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五章

三百話 新しい門出

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 目が覚めたらなんか違和感があった。
 一体なんだろうと思ったら、自分のHPとSPのゲージが非表示になってた。というかUI表示が全部なくなっていた。
 一瞬何事かと思ったが、ふと昨日の会話を思い出した。腕を見てみると、リングメニューを開く腕輪も無くなっていた。つまりこれがウッカリメニューを開いてしまわないようにする為の『対策』という奴だろう。
 たしかにこれ以上確実な対策はないだろう。開きたくても開けないんだからな。

 ただ、色々と不安に思うこともある。
 基本的にリングメニュー自体を殆ど使ってこなかったが、HPやSPは自分のコンディションを客観的に把握できるかなり有用な目安だったから、それが突然見えなくなると色々と不安を覚える。リアルではそれが普通で、何不自由なく生きてきたのに、こっちに来てからこれまで普通に使えていたものが使えなくなると、こんなに不安感があるんだな。

 それともう一つ。窓から見える外の店の看板に注釈が出ない。
 UIをOFFにされた影響なのか、最近は面倒で常時オンにしてた翻訳が機能してないという事だ。
 幸い、この世界では今の所は全て一つの言葉で事足りているから意思疎通とかは問題ないが、もしハイナで思い立って言葉を覚えようとか酔狂なことを考えてなければ、今頃エライことになってたんじゃ……?
 或いは、言葉を習得しているのを理解した上でUIまとめて全部落としてもいいと判断したのか。
 ……後者だったら良いなぁ。ウッカリでそんな初歩的な見落としはしないと思いたい。

「あるじ様、そろそろ時間ですわよ」
「ああ…………って、あれ?」
「どうかしました?」
「いや、何かイブリスの言葉が普通に聞こえるんだけど」
「そりゃあるじ様の習得言語で喋ってますから」

 何でイブリスだけ? って一瞬思ったが、よく考えたら味方NPCの指示だとかまで一々翻訳通すのは色々不便だからローカライズされてんのか。

「いえ違いますけど。でも納得があるならそれで良いですわ。大して重要な話でもありませんし」

 違うんかい。
 ただまぁイブリスが言う通り大した問題はないか。実際会話が楽なのは確かなんだし。

「というか、今までも普通にそうしてましたけど、もしかして気付いてませんでした?」
「あまりに自然に会話してたから、全く気づかんかった……」
「そこは、もうちょっと違和感を感じておくべきですわよ」
「うん。俺もちょっと迂闊すぎたと思ってる所」

 UIが消されて、プレイヤーの見分けも今後は困難になる。そうなると、プレイヤーを見分ける方法の一つとして言葉は重要な手がかりの一つになる。
 今までは、プレイヤーは視覚的にアバターの近くにネームプレートが表示されるのでひと目で見分けられたが、今後は言葉にも気を配る必要があるな。

「理解が出来ましたら、行きましょう。待ち合わせに遅れる男は嫌われますわよ」
「待ち合わせてるのはムサいおっさんだけどな。まぁ、支度は終わってるから出発しよう」

 まぁ男がどうのという以前に、約束の時間に遅れるのはマナーとしてどうなんだって話だからな。
 こう言うところがいい加減な奴は、普段から信用を落としやすいから、ゲームだからといって雑にならずきっちりするべきだ。

 などと思って約束の場所にたどり着いてみたら、まだ誰も来ていなかった。
 前の鐘が鳴ってからそれなりに時間は経っている。約束の時間までおおよそ15分くらいだと思うんだが、まだ一人も来てないのか。白金ランクの傭兵団ってくらいだからそれなりの数がいると思うんだが

「時間間違えたったことはないよな?」
「間違ってないですわよ。早く来すぎた訳でも遅れたというわけでもありませんが……」

 傭兵ってのは戦いを飯の種にしている連中なんだから、荒くれであっても時間厳守とかの規律はかなり厳しい印象があるんだが……

「その認識は間違ってないようですわよ」

 イブリスの声に振り向いてみると、道の先から集団がぞろぞろと歩いてくる。先頭はやはりエルマーだった。
 バラバラじゃなく、全員揃ってきっちり時間通りか。デカイこと言ってただけあって、しっかり統制は取れてるみたいだな。
 引き連れてるのは10人程度か。思ったより少ないが、別に戦いに行くわけでもないし入団面接と言ってたしコレくらいいれば十分なのか。少なすぎても箔が付かないだろうしな。

「待たせたか?」
「いや、今来たところだ」

 まさかムサいおっさん相手にこのやり取りをする事になるとはな……。
 こういうのって女の子とのデートの待ち合わせでやりたいもんなんだがなぁ。

「準備は良いか? アンタは兎も角、ツレの方は随分と身軽なようだが」

 そう言われて自分とイブリスの格好を見比べる。
 俺はといえば、買い揃え直した服や外套の上から同じく新しく買い直したバッグを背負っている。結構大きめで頑丈かつ中々に嵩があるので我ながら良い買い物だったと自負している。控えめに言ってお気に入りだ。まぁ、イブにも色々意見はもらったけどな。
 一方のイブリスと言えば、いつもの薄手の白いドレスみたいな服の上からコレまた白いケープのようなものを肩から掛けているだけ。両手はもちろん手ぶらだ。確かに旅をする人間の格好じゃあないな。だけど、イブリスだからなぁ。

