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五章

三百一話 街道は治安が悪いⅠ

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「コイツ等馬鹿なんじゃないのか?」
「馬鹿だな」
「馬鹿ですわね」

 街を出た俺達は予定通り街道を進み、アルタヤとオシュラスの国境を目指して進んでいた。
 これだけの武装した大所帯だ。獣も寄り付かず、乗り物に乗っているので揺れは酷いが大して疲れない。いや、馬車の作りは立派だからこれでも揺れは少ない方か。エレク達の竜車が特別だったと思っておこう。
 何にせよ非常に快適な旅だったんだが、そこで襲撃者が現れた。
 そして、その末路が目の前に転がっている。

「こんなろくな装備もない野盗が、何で同数程度の数で傭兵を襲おうとするかね?」
「恐らく他国から流れてきた盗賊団だろう。この国の傭兵ならやれると高をくくっていたんだろうな」
「……舐められすぎじゃね? この国の傭兵」
「実際、弱兵だから仕方ないのさ」
「まぁ、そうやって舐めた結果がこれなのですから自業自得ですわね」

 俺達の前には7~8人の野盗の死体が転がっている。何か身元の解るものでも漁るのかと思ったが、今回は手配されていないだろうということで放置らしい。
 野盗や盗賊関連は組合から正式に指名手配されてない限り、たとえ生かして連れ帰っても報奨金なんかは出ないらしい。何でも、以前罪もない村人を殺して盗賊だと偽って組合から金を巻き上げようとした傭兵が居たからだとか。おっかない話だ。
 それにしても最近、死体を見ても大して何も感じなくなってきたな俺。アルヴァストで散々見てきたし、人相手ではないとは言えこの旅でそれなりに命を奪うという行動を繰り返してきたから、いい加減慣れちまったのか。或いは心情とは別に、無意識にAIだからと割り切ってるのかね。どっちにせよ殺しに慣れるってのは傭兵らしくは有るがろくでもないこったな……

「面倒だが少し先を急ぐか。さっさとこの場を離れたほうが良い」
「そりゃまたどうして? アレだけ手ひどくやられて、まだ俺達を付け狙うってのか?」
「可能性はある。彼奴等、俺達を舐めて掛かったにも関わらず、最初の2~3人がやられるまで余裕を崩さなかったのに数が半分を切った途端、逃げに走っただろ? ああいうのは大勢の仲間の中で戦ってきたやつの特徴なんだよ。やられた奴は運が悪かっただけだと、ビビらないように自分に言い聞かせて敵へ躍りかかる。戦場で新兵が叩き込まれる自己暗示。良くある手さ。まぁ自己暗示なんて使えない連中は薬なんかで誤魔化したりするがな」

 怖気づいたら戦場ではあっという間に飲み込まれる。だから新兵はそうやって洗脳されるわけだな。
 以前見た戦争映画でも、監督官が訓練兵たちを洗脳するように鍛えるシーンが有ったっけか。

「逃げ出したのは、味方が殺られ過ぎたことで運が悪かっただけだと自分を騙せなくなったからだな。そして逃げに走った奴は皆同じ方へ逃げようとした。バラバラに逃げたほうが逃走の確率は高いにも関わらずだ。と言うことはどこかに逃げ込めば安全だと思える本拠地、あるいは本隊が居ると言うことになる」
「……なるほどなぁ。ちなみに単純に戦況判断で引いたって線は?」
「それだけ的確に状況判断できる奴等なら、そもそもこの数で俺等に襲いかかったりはしない」
「ですよねー」

 今の遭遇戦での少ない情報でそこまで分析してたのか。
 流石、統率力だけで王になるとか口にするだけのことはあるらしい。

「まぁ、盗賊団だの傭兵団だのってのは、一部の例外を除いて練度の面で上と下にそこまで大きな開きは出来ないもんだ。たとえ増援が送られてきても、あの程度ならどうということはないが」
「それは何となく分かる。集団って大抵同じくらいの奴らが固まるもんな」

 学校でもそうだったし、ゲーム仲間でもそうだった。出来るやつは出来るやつと組み、出来ないやつは出来ないやつ同士で組む。
 たまに、スゲェ出来るやつの周りに他の出来るやつも出来ないやつもまとめて集まる事もあるが、一部例外というのはそういう所のことだろう。いわゆるカリスマ持ちが全部を引っ張る場合だ。

「驚異ではないが時間は取られるし、嫌がらせに走られると面倒だからな。ああいうのは関わらないに越したことはない」

 それもそうか。正面から挑んでボコボコにやられた奴らが、次も正面から挑んでくるとは流石に考え難い。そこまで馬鹿ならむしろ楽なんだが。
 となると、足止めやゲリラ戦の様な面倒な方法をとってくる可能性もあるわけだ。特に馬車狙いのような嫌がらせに終止されるとどれだけ時間を奪われるかわかったもんじゃない。

「まぁ、その心配はありませんけどね」
「何故だ?」
「逃げ出した臆病者は全て消しておきましたもの。あるじ様の訓練相手にもなりそうに無いですし、ただ時間を浪費させられるのは嫌ですので」

 いつの間に……と思ったが、コイツは波の精霊だ。足音だとか呼吸音から居場所を割り出したんだな。そしてそれが出来るということはそのままその波を使って……

「……おっかねぇな。だが、後続の心配がないというのは朗報だ。迎撃のために隊列を止めてしまったし時間的にも半端になっちまった。今日はここに野営地を作ろう。最悪、再度襲撃があってもこれだけ開けていれば迎撃も楽だろうからな」

