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断章4
卓外
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広大な部屋に置かれた白い円卓。
10ある席は今は埋まっておらず、部屋の隅で二人の若者と老人が居るだけだ。
「例の件、どうなってますか?」
「ふむ? 例の件、と言われましても私と貴方の悪巧みは多すぎてどの話のことやら」
「フフ、それもそうでしたね」
一見牽制するかのような言い様だが、この二人の関係上間違いでもない。
円卓の主達は、各々の分野における頂点の集まりである。その為互いの利益のために他者の利益への必要以上の干渉は行わない制約を取り交わしているが、この二人は協力することで互いの利益を生み出す事が多い為、円卓にありながら珍しく協力体制をとることが多い。
「今言っているのは帝国での下準備の件ですよ」
「それは前回の定例で報告した通り、現状迂闊に動けない状況ですよ。不穏分子……と自分で言うのも何ですが、我々のような他国に拠点を持つ者はまともに活動することは出来ないでしょう」
「そうは言いつつ、貴公であれば手の一つや二つは用意しているのでしょう?」
それは立場的には商売敵という間ながら、同じ円卓という頂点に立つ人間の能力への信頼だ。
不慮の事故というのはいつでも起こり得る。だがそれに対して適切な対応を取ることが出来るのが円卓の主人達と呼ばれる者たちなのだ。
だが、対する若者は苦笑いを返すのみ。
「まさか……」
「そのまさかです。複数用意していたサブプランの全てが封じられてしまいました。彼らの諜報能力は我々の想像の遥か上だったという事です」
「古色蒼然とした帝政国家と、少々相手を侮りすぎていたようですね」
「面目次第もありません。長い歴史を持つ帝国の権勢は伊達ではないという事なのでしょう」
諌めるような老人の口調ではあったが、本気で攻めているわけではない。若者の実力は彼自身が認めている。その上で活動を全て封じられているというのであれば、相手がこちらの想像を遥かに上回るやり手だったということだろう。誰ぞ有能な宰相でも取り立てたのかもしれない。
西の帝国は外様に厳しい。流石の若者であっても皇帝の近辺の人事事情まで把握することは難しいだろう。
「今、内側からあの国を動かすのは無理でしょう。ただでさえ中央集権的だったあの国の風潮が、法国との戦争の空気で更に加速しています。外様の人間が迂闊に動けば、裏がなくても検挙されかねないほど今のあの国はヒリついている」
「それでは……」
「えぇ、残念ですが計画は少々遠回りをせざるを得ないでしょう」
青年は暗部として使える組織の為に、老人はその組織の力を借りて、特定のアーティファクト販路の確保を、それぞれの目的の為の五年越しの計画だった。その為、元々は単独で動いていた青年のバックアップという形で老人もまた帝国の暗部に手を入れていた。
「法国というのは本当に我々に祟りますね」
「とはいえ、あの国の使い勝手の良さは貴方もよく解っているでしょう。一時的に私達の思惑の外に飛び出たとしても、そう簡単に足切りするわけには行きません」
「えぇ、判っていますとも。だからこそもどかしい」
帝国での計画を進行中ではあるが、青年の拠点は法国だ。
信仰心を使って人を操り、情報や物を集める。それが青年の本業である為、厄介な国であると認めつつもそう簡単に法国を切る訳にはいかない。ソレほどまでに青年にとって法国とは『美味しい』国だった。
「法国は動きますか?」
「間違いなく。私が扇動するまでもなく、既に遠征の準備が進んでいます。あの国は欲深いですからね。近隣の国が弱みを見せた時点で奪い取る気満々と言った感じです」
「本当に生臭い国ですね。何故あんな風で宗教国家が成立するのか……」
「我々と同じですよ。金と権力の集まるところには、そういった人間が集まるのです。生臭くなるのは必然かと」
「酷く説得力がありますな」
「商人は人に物を売り金を得る。宗教家は人に信仰という安心を売り金を得る。どちらも適切な関係であれば売りても買い手も損が無い、集金機能の最先端ですからね」
「適切であれば、ですね。そこを買い手が踏み越えてしまうから……と、失礼」
身に余る者以上を求めれば、代償もまた身に余る物になる。ソレをわからない買い手が後をたたないからこそ、底に付け入ることで利益を出す仕事が後をたたない。
