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四章

二百八十八話 討伐隊Ⅱ

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 その緊急性からなのか、不死型の魔物討伐隊は即座に編成され、翌日には目的の峡谷へ出発することになった。
 何故そんな急な編成が実現できたのかといえば、高い報酬に参加者が釣られたというのももちろんあるが、最大の理由は雑費や消耗品などを全て組合側が請け負ってくれたからだ。おかげで準備期間を殆ど必要とせずに今回の討伐作戦の開始へとこぎつけることが出来た。
 それだけ、組合や国のお偉方が今回の件を重要視しているということだろう。
 それに昨日の説明の際、魔物の出現が30年ぶりとも言ってた。たしかにこの近辺のモンスターたちが弱いというのもあるが、その強さと比較するとクフタリアの地下で戦った魔物の強さは一線を画している。不死型なんていう特性がなかったとしても金等級では多くの犠牲を出すだろう。わりかし平和……という訳でもないけど、モンスターの脅威度の低いこの国にとっては30年ぶりの魔物襲撃は、まさに災害レベルの大事件ということなんだろう。

「そろそろ前衛の連中が峡谷の中へ突入、する頃だな」
「はい。我々もそろそろ動くべきですわね」

 俺達の仕事は前衛と後衛の連携を邪魔させないように、邪魔な獣なんかが乱入しないように警戒、排除する役割だ。
 最初はてっきり物資運搬や斥候約なんかをやることになると思ってたんだが……というか物資運搬は実際金の傭兵団が受け持ってるんだけど、斥候とかに関しては金では役不足という事らしい。まぁ対象の脅威度から考えても、白金以上の実力がないと直接接触の危険のある仕事は任せられないということだろう。

 動き出した前衛を、少し下がった位置から周囲の警戒をしながら追従する。同じ警戒役は俺達を含めて3つの金等級の団が任されている。左右を比較的人数の多い団が固め、中央は2人きりの俺達が担当。主に左右どちらかに異常があったときに少数を生かして遊撃的に立ち回る役割だ。

 左右の団は金ではあるものの人数は結構多い。両方共20人近くいる。
 団の規模に対して金で留まってるのは、実績が出せてないのか、或いは筆記試験の方で何か手こずってるって事だろうか。
 ただ、数は力だ。特に今回のような後方の安全確保的な仕事にはうってつけかもしれんな。

「お?」
「はじまりましたわね」

 唐突に、前のほうが騒がしくなったと思ったら、すぐに喧騒に変わった。どうやら戦闘が始まったらしい。

「あるじ様、恐らく戦闘になります。備えておいてください」
「突破されるのか? というか見えてるのか」
「えぇハッキリと」

 すげぇな、千里眼かなんか持ってんのか。峡谷の底はギザギザに切り立った岩盤のせいで細かい曲道のようになってしまっていて視界が悪い。少し先の戦いも、迫り出した岩が邪魔で見通すことがまるで出来ないんだが、イブリスには全て見えているらしい。

「私は波の精霊ですから」

 波と千里眼になんの繋がりがあるのかいまいちピンとこないんだが、イブリスが言うなら意味があることなんだろう。

「彼等では恐らく抑え込めません。というよりも、彼等でなくてもアレを抑え込むのは多分無理ですわね」
「そんなヤベェのか? イブリスから見て、倒せると思うか?」
「今前線で戦ってる方々では無理でしょう。団のランクは確かに白金ですが、実際に白金ランクの実力があるのは団長含めごく一部。団員の平均的な強さは金のとそう違いが有りませんもの。私とあるじ様の二人がかりでなら何とか切り分けることは出来るかと思いますが、それでも封印には人手が必要ですわね。手段を問わないなら私一人でどうとでも出来ますが、正直オススメはしませんわね」

 あぁ、そうか。団の幹部級が白金の条件を満たしてさえいれば白金ランクの傭兵団に認められるって事は、裏を返せば団員全員がそれだけの力を持っているわけではないってことでもあるのか。そう考えると、団のランク=団員の強さはワンランク下くらいに考えておいたほうが良いのか。
 ……となると、一国の精鋭と対等にぶつかりあえる緋爪の質は他の傭兵団と比べて相当高いんじゃないんだろうか?

