 マジか? みたいな視線を飛ばされても困る。

「まぁ、実際俺が殆ど覚えてないような記憶まで引っ張り出してくるからなぁ」
「有用に使っているのですから文句はないでしょう?」
「まぁそうなんだけどさ」

 基本、イブリスは俺が嫌がるようなことはあまりしてこない。からかい半分でも、絶対に触られれたくない所はちゃんと弁えてくれるから付き合いやすい。

「常に頭の中を覗かれているような状況でアンタは耐えられるのか? 思考の自由もないんだろ?」
「うん? 思考は自由だろ。 何考えても筒抜けなだけで」
「それは実質自由ではないだろう? 異性に知られたくないことの一つや二つ……年頃の男ならそれこそ、なぁ?」
「エロい妄想の一つや二つで一々文句を言うほど私の心は狭くありませんわ。何なら妄想と現実の違いをアドバイスして差し上げてもよろしくてよ?」

 実際アドバイスされた事もあるからな……。胸のカップサイズについて漫画と現実の差を見せつけられて衝撃を受けたもんだ。
 というか、エロ許容された時点で、覗かれて困る記憶なんて特にねぇからなぁ。
 たまに、すれ違った人の胸とかに目が行った後、頭の中にイブリスの胸のイメージ浮かべてくるのはどうかと思うが。

「……だそうだぞ?」
「信じられん……」
「信じられんと言われても、実際そういう関係だからなぁ」
「いや、精霊契約とか関係なく、普通は頭の中を覗き見られると言われて拒否感を覚えないやつはいないと思うぞ」

 エルマー、お前もか……

「貴方のパートナーは小精霊。私と違って貴方の思考を覗き見てもそれが何か理解するだけの知性はありませんわ。せいぜい、ただその感情が心地よいかどうか程度でしょう。ですが、今の貴方はそれすら求められていない。ただ意思を伝えて、答えを受け取るという最低限しか求められていない。こんな簡単な事すら出来ないようであれば……」
「イブリス、話を聞くに、この人の対応が特別間違っていたわけではないんだろ? あまりキツイ物言いは……」
「いや、構わない。耳に痛い話だが確かに筋は通っているし、幾つか抱えていた疑問への答えにもなった。本来精霊とは言葉をかわすことなど出来ないというのに、まして大精霊直々のアドバイスという貴重な機会を与えてくれたこと。感謝する」
「……そうですわね。それでは最後に一つ。貴方にはあえて耳に痛いように伝えましたが、実際貴方は精霊とは相性が良いのは間違いないですわよ? 好かれる下地は持っているし、私の忠告に素直に耳を貸せる度量もある。正しく精霊と付き合うことができれば、貴方は一廉の精霊契約者となる資質は持ち合わせていますわ。何より見込みがなければ私がここまで忠告することはありませんから」
「……! そうか! 解った、アドバイスに従って関係を見直してみるよ。相談に乗ってくれてありがとう」

 そう言って頭を下げ去っていったダンには、相変わらず仲良さげに精霊が寄り添っているが、イブリスの話を聞いた後だと見え方がまた変わってくるな……
 今後付き合い方を変える事になるだろうあの二人は、これからもあんなふうに寄り添っていけるんだろうか? 出来れば同じ精霊をパートナーに持つ者同士、仲良くあってほしいと素直に思う。

「なぁ、大精霊さんよ。一つ俺からも確認良いか?」
「何か?」
「さっき、アンタ等は精神が溶け合って一心同体だと言っていた。それはまさか、どちらか一方が倒されるようなことがあれば、もう一人も一緒に倒れてしまうということなのか?」
「何故そんな疑問を?」
「単純に旅の途中での戦力として考えた場合のリスク管理だ」

 勘繰られても仕方ないような聞き方だけど、気になるというのはわかる。
 俺達に対する話でなかったとしても、戦場で強力な精霊使いと遭遇した時にこういった情報のあるなしって結構重要そうだろうからな。

「……まぁ、いいでしょう。精神的につながっているのですから、多少影響を受けるのは間違いないでしょうが、片方が死んだからと言ってもう一方も道連れというのは流石に妄想にしても極端過ぎますわ」

 え、違うのか? 俺もそうなると思いこんでたんだが?
 いや、あの、無言でそんな半眼向けられても……、誓約結んだ時にそんなようなことを……あれ? 言ってない?

「あのですね、一心同体、一蓮托生とは言っても混ざりあった二人の魂がそれぞれ別の身体に宿っているのですよ? それはつまり片方が倒れても、もう片方が残っていれば共通意識が残るということですわよ。当然両方死んでしまえばそれも失われてしまいますけど、そんなのは個の意識を持っていても同じことでしょう?」
「それはつまり、弱点になるどころか生存能力で言えば利点のほうが大きいと言うことか?」
「そういう事ですわ。精神を繋げた結果片方が死んだらもう片方まで道連れになるだなんて、そんなものは契約でも誓約でもなく、ただの呪いでしょう。何故大精霊との契約者が危険視されていると思いますの?」

 た、確かに……制約の割にデメリットしか無いから呪いと言われればたしかにその通りだ。

「精神とは人の意思、魂等と呼ばれるものに宿りますわ。そして、育った精神は意思が失われない限り弱体することはあっても遺失することはありません。それは何を意味するかわかりますか?」
「……お前たちの片方が死んでも、既に混ざりあった精神は半分になるわけではないという事か?」
「その通り。むしろ一人の体に二人分の精神が反発せずに宿るのですから、個の能力で言うならむしろ強化と言っても良いでしょうね。もちろん、そのような状況に陥るような事は私が許すはずもありませんが」

 二人組の片方がやられるともう片方がパワーアップって、それ何というかボスキャラ的立ち位置で良くあるやつだよな?
 普通プレイヤー側だと単に戦力低下するだけのパターンなやつだろう。

「今でも強いお前たちが更に強くなるとかとんでもない話だな。俺達ではまるで相手になりそうにないな」
「精霊と誓約を交わした存在と敵対するというのは、そういう事だと理解なさいな。大精霊を本気で怒らせるというのは自然災害を相手にするのと同義ですわよ」
「いつか戦場でお前達のような大精霊との契約者と出会ったら、逃げを打つ用に肝に銘じることにするよ」
「それをお勧めしますわ。大精霊に挑むのなら、小細工なしに正面から打ち倒せる戦力を揃えて挑むようにしなさいな。小賢しい策で嵌めるのは正々堂々戦うよりも遥かに難易度が高い。そういう存在ですわよ」
「アドバイス、感謝するよ」

 俺ならそんなのと出会ったら、変に目をつけられる前になりふり構わず逃げるがね。

『それが一番賢い選択ですわ。まぁさせてもらえないでしょうけど』

 いや、何でそう不安になるようなこと言ってくれるかね?
 そんなヤバそうなやつが居たら、相手に認識される前にガン逃げっすわ。こちとらイブリスのおかげで大精霊のヤバさが身にしみて解ってるからな。
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