老人の個人的な主義からすると、そんな物は商売とはいい難い。商売とは取引であり、取引とは対等であるべきだ。金銭取引で求められた金銭を提示できないならそれは客として相応しくない。そんな者と取引すれば老人からすれば己の株を落とすと考えている。
「私はそれでもまだ商人のほうがマシだと思いますがね。連中は行き過ぎた信仰の強要の末に金だけでなく命まで差し出させる狂人共ですから。アレほどまでに欲望に忠実であるのなら、命など奪わずに絞り続けたほうが金を生むことくらい解るとおもうのですが、連中は信徒などいくら死のうが湧いて出てくると慢心してますからね。しかしまぁ、だからこそ利用しやすい国でもありますか」
「信仰は自由であるべきだと思うのですがねぇ。神に縋りたくなる気持ちは私とて理解は出来ます。まぁ私にとって神とは『金』を差しますがね」
「信仰のみで教化できず弾圧や粛清によって彼らの言う邪教徒を虐殺している時点で、彼らの信仰する神は全治全能などではないと己等で知らしめていると気付かないような暗愚共ですから。もし本当に彼らの信仰する女神が全能であるなら、我々もすべからく女神の信徒となっていたことでしょう」
そう、すこし考えただけで、幾らでも彼らの崇める女神に対して否定的な言葉はいくつも出てくる。
だからこそ、信者達が口にする『全能の女神』とやらへの信用は無いに等しい。まだ土着の精霊信仰のように『大精霊様はいつも自然を通して我々を見守っている』という言葉のほうが納得できる程だ。
そして、だからこそ青年は金を信奉する。何故なら金はこの世の全てを買うことが出来る訳では無いが、命も心も物も、大抵のものは買い取ることが出来る。信仰と違い一方的な押しつけではなく相互利益によってあらゆるものを買い取ることが出来る。信仰などより遥かに信用度の高い利益生産媒体だ。
「とまぁ、こんなところで彼らの教義の穴を突いても仕方ないですな。それで法国側の動きはどう制御するおつもりで?」
「今回は特に干渉する必要はないかと。今から干渉しても結果は変わらないでしょう。リスクに対してリターンが釣り合いません」
「ほう? 珍しい、貴方が自分の思惑通りに進まぬ展開を許容するとは」
「当然、許容するつもりはありませんよ。代わりに、火事場泥棒の様な真似はさせて貰う予定ですがね。こちらの思惑から外れた動きを取ったのですから、嫌がらせと損害補填くらいはさせていただこうと」
「フフ、それでこそ貴方らしい」
そこで老人もようやく納得した。
帝国と法国の動きを止められず、長期に渡る計画が頓挫しかけているにも関わらず、随分と落ち着いた態度を見せていた事に疑問を覚えていた。老人の知る限りこの老人は黙ってやられるほど人の良い性格ではないからだ。
しかし、若者がこの状況で十分な利益を確保できるだけのセカンドプランを既に走らせていると知って、青年の人物像と現状がつながったからだ。
「法国といえば、例の『プレイヤー』についてはどうなって居ますか?」
「そちらは私の管轄ではないので、あまり詳しい情報はありませんよ? 現在は王国の勇者の卵とやらと共に砂漠に入ったという情報くらいですね」
「ハハ、それでもそこまで掴んでいるのは流石です。しかし彼らは元々二人で行動していたと聞きましたが……」
「そちらについては行方知れず……使用されたのが位置の指定できない転移アーティファクトですからね。確率から考えて恐らく生きては居ないでしょう。地面の中に飛ばされたか、高空に飛ばされ墜落死したと考えるのが自然ですな」
「やはりそうなりますか」
そう考えるのが自然だろう。転移先の特定をしない転移など、成功する確率のほうが少ない。当然だ。地中に飛べば圧死、海中に飛べば溺死、高山に飛ばされて凍死もあれば砂漠の真ん中に飛ばされて涸死もあり得るし、当然高空に飛べば墜落死だ。地上の、しかも生存可能な地域で、かつ落下死しない適度な高度に無事に転移される確率など単純に考えてありえないだろう。
「惜しいな。となると、残るのはもう一人の女性の方だけか」
「そう言えば以前から貴公は『プレイヤー』に強い興味を抱いておりましたな」
「えぇ、それはもう。彼らはある意味異世界人ですからね。極めて稀な存在ですが確実に存在している。しかも例外なく高い能力を持っており、仕組みはわからないが不死身であるという報告もある。興味を抱くなという方が無理でしょう。貴公は違うのですか?」