 確かに、そろそろ空が夕焼けに染まりつつある。無理に距離を稼ぐよりもタイミング的にもここでの野営が妥当か。
 やっぱり旅で優先すべきなのは距離を稼ぐよりも安定して旅を続ける事なんだな。俺の認識にズレがなくてよかった。

 それにしても、だ。
 正面から戦っても強いのに、敗走兵を追跡して、更には暗殺まがいな使い方まで出来る汎用性。やっぱりとんでもないな、波の力。地水火風とかのメジャーな精霊なんかよりも遥かに強力だよな、絶対。

『本来、精霊というのは特性が根源に近いほうが強力なんですのよ』

 まぁ、そういう設定はよく聞くよな。実のところ根源と言われてもピンとこないんだけどな。

『では、現在火を司る精霊の最上位に何が居ると思います?』

 火だから、もっと強そうな炎とか、或いは熱とかか? それとももっとぶっ飛んで核の精霊とか

『あら、惜しいですわね。正解は元素の精霊です。彼は様々な元素を組み合わせて新しいものを作れると同時に、組み合わせた反応によって生じた熱量を操ることが出来るんです。その熱量を生み出す反応の一つが……』

 酸化反応……燃焼か。
 確かに、火とはなんぞやと、遡っていくと物質の燃焼にたどり着く。となると火に属する精霊よりも、その大本であれう燃焼を操れる奴が一番最上位に君臨することになるのか。

『ちなみに、私も波の振幅で間接的に熱を操って火を起こすことが可能なので、そこらの火の精霊よりも火属性に対する支配度は高いですわよ』

 マジか……思ったよりも複雑なんだな、精霊の上下関係……
 あれ、より根源とやらに近いほど強いってなると、素粒子を司る精霊とかがいれば最強の存在になったりするのか?

『いえ、そこまで微細な構成を司る精霊は数限らています。せいぜい光と闇の精霊、あとは質量を司る精霊くらいでしょう。そもそも精霊にとって元素よりも小さな……あるじ様の知識で言うところの原子や素粒子は、まとめて元素扱いなんですの』

 なるほどなぁ。つまり、光子や重力子といった素粒子も、精霊にとっては同じ元素のくくりになると。だから元素の精霊が最上位なんだな。

『あくまで火を司る精霊の中では、ですわよ? 格の話で言えばもっと上位の精霊は居ますし』

 マジか。素粒子操るような奴が最上位じゃないんか……
 しかし、半分冗談で言った核が惜しいかぁ。つまりその元素の精霊ならやり方次第で核反応も起こせちゃうってことだよな? ヤバくね?

『たとえ反応を起こせたとしても、そんな馬鹿げた熱量を生み出しながら己の身を守るなんて無茶な力の行使、まず契約者の身が持たないでしょう。契約している精霊がそんな真似許すとは思えませんわ』

 あぁそうか。精霊は大丈夫でも、契約した人は耐えられるわけ無いもんな。野ざらしの場所で核反応実験やるようなもんだからな。精霊に意思があるならそんな真似許すわけがないか。

「キョウ、おい、キョウ」
「ん……? おう、どうした?」
「いや、お前がどうした。突然黙り込んで」

 おっと、いかんいかん。イブリスの話に耳を傾けすぎて、意識が外に向いてなかったか。
 イブリスとやっていく以上、いい加減念話にも慣れんといかんのだけど。

「あぁ、ちょっとイブリスから精霊についての講釈受けてた」
「講釈?」
「ここでな」

 そういって自分の頭をつついてみせる。

「あぁ、精霊術士は口で喋らなくても頭の中で会話できる奴もいるんだったな。眉唾だと思ってたんだが本当だったんだな」
「アンタの団には妖精使いは居ないのか?」
「二人いるが、二人共そんな真似はできねぇと言っていたよ。そういう事ができるのはおとぎ話に出てくるような大精霊だけだと」

 イブリスはその大精霊だと言ってた気はするな。
 まぁ小精霊とかと比べて明らかにデカイしなぁ。

「その辺りは、契約方法や精霊の持っている力なんかで千差万別なので当てにはなりませんわよ。私のように強い力を持つ精霊ではなくても、精霊と人との結びつきが強ければ小精霊でも一心同体になることは出来ますから……それとあるじ様、『大』精霊と言っても、その定義は身体が大きいことではありませんわよ?」

 あ、そうなのか……ゲームとかだと大精霊ってみんなボスキャラ扱いでプライヤーが使う精霊よりもデカイのがお約束だから、てっきりデカかろう強かろうな存在だと思ってた…… 

「フム、だとしたら彼奴等の単純な実力不足……いやコミュニケーション不足と言うことか」
「否定はしませんわ? ただ、人にも精霊にも相性というものがありますから、人だけが原因とは限りませんわよ?」
「なるほど、相性か……確かに人同士でも生理的に受け付けん奴というのは居るからな……」
「私とあるじ様の関係はある意味非常に特殊です。そこまでを求めるのは流石に酷だと言っておきますわ?」
「その話、俺にも詳しく聞かせてもらいたい」

 唐突に傭兵が一人会話に混ざってきた。誰だ?
 獲物は槍か? 多分面識は無いと思うが……

「おい? お前の持ち場は別の馬車だろう?」
「だが団長、この話は俺が聞くべきものだ、そうだろう?」

 そういって槍の男は目を閉じるとその体に纏わり付くように微精霊が姿を見せた。
 なるほど、確かにこの話については当事者という訳か。

 
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