ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百九十話 一般的傭兵の視点

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   ◆◆◆

「副団長! 後方から檻の追加が届いた!」
「よし! お前らも切り分けられた肉塊をぶち込む方に回れ! 判ってると思うが間違っても肉塊に直接触れるんじゃねぇぞ!」
「判ってますよ!」

 後方と分断され滞っていた不死型封印用の檻の運搬がようやく再開され、魔物の封印が進み始めた。
 檻の運搬指示のために、後方に下がっていた俺もようやくこうして前線に戻ってこれた訳だが……

「エルマー、戦況はどうだ?」
「どうだも何も……魔物の対処は殆どあの二人に任せきりになってる」

 後方に居たときにも断片的にだが情報は流れてきていた。これだけの規模の仕事で、連絡が完全に届かない時点であまり状況がよろしくないことは確保していたが、まさかウチの団の3割が犠牲になっているとは完全に想定外だった。
 だから状況を確認するためにも後方に戻らずに団長……ロランの元まで出張ってきた訳だが、自体は思っていたのとはまた違う展開を迎えているみたいだ。
 多くの傭兵たちが見守る中で、たった二人で魔物と戦っている奴らが居る。

「おい、戦ってるの二人だけじゃないか。眺めてないで、いい加減助けに入らなくて良いのか?」
「いや、むしろ間違っても援護に入ろうなんて考えないように周りに徹底しろ。下手に手を出して魔物に捕らえられでもしたら、足を引っ張ることになる」

 それはつまりあの魔物がそれだけ強力ということだと思うが、だとしたら余計助けにはいるべきなんじゃないのか?
 或いは……

「そこまでか?」
「見てりゃすぐ解る」

 言われてみてみれば、確かにアレは他とは違うと解る。迂闊に手を出そうとして近づけば巻き込まれて損害を出すだけだろう。
 俺は基本的に戦いは苦手だ。ある程度鍛えたりもしたが、根本的に武器を振ることが向いていないらしい。それを悟ってからは団の運営や後方支援をメインにしてるが。団員の管理をしている都合、仕事柄見る目だけは養われた。
 勿論、実際に戦いを專門する奴らのように専門的なことはわからないが、そんな俺から見てもあの二人の動きは今この場にいるどの傭兵と比べても一線を画している。

「本当にアイツラは金等級なのか?」
「この仕事を請け負った傭兵団の団長の顔と名前は全部覚えている。あの二人は金等級で間違いない」
「冗談だろ? 前の仕事で見た霊銀の団にもあんな真似できる奴は居なかったと思うぞ」

 あまりこんな事は認めたくないが、あの金二人で、ウチの白金の傭兵団はあっという間に壊滅させられてしまうだろう。
 これでもウチの団は白金ではあるが、実力は霊銀人してやっていけるだけの物を持っていると自負している。実際、今まで何度か霊銀等級の傭兵団とも合同の仕事をしたことがあるが、そこまで危機感を感じることはなかった。

「近衛の精鋭や金剛の傭兵団に居るような凄腕に近いレベルの化け物なんじゃないか、アレは」
「フン、近衛の精鋭……ね。俺にはそんなレベルではないと思うがね、アレは」

 確かに、近衛並は言いすぎかもしれないが、そう言われても問題ないほどの実力を感じる。体格は悪くないが傭兵としては優れていると言うほどではない。
 だが、動きに無駄というものがない。的確に動いて攻撃を避け、適切に相手の弱点を攻撃している。まるで、あの魔物の事を最初から熟知しているかのように落ち着いて対処しているように見える。無論そんなことはないだろう。この国の中でもこの30年、魔物など発生していない。遺跡大国と呼ばれる彼の国でも5年に一度現れるかどうかという頻度だ。魔物と戦い慣れた傭兵なんてものは殆ど存在しない筈だ。それもあの若さとなる言わずもがなだ。

「何でそんなのが金の傭兵なんてやってるだ……」
「二人で活動してるからだよ。ランクを上げるなら人数が必要だろ」
「ランクに頓着しないタイプか?」
「自分でデカイ団を作らずに大型団に売り込むタイプかもしれんぞ」

 なるほど、アレだけの実力があれば、金のある団なら大金を出して囲い込むだろう。
 場合によっては自分で団を立ち上げるよりも収益は大きくなるかもしれない。で、あるなら……

「スカウトしないのか?」
「やめとけ、白金の俺らが彼等に提示できるメリットがない。アレは上位の傭兵団の誘われてもおかしくない人材だ」
「まぁ、そうなるな。本気でスカウトすると言い出したら止めるところだった」

 うちの団にそんな金銭的余裕はないからな。
 それにしても……

「見れば見るほど、強い。これなら国有数の戦士に……それこそ実力だけなら金剛の団長にもなれるんじゃないのか?」
「まぁ、お前はこの国から出たことがないからそう感じるかもしれんな」
「国外は違うのか?」