「私も若い頃は不老不死の物語に心惹かれた頃もありました。歳を取ればそういうのに自分も執着するのかと漠然と思っておりましたが……思いの外この寿命のある内に如何に権勢を極めるか、というゲームにのめり込んでしまいましてな。おかげで今ではご覧の通り金にガメついだけのしがない商人というわけです」
「私のような裏方であれば兎も角、表の世で権勢を恣にする貴公がしがない商人であれば、この世のすべての商人はしがないとも口に出来なくなりましょうよ」
おどけたように返すも、その目は笑っていない。
青年はそれだけ老人の商人としての技量を買っていた。そしてその老人の力を見抜く自分の眼力にも絶対の信頼をおいていた。
「ハハ、素直に褒め言葉として受け取っておきましょう。まぁ、私は『プレイヤー』などという得体の知れない者共よりも気になることがありますので」
「ほう? それを私に言うということは、何か聞かせていただけるのかな?」
「特別聞かせたい案件というわけではありませんよ。聞かれても対して困らないというだけです。貴公お気に入りの二人が前に滞在していた国へ流した玩具があったでしょう?」
「あぁ、アレか」
「先日、詳細な報告書が上がってきたのですが、少々気になることがありまして」
「気になること?」
「こちらの想定していた効果から逸脱しているようなのですよ」
「ふむ? それは以前の会合でも既に話題に上がっていませんでしたか? 効果が出すぎたと」
「えぇ、その通りです。が、どうも……いえ、年寄の考え過ぎならばよいのですけどもね」
そう言い、老人は踵を返す。
「聞きたい事は聞けましたし、久しぶりに世間話も楽しめました。私はこれで失礼させていただきます」
若者への確認も無く一方的に話を切る形になったが、二人共それに対して何も思う所はなかった。
老人は、若者が己の言いたいこと、聞きたいことを後回しにして他人の話を聞きに徹する質では無い事を、長年の付き合いで理解していたし、若者は、そんな自分の性格を老人が正しく見抜いていると確信しているからだ。
「何か、私に手伝える事があれば言ってください。私も長年の計画を邪魔された嫌がらせくらいはしてやりたい気分ですので」
「そしてあわよくば、貴公も利益のおすそ分けを、と?」
「えぇ、商人ですから」
そうして、二人の商人による内緒話は幕を下ろした。
商人間での秘密の談話。珍しくもない一幕だ。
その会話の内容によって、一国が大きく傾くほどのスケール感でなければの話しだが。
10ある席は今は埋まっておらず、部屋の隅で二人の若者と老人が居るだけだ。
「例の件、どうなってますか?」
「ふむ? 例の件、と言われましても私と貴方の悪巧みは多すぎてどの話のことやら」
「フフ、それもそうでしたね」
一見牽制するかのような言い様だが、この二人の関係上間違いでもない。
円卓の主達は、各々の分野における頂点の集まりである。その為互いの利益のために他者の利益への必要以上の干渉は行わない制約を取り交わしているが、この二人は協力することで互いの利益を生み出す事が多い為、円卓にありながら珍しく協力体制をとることが多い。
「今言っているのは帝国での下準備の件ですよ」
「それは前回の定例で報告した通り、現状迂闊に動けない状況ですよ。不穏分子……と自分で言うのも何ですが、我々のような他国に拠点を持つ者はまともに活動することは出来ないでしょう」
「そうは言いつつ、貴公であれば手の一つや二つは用意しているのでしょう?」
それは立場的には商売敵という間ながら、同じ円卓という頂点に立つ人間の能力への信頼だ。
不慮の事故というのはいつでも起こり得る。だがそれに対して適切な対応を取ることが出来るのが円卓の主人達と呼ばれる者たちなのだ。
だが、対する若者は苦笑いを返すのみ。
「まさか……」
「そのまさかです。複数用意していたサブプランの全てが封じられてしまいました。彼らの諜報能力は我々の想像の遥か上だったという事です」
「古色蒼然とした帝政国家と、少々相手を侮りすぎていたようですね」
「面目次第もありません。長い歴史を持つ帝国の権勢は伊達ではないという事なのでしょう」
諌めるような老人の口調ではあったが、本気で攻めているわけではない。若者の実力は彼自身が認めている。その上で活動を全て封じられているというのであれば、相手がこちらの想像を遥かに上回るやり手だったということだろう。誰ぞ有能な宰相でも取り立てたのかもしれない。
西の帝国は外様に厳しい。流石の若者であっても皇帝の近辺の人事事情まで把握することは難しいだろう。