「お忘れですか? 私はあるじ様の相棒であると同時に契約精霊ですわよ」

 そう言って、イブリスは何もない所から武器や所持品を取り出してみせる。

「あ~……そうだったな。精霊ならそういう事もできるのか……傭兵なんて移動を繰り返す生活をしている身からすると、その能力は羨ましい限りだな」
「精進なさいな。この程度であれば、人の身でも習得出来ますわよ。私の知る狭い範囲でも何人も居ますし」
「マジでか……ウチの術士に本格的に習得を目指させてみるか」

 まぁ、荷物を持たなくても良いってのはそれだけで旅が楽になるからな。
 俺も使いたいところだが、イブリスから向いてないと太鼓判を押されてしまったからな。俺だと、たとえ技術を習得したとしても、街から街まで移動する前に精神力を使い切って倒れてしまうんだそうだ。

「それにしても、相変わらず二人共軽装だな。そんなので大丈夫なのか?」
「まぁ、あんた等に比べるとそうかもしれんが、俺の戦い方からするとこれ以上防御を固める訳にもなぁ」

 エルマー達は全体的に重装備だ。術者……多分杖を持ってるから術者だと思うが、彼らも含めて全員金属製の鎧を身に着けている。中々に重装備だ。
 魔法使い系は鉄装備出来なくて、ローブとか装備してるイメージが強いんだが、現実はそうでもないらしい。
 スカウト職っぽい人すらも軽鎧ながらも金属製の物を身に着けている。

 対する俺はと言えば、買い直した布製の服の上に着古してる服を着重ねているだけだ。一応、胸と腹を守るように硬革を仕込んでいるが、鎧と言えるようなものは甲殻製のレッグガードと、同じ甲殻製のガントレットくらいだ。防御力的には心もとなく写っても仕方がないだろう。
 でも、これ以上着込むと機動力がかなり落ちる事になる。攻撃を鎧で受けながら正面から突き進むアタッカーと違って、俺は攻撃を喰らわず懐に潜り込むタイプだから出来るだけ機動力は落としたくない。だからどうしても軽装にならざるを得ない。
 機動力と防御力を両立できれば良いんだけど、どのゲームも基本防御力とスピードはトレードオフの場合がほとんどだから、そこは諦めるしか無い。

「私はそもそも精霊ですから。物理的な防御力など飾りに過ぎません。全く効果がないとは言いませんけど」

 精霊は精神体……ようは幽霊みたいなものだから実体化も霊体化も自由自在だ。だから物理的な防具には殆ど意味がない。もちろん防御が高ければ実体化中に受けるダメージは減るのかもしれないが、そもそも実体化中であっても物理的な攻撃で精霊を傷つけることは出来ないのだから、防御を高めるという理由で防具をつける意味はほぼ無い。
 イブリスが全く効果がないわけではないというのは、その防具に特殊な効果が付与されている場合もあるからだ。例えば魔法の威力が上がるバフなどがついているなら、防具としてではなくブースターとして装備する意味はあるわけだ。魔法防御が高ければ、精霊を傷つけるような魔法攻撃に対しても効果はあるしな。イブリスが傷つくような魔法攻撃を、そんじょそこらの防具で軽減できるとは思えんがな。

「普通であれば戦場を舐めるんじゃねぇと怒鳴り散らすところだが、あの不死者との戦いを見た後じゃ何とも言えねぇわな」
「兵を率いて集団乱戦を主眼においてるアンタ等なら、死角からの攻撃とかを警戒して防御を固めるやり方が間違ってるとは思わんさ。が、俺等はご覧の通り二人旅。戦争に関わる気もない。獣相手なら身軽な方がやりやすいってもんだ」

 獣相手に一対一で組み合えるようなパワーは無いしな。いくら防具を固めても、クマみたいなパワー型の獣に捕まったらどのみち引き倒されてアウトだろう。

「結局装備なんて戦い方や戦う相手で臨機応変に変えるのが正解だろうよ」
「その通りだな。さて、準備が整っているというのならこのまま出発するが、問題ないか?」
「ああ、俺等の荷物はこれで全部だ。いつでも出発できる」
「わかった、では出発しようか」

 この街ともお別れか。さっさと離れて次の街へ行く筈が、魔物に関わって思ったよりも長く滞在することになっちまったな。
 色々ありすぎて、アレから随分と経ってちまったな。だがこれで、ようやくエリスたちと合流する為の旅が始められる。久々に顔を合わせて、武者修行の旅をこんどこそ始めたい所だな。

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