 傭兵の等級制度はこの国だけのものじゃない。海外の傭兵団がどれほどのものかは知らないが、そこまで大きな差が出来るとは思えないが。

「違う。ハッキリ言ってこの国は傭兵の本場ではあるが傭兵の質で言えば周辺国でも最も低い部類だ」
「何……? それは一体どういう冗談だ?」
「冗談なものか。数だけは群を抜いていると思うがな。この国は森が多く獣害が他国に比べて圧倒的に多いし治安も悪いから野盗も多い。だからこそ傭兵需要はいくらでもある。そういった事情からこの国では比較的簡単に傭兵になれるんだが、この国の獣は弱いからな。銀や鉄の傭兵を見れば解るだろう? ろくに戦いの経験がなくても簡単になれてしまう」
「そうは言っても、野盗や獣の相手は命がけだろ、簡単とは言えないと思うが」
「お前は本拠にこもって団の運営をしてくれてるから仕方ないことなんだけどな、他国の獣や戦士の強さを知らないからそんな事が言えるんだよ。少し前、俺が古いツテで海外の仕事を手伝ったことがあっただろう?」
「あぁ、覚えてるよ。一傭兵団の団長ともあろうものが恩人の頼みとはいえ単独で団を離れて他所の団の手伝いをするとか言い出したんだ。どれだけ揉めたと思ってる」
「そうだったな」
「まぁ、お前は何事もなく帰ってきたし、アレ以降、お前も団のために色々裏方仕事にも目を向けるようになってくれたから、結果的には行かせてよかったとも言えるけどな……そういえば、簡単な報告は聞いたが、色々あって詳しく何をしてきたか聞いたことはなかったな」

 古い傭兵仲間からの頼みで、外部の大型傭兵団の仕事のヘルプに入っていたというのは確かに聞いた。
 報告書にも特におかしなところはなかった。だからそこで傭兵団の運営を

「報告書とそんなに違いはないさ。その依頼で俺はある傭兵団の仕事の手伝ったんだ。まぁ、その仕事で一国の正規軍と白金の傭兵団が正面衝突して痛み分けしたんだぜ?」
「は? 白金が国と!? 冗談だろう!?」
「所属団員8300人。白金等級傭兵団、緋色の爪。一国と渡り合った大規模傭兵団だよ」
「8300!? ちょっとまて、何だその規模は!? 金剛の間違いじゃ……いや、それにしてもその人数で国とぶつかるなんて正気じゃないぞ!?」
「無論、不意打ちに近い首都直撃戦だったからな。バカ正直に正面から戦争したら10倍居ても厳しいんだろうけどな。正面から国とぶつかるならそれこそ金剛の傭兵団の出番だろうよ。だが、正面からでなければ戦いに持ち込む方法はあるわけで、頭を使って短期決戦に持ち込んだ訳だ。まぁ結局はクライアントが契約違反を犯しただとかで、敵対してた国自体と依頼を結び直して、元クライアントを叩き潰すなんてとんでもな結末に終わったが」

 直前まで国を上げて戦ってた侵略者側である傭兵団と、利害の一致とはいえその場で手を結ぶとか国側もかなり無茶をするもんだが、それを可能とするだけの政治力を傭兵団の方も持ってるって事だよな。普通直前まで戦ってた傭兵がクライアントを裏切って手を組もうなんて言い出しても、何か策を疑われるだけのはずだ。

「ちなみに規模がデカイだけじゃないぞ。平団員の質も、この国の金剛と比肩するといったら?」
「そんな事が……」
「あるんだよ。別にその国が特別だってわけじゃない。この国の傭兵団が、それだけ弱いんだ。俺もその時初めて知ったんだがな、知ってるか? うちの国の傭兵の等級がどういう基準でつけられているか?」
「等級の基準? 強さと規模なんじゃないのか?」
「それなら、何で他国では金等級程度の規模の傭兵団が、この国で金剛を公式で名乗れる?」
「それは……」

 傭兵組合は全国に存在するはず。つまり度の国でも基準は同じに設定しているはずだ。にもかかわらず関わらず、この国の金剛等級が他国では金等級以下でしかないなんて事が起こりえるのか?
 もしそうだった場合、そんな基準をどうこう出来るとしたらそれは……

「この国だけ物差しが違うんだよ。この国は傭兵に寄って発展したが、その結果傭兵が持つ発言力がとにかく大きい。そして、国は自分達を発展させた傭兵の牙が自分達に向け等えっるのを恐れた。結果、王家の近衛騎士団以上になれないよう縛りを設けたんだ。傭兵団の等級の基準は、国軍に対する戦力比で決められてるんだよ」
「そんな事が……」
「あるんだよ。等級を意図的に高く見積もり、規模が膨らみすぎないようにな。結果、力のある傭兵団は細切れにされ、所属数の少ない烏合の衆の出来上がりだ」

 つまり、この王と国軍の見栄のせいで、この国の傭兵ランクが陳腐化して国外に舐められてるってのか?