「今、内側からあの国を動かすのは無理でしょう。ただでさえ中央集権的だったあの国の風潮が、法国との戦争の空気で更に加速しています。外様の人間が迂闊に動けば、裏がなくても検挙されかねないほど今のあの国はヒリついている」
「それでは……」
「えぇ、残念ですが計画は少々遠回りをせざるを得ないでしょう」
青年は暗部として使える組織の為に、老人はその組織の力を借りて、特定のアーティファクト販路の確保を、それぞれの目的の為の五年越しの計画だった。その為、元々は単独で動いていた青年のバックアップという形で老人もまた帝国の暗部に手を入れていた。
「法国というのは本当に我々に祟りますね」
「とはいえ、あの国の使い勝手の良さは貴方もよく解っているでしょう。一時的に私達の思惑の外に飛び出たとしても、そう簡単に足切りするわけには行きません」
「えぇ、判っていますとも。だからこそもどかしい」
帝国での計画を進行中ではあるが、青年の拠点は法国だ。
信仰心を使って人を操り、情報や物を集める。それが青年の本業である為、厄介な国であると認めつつもそう簡単に法国を切る訳にはいかない。ソレほどまでに青年にとって法国とは『美味しい』国だった。
「法国は動きますか?」
「間違いなく。私が扇動するまでもなく、既に遠征の準備が進んでいます。あの国は欲深いですからね。近隣の国が弱みを見せた時点で奪い取る気満々と言った感じです」
「本当に生臭い国ですね。何故あんな風で宗教国家が成立するのか……」
「我々と同じですよ。金と権力の集まるところには、そういった人間が集まるのです。生臭くなるのは必然かと」
「酷く説得力がありますな」
「商人は人に物を売り金を得る。宗教家は人に信仰という安心を売り金を得る。どちらも適切な関係であれば売りても買い手も損が無い、集金機能の最先端ですからね」
「適切であれば、ですね。そこを買い手が踏み越えてしまうから……と、失礼」
身に余る者以上を求めれば、代償もまた身に余る物になる。ソレをわからない買い手が後をたたないからこそ、底に付け入ることで利益を出す仕事が後をたたない。
老人の個人的な主義からすると、そんな物は商売とはいい難い。商売とは取引であり、取引とは対等であるべきだ。金銭取引で求められた金銭を提示できないならそれは客として相応しくない。そんな者と取引すれば老人からすれば己の株を落とすと考えている。
「私はそれでもまだ商人のほうがマシだと思いますがね。連中は行き過ぎた信仰の強要の末に金だけでなく命まで差し出させる狂人共ですから。アレほどまでに欲望に忠実であるのなら、命など奪わずに絞り続けたほうが金を生むことくらい解るとおもうのですが、連中は信徒などいくら死のうが湧いて出てくると慢心してますからね。しかしまぁ、だからこそ利用しやすい国でもありますか」
「信仰は自由であるべきだと思うのですがねぇ。神に縋りたくなる気持ちは私とて理解は出来ます。まぁ私にとって神とは『金』を差しますがね」
「信仰のみで教化できず弾圧や粛清によって彼らの言う邪教徒を虐殺している時点で、彼らの信仰する神は全治全能などではないと己等で知らしめていると気付かないような暗愚共ですから。もし本当に彼らの信仰する女神が全能であるなら、我々もすべからく女神の信徒となっていたことでしょう」
そう、すこし考えただけで、幾らでも彼らの崇める女神に対して否定的な言葉はいくつも出てくる。
だからこそ、信者達が口にする『全能の女神』とやらへの信用は無いに等しい。まだ土着の精霊信仰のように『大精霊様はいつも自然を通して我々を見守っている』という言葉のほうが納得できる程だ。
そして、だからこそ青年は金を信奉する。何故なら金はこの世の全てを買うことが出来る訳では無いが、命も心も物も、大抵のものは買い取ることが出来る。信仰と違い一方的な押しつけではなく相互利益によってあらゆるものを買い取ることが出来る。信仰などより遥かに信用度の高い利益生産媒体だ。
「とまぁ、こんなところで彼らの教義の穴を突いても仕方ないですな。それで法国側の動きはどう制御するおつもりで?」
「今回は特に干渉する必要はないかと。今から干渉しても結果は変わらないでしょう。リスクに対してリターンが釣り合いません」
「ほう? 珍しい、貴方が自分の思惑通りに進まぬ展開を許容するとは」
「当然、許容するつもりはありませんよ。代わりに、火事場泥棒の様な真似はさせて貰う予定ですがね。こちらの思惑から外れた動きを取ったのですから、嫌がらせと損害補填くらいはさせていただこうと」
