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四章

二百九十三話 魔物討伐隊帰還Ⅱ

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 その後、帰路は特にコレと言った事は何もなく、終わりだけ見れば今回の魔物討伐は随分と平和な幕切れとなった。
 実際は結構な被害が出ているようで、参加した傭兵団の幾つかは団員を半数以上失っている所もあったらしい。目的を達成できたにも関わらず、雰囲気はまるでお通夜だ。
 元々参加者は白金以下、ほとんどが金ランクだったせいも有り半数と言っても元の数が数だ。せいぜい片手で数える程度なんだが……まぁ、数の問題じゃねぇよな。仲間を失うっていうのは。

 未だに時折忘れがちになるが、プレイヤーと違ってリスポーン出来ないNPC達にとって命はそれ一度きり。プレイヤーと違って彼等にとってはここでの一生こそがリアルなんだから。
 このゲームのNPCを動かすAIが、どこまで人間を忠実に再現しているのかまではわからない。専門家じゃないからな。ただ、少なくとも一緒に過ごしている感じでは、その思考は人間のそれとほぼ何も変わりがない。取ってつけたようなセリフや反応を返すのではなく、個の正確までハッキリと実現している。なら、それはゲームNPCだとしても一つの人格と言って差し支えがないんじゃないかと俺は思う。
 ……そんな高等なAIを一切使い回さずにワンオフのNPCとして使い捨てるとか、どういう開発ポリシーなのか気になるところではあるけどな。よく開発費が維持できるもんだ。
 まぁ、そこを考えるのは開発会社のおえらいさんの仕事か。

「さて、帰ったらさっさと旅の支度して、明日か明後日くらいには出発してぇところだなぁ」

 雲ひとつない空をボーッと眺めながら、明日からの事を考える。
 檻の輸送部隊と合流してからは、優先的に席を譲ってもらったので、有り難く使わせてもらっている。といっても荷馬車の荷台の上に転がってるだけなのだが、まぁ歩くのよりはだいぶ楽だ。飼葉がクッション代わりになって、尻も背もあまり痛くないしな。
 といっても、揺れはするから酔うんだけどな。実際、空を眺めてるのもそうすれば多少は酔いにくいだろうという理由からだ。

「準備自体は殆ど終わってますし、旅の間の携行食と生薬あたりを揃えればすぐにでも出発できますわ」

 まぁ、そうだな。正直このクエストに参加して無ければ既に街を発っていたはずだったし。
 本来なら旅費は稼いであるし、この仕事は受ける必要なんて特になかったといえば無かったんだが、結果だけ見れば遭遇することがめったに無いという魔物との戦闘経験が詰めたのは、オレ個人としては正直ラッキーだったと思ってる。
 まぁ、死者が結構出てる以上、それを口に出しては言わないが。

『しかし、これで旅の安全が大分保証されたのは良かったですわね』

 ん? どういう事だ?

『この国ではあの程度の強さで傭兵が務まるということはですわよ? あの程度の力で野盗等敵対的なヒトを取り締まれると言うことでもある訳でしょう?』

 あぁ、そういう……

『旅で怖いのは、一匹の強力な獣よりも、非力でも多少知恵の回る群れた人間の方ですわ』

 確かにそうだな。まぁ獣でも十分危険なんだが、人間は罠にはめてきたりするからなぁ。気づいたときにはもう詰んでる……とかもあり得るわけで……そういった野盗の強さが、傭兵たちの強さから大体連想できたってことだろう。想定よりも大幅に下方に修正を加えた形で。
 こんな、街の外では当然のように野獣が徘徊している世界だ。あの【野獣使い】でもあるまいし、同じプレイヤーの敵だからといってモンスターは野盗を無視してプレイヤーだけを襲ってくるだなんてヌルい設定にはなっていないだろう。街道なんかで待ち伏せて人を襲う以上、野盗達はその辺のモンスターくらいなら対処できる程度の強さはあると考えたほうが良いだろう。だが、そのモンスターより強い野盗を取り締まる側の傭兵の質があの通りだ。取り締まられる側の強さなんてたかが知れているという訳だ。

 といってもまぁ、それもこの国の中だけの話だろうからな。アルヴァストやラシウスで出会ったモンスターはハッキリ言ってここのとは比べ物にならないほど強かったし、あまり情報が無い今は多数決的に考えて強い方を基準にしたほうが良いだろう。
 このゲームのことだから、従来のネトゲのように国境をまたいだ瞬間、エリアチェンジよろしく突然敵のレベルのゾーニングが変わるなんてことは無いとは思う。
 そう思うのだけど……あくまでコレはテストバージョン。製品版では当然従来型ゲームのようなゾーニングが成されているは、実際にプレイしたはじまりの街周辺の様子や、チェリーさんのオープンβテストの情報から間違いない。だから、この国周辺がそういったテスト環境である可能性も捨てきれない。なんせ、リアリティを追求しながらも、このALPHAの中にもしっかり魔法やランダム転送アイテムといった、ゲーム然としたシステムは存在するからだ。ファンタジー系のVRMMORPGを銘打ってるのだから、むしろソッチのほうが当然といえば当然なんだが。

『まぁ、あのシーシアマータから鍛えられた事で、あるじ様はご自分が思っている以上に強くなって居るのですけどね。アレでも嘗ては炎神などと呼ばれた天魔の残滓。比較対象がないので解りにくいのかもしれませんが……』

 炎神……? あいつ、基本は肉弾戦特化で、炎なんて使ってなかったような……?