「そんなにウチの国が弱いってんなら、何で隣国に攻め入られない? 弱兵だらけなら簡単に攻め落とせるはずだろう?」
「……うちの国が周辺国から【傭兵の国】って呼ばれてるのは知ってるよな?」
「常識だろう。傭兵発祥の地だからな」
「意味が違うんだよ」
「違うって、何が?」
「この国を除く世間一般様の常識ではな、弱い自国を守るため周辺国に金をバラマキ、自分達を守る傭兵として雇ってる。そんなこの国に対して嘲りの意味で【傭兵の国】だなんて呼ばれてるんだよこの国は。資源の問題で金だけはあるからな」
「なんだと……」

 【傭兵の国】の意味がそんな揶揄によるもの?
 そんな状況を国民だけが知らないのか? いや、エルマーの話が確かだとするなら、国が情報を隠蔽してるのか。
 そんな姑息な真似で他国に金をばらまくくらいなら、その金を使って素直に傭兵戦力の増強したほうが良いだろうに。権力にしがみつく連中はそんな当然なことにすら目がいかなくなるのか……?
 
「俺の知る限り最大の傭兵団はアストラの黒鉄の傭兵団。現存する最大最古の金剛等級傭兵団で、規模は10万人を超えるはずだ。まぁ、あそこはウチとは違って国そのものが正しく傭兵としてやってるから、傭兵の中でも例外みたいな感じだがな」
「さんっ!?」

 10万って、ちょっとした街の人口を超えているぞ。そんな規模の傭兵団の維持なんて可能なのか?

「あそこは例外としても、霊銀以上はどこも千単位だぞ。まぁ、金剛等級の傭兵団は俺の知る限り2つ、霊銀も4つしか無いはずだがな」
「そんな規模の傭兵団が何十もあってたまるかって話だが……」

 だが、この国では800人規模の傭兵団が金剛最強の傭兵団だと幅を利かせている。その他、金剛だけで10は居たはずだ。
 霊銀の団でも最大で400人前後だった筈。エルマーの言うことが本当なら、その白金の団単体でこの国の傭兵団が蹂躙されてもおかしくないほどの戦力になるぞ。

「びっくりだろ? 俺も初めて聞いたときにはとても信じる気にはならなかったさ。だが、俺はこの目で見たのさ。あの王都で本当の白金等級の戦いを。まぁあそこは実力だけなら霊銀と同格なんだがな。それでもあの傭兵団の精鋭たった一人に、同じ白金であるウチの団全員で掛かってもまず勝てないと思い知らされた。噂話ならいくらでも与太話とはねつけることが出来るが、俺がこの目で実際見ちまったからには言い訳はできねぇよ。それにな……」
「何だよ」

 うちの団長殿は苦虫を噛み潰したような顔で、魔物と戦うあの二人を見て言った。

「あの二人のうちの片割れ、男の方はあの日あの戦場で、そんな傭兵団を相手にたった数人で噛み付いて来たんだよ。俺の担当した部隊も月狼を駆るアイツにやられたんだ。あの野郎、どうやら俺の部隊を潰しやがった癖に俺のことをまるで覚えていやがらねぇみたいだ。 ……いや、戦場で敵の顔なんていちいち覚えてないのが普通だってわかってるんだ。だが俺の記憶にだけ刻まれて相手は眼中にないってのがムカつくっつうか……」
「今のお前、ちょっと気持ち悪いこと言ってるって自覚あるか?」
「判ってんだよ、んな事は!」

 悪態をつきながら、忌々しい表情で、それでもエルマーは戦場から目をそらさない。
 俺も釣られて、戦場を見てみれば、例の二人組があの俺達が手も足も出なかった魔物を経った二人で削り取っている。あんなのが外の国の高位傭兵団じゃ当たり前のように居るとか、悪夢でしか無いんだが……

「お前も、他の奴らにもアイツの強さを目に焼き付けるように行っておいてくれ。この国の中ではめったに見れない本物の傭兵の強さだ。俺達が目指す先には、あんなのがウジャウジャといる世界なんだと心に刻んでおけ」
「そうだったな。あんなバケモノが外じゃ当たり前だなんて聞いたら、お前が語った夢物語も目指すだけの価値があるかもしれんと、この俺でも揺らいでくる」
「あぁ、そうとも。俺達はこんな国の中で腐っていくつもりはねぇ。今は小さくても必ず外の傭兵団とやりあえるくらいの実力を目指すんだ。その為にはかつての敵だろうが何だろうが、俺らの為になるならいくらでも協力してやる」

   ◆◆◆
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