「フフ、それでこそ貴方らしい」
そこで老人もようやく納得した。
帝国と法国の動きを止められず、長期に渡る計画が頓挫しかけているにも関わらず、随分と落ち着いた態度を見せていた事に疑問を覚えていた。老人の知る限りこの老人は黙ってやられるほど人の良い性格ではないからだ。
しかし、若者がこの状況で十分な利益を確保できるだけのセカンドプランを既に走らせていると知って、青年の人物像と現状がつながったからだ。
「法国といえば、例の『プレイヤー』についてはどうなって居ますか?」
「そちらは私の管轄ではないので、あまり詳しい情報はありませんよ? 現在は王国の勇者の卵とやらと共に砂漠に入ったという情報くらいですね」
「ハハ、それでもそこまで掴んでいるのは流石です。しかし彼らは元々二人で行動していたと聞きましたが……」
「そちらについては行方知れず……使用されたのが位置の指定できない転移アーティファクトですからね。確率から考えて恐らく生きては居ないでしょう。地面の中に飛ばされたか、高空に飛ばされ墜落死したと考えるのが自然ですな」
「やはりそうなりますか」
そう考えるのが自然だろう。転移先の特定をしない転移など、成功する確率のほうが少ない。当然だ。地中に飛べば圧死、海中に飛べば溺死、高山に飛ばされて凍死もあれば砂漠の真ん中に飛ばされて涸死もあり得るし、当然高空に飛べば墜落死だ。地上の、しかも生存可能な地域で、かつ落下死しない適度な高度に無事に転移される確率など単純に考えてありえないだろう。
「惜しいな。となると、残るのはもう一人の女性の方だけか」
「そう言えば以前から貴公は『プレイヤー』に強い興味を抱いておりましたな」
「えぇ、それはもう。彼らはある意味異世界人ですからね。極めて稀な存在ですが確実に存在している。しかも例外なく高い能力を持っており、仕組みはわからないが不死身であるという報告もある。興味を抱くなという方が無理でしょう。貴公は違うのですか?」
「私も若い頃は不老不死の物語に心惹かれた頃もありました。歳を取ればそういうのに自分も執着するのかと漠然と思っておりましたが……思いの外この寿命のある内に如何に権勢を極めるか、というゲームにのめり込んでしまいましてな。おかげで今ではご覧の通り金にガメついだけのしがない商人というわけです」
「私のような裏方であれば兎も角、表の世で権勢を恣にする貴公がしがない商人であれば、この世のすべての商人はしがないとも口に出来なくなりましょうよ」
おどけたように返すも、その目は笑っていない。
青年はそれだけ老人の商人としての技量を買っていた。そしてその老人の力を見抜く自分の眼力にも絶対の信頼をおいていた。
「ハハ、素直に褒め言葉として受け取っておきましょう。まぁ、私は『プレイヤー』などという得体の知れない者共よりも気になることがありますので」
「ほう? それを私に言うということは、何か聞かせていただけるのかな?」
「特別聞かせたい案件というわけではありませんよ。聞かれても対して困らないというだけです。貴公お気に入りの二人が前に滞在していた国へ流した玩具があったでしょう?」
「あぁ、アレか」
「先日、詳細な報告書が上がってきたのですが、少々気になることがありまして」
「気になること?」
「こちらの想定していた効果から逸脱しているようなのですよ」
「ふむ? それは以前の会合でも既に話題に上がっていませんでしたか? 効果が出すぎたと」
「えぇ、その通りです。が、どうも……いえ、年寄の考え過ぎならばよいのですけどもね」
そう言い、老人は踵を返す。
「聞きたい事は聞けましたし、久しぶりに世間話も楽しめました。私はこれで失礼させていただきます」
若者への確認も無く一方的に話を切る形になったが、二人共それに対して何も思う所はなかった。
老人は、若者が己の言いたいこと、聞きたいことを後回しにして他人の話を聞きに徹する質では無い事を、長年の付き合いで理解していたし、若者は、そんな自分の性格を老人が正しく見抜いていると確信しているからだ。
「何か、私に手伝える事があれば言ってください。私も長年の計画を邪魔された嫌がらせくらいはしてやりたい気分ですので」
「そしてあわよくば、貴公も利益のおすそ分けを、と?」
「えぇ、商人ですから」
そうして、二人の商人による内緒話は幕を下ろした。
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