『お忘れですか? アレが封じられていた御所であるじ様は何に触れて起こしましたか?』

 あの時は……あ、あのヤバい槍か! 確かにアレは火炎の槍といっても過言じゃなかった。
 何も知らずに適当に扱おうとして、危うく灰にされかけたんだっけか。

『今のアレにとって、あの槍こそが本体のようなものです。身につけた武技など後付要素に過ぎませんわ』

 いやそんな、『岩が本体』みたいな言い方……というかその割には、シアがあの槍を使うことはめったに無かったように思えるが。全く使わなかった訳ではないけど、いつもは似たような見た目の普通の槍を使っていた筈だ。

『単に使わざるを得ないような状況が殆どなかったというだけでしょう。雑魚の処理に過剰な名器を持ち出しては手入れが面倒なだけでしょう?』

 あぁ、そういやチェリーさんとかは手に入れた火の槍を嬉々として振り回してたけど、あっさり折れて修理する羽目になってたっけか。装備も普通に消耗するこのゲームで、格下相手に高価な武器を気楽に振り回すのは確かに理にかなった行動とは言い難いな。
 というか、シアのことを毛嫌いしてるようで、しっかり認めはしてるんだな。一体どういう関係だったんだ?

『……特に特別な間柄というわけではありません。嘗て、契約した主と私が全盛期のシーシアマータに挑み、惨敗した。ただそれだけですわ』

 加減してもアレだけの力を使うお前が、二人がかりでシアに勝てなかったのか?

『あまりアレを認めるような事は言いたくありませんが、全盛期のアレは武術や武器になど頼らずとも単騎で世界の脅威とされる程の暴威でしたのよ? 当時の誓約者は私が契約した中では最も力があり最も歪んだ最凶の術士と呼ばれていましたが、それでも数万の手勢を率いても全く勝負になりませんでしたもの』

 数万て……
 それこそ一体どういう状況になれば数万対一なんて状況が作り上げられるんだ。勝ち負け以前にその状況を実現しようと思っても中々出来るもんじゃないだろう。

『王……とは少し違いますが、それでも多くの民を率いておりましたので。もっとも、戦いに至った経緯は国を守るためだとか高尚なものではなく、単に当時の誓約者がシーシアマータの力を奪おうとして、持てる力……人材や兵器を引っ張り出しただけという単純なものでしたが』

 前の誓約者はお偉いさんだったのか。
 国軍引っ張り出して、それでもシアには勝てなかったと。どれだけ化け物じみてたんだよ、全盛期のシアって。

『私が生きてきた中で、全盛期のアレと対等に渡り合える者となると、片手で数えるほどしか居りませんわ』

 それでも数えられるくらいには居るのか、そんなのと渡り合えるのが。やべーなこの世界。戦闘民族でも潜んでるのか?

『言っておきますが、アレと戦えるという方が異常なんですのよ? そもそも、本来なら戦いというものが成立することすら無い相手ですから。当時はまだ天魔という存在の事が深く知られておらず、無謀にも我々は何も知らないままに挑んでしまいましたが』

 俺が全盛期のシアに挑んだとしたら、勝てないのは前提として、どれくらい戦えると思う?

『言葉を選んで言いますが、今の主様では同じ舞台に上がることすら出来ません』

 言葉を選ばないとすれば?

『お話になりません。勝負以前の問題ですわ。身の程を知ったほうがよろしいかと』

 きっつ。
 でも俺よりも更に強い誓約者が、万の軍を率いた上で惨敗するんだからそりゃそう言われても仕方ないか。
 というかそんなのに稽古つけてもらってたのか。ランダムジャンプで辺境に飛ばされるとかフザケンナと思ってたけど、結構ラッキーだったのかもしれないな、俺。

『あくまで全盛期のアレについての話ですわよ? 今のあの小娘の力は、せいぜい私と同等程度でしかありませんわ。だからこそ、武術だなんて柄にもない物を見に付けて補強しているわけですから』

 そんなに弱体化してアレとか、全盛期の強さとか想像できないんだが。
 そんな規格外な事言われると、それはソレでちょっと興味が出てくるな。

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