 それはまぁさておき、俺とイブリスの二人がかりでも倒し切るのは無理ってなると、クフタリア地下のアレよりも厄介ってことになるな。今の俺はあの時よりは確実に強くなってる自覚がある。そして俺の事を知り尽くしてるイブリスが二人がかりでも倒しきれないと言うってことはよっぽどだ。
 強さに加えて死なないってのが相当難易度を押し上げてるみたいだな。

「相当厄介そうってのは判ったけど、イブリスが全力出さないのは何か理由があるのか?」
「いえ、単純に私が出しゃばり過ぎるとつまらないかと」

 あ、そういう……
 まぁ、シアと普通に張り合えるくらいって事は俺よりもかなり強いだろうからな。一応俺が主ってことになってるけど、イブリスが本気出したら俺じゃ打開できないような事も簡単に突破できそうである反面、それに頼ると俺がちっとも成長しなくなるってのは確かにある。
 そういう意味じゃイブリスが言う通り、たしかにつまらない……というか単純に俺の成長の機会が減るから公式チートにはできるだけ頼りたくはねぇな。
 RPGの召喚士のような一発技で自分より強力な存在呼び出すとか、本隊が弱いペットジョブが自分より強いモンスターを従えるとか、そういうのとは違って、イブリスとの誓約は単純な+αの戦力だからなぁ。それがプレイヤーよりも強いんんじゃ流石にどっちが主体かわからなくなっちまう。

「まぁ、そこら辺の判断はイブリスに任せるわ」
「はい、それがよろしいかと」

 まだここからじゃ戦闘は見えてこないが、喧騒は確実に近づいてきている。たしかにこのままだとここまで魔物が雪崩込んで来そうだ。
 左右の団も戦闘の空気に気づいてるみたいだが、注意喚起はしておくべきか?
 ……いや、流石にこんな判りきったこと伝えても『舐めてんのか』とかキレられるだけか。

「来ますわ」

 イブリスの言葉と同時、視界を遮っている岩の向こうから、滑り出るようにして人の上半身だけのような化け物が躍り出てきた。

「というかキメェ!?」

 何というか皮を剥いだ人間の上半身みたいな外見で、全身ヌメっていて、体中に肉腫のようなボコボコがウネッている。毛のようなものは一本もなく、深海魚のようなブヨブヨしてそうな肌をしている。もともと下半身があったのか、引きずっている腹からは尻尾のように背骨が剥き出し、常にヘドロのような体液と内蔵を飛び散らせている。
 一言で言って気持ち悪い。
 そんなのが、コレまた人間の腕そっくりな前足を使って暴れ回ってる。なんか都市伝説にこんなおばけの話あったな。名前は忘れたけど。

「ぐっ!」

 突進は飛び退って躱すことが出来たが、反応が遅れた左を守っていた団のうちの一人がその腕に捉えられていた。
 不死型は獲物を喰らうことで養分を蓄え、その不死性が増すらしい。喰われる前に助け出さねぇと。

「ああああああああああっ!!」

 なんとか救出しようと飛びかかろうと思った瞬間、捉えられた男の絶叫が響き渡った。あの豪腕だ、捕まっただけでも下手すると握り潰されちまうか……と思ったらそういうわけではないらしい。
 掴んだ腕がうごめいたと思ったら、傭兵を掴んだ手から弾けるように肉腫が膨れ上がり、傭兵を飲み込んだ。

「――――――!!!!」

 耳を覆いたくなるような叫喚はすぐに消え、魔物が掴んでいた傭兵だったものを投げ捨てた。アレは骨か?

「アレが不死型の捕まったのもの末路ですの。ああなりたくなければ、決して捕まらないように」
「あんな死に方は絶対にゴメンだな」

 次なる餌を探してか、今度はコッチへ突っ込んできた。近くに別の奴が居たのに何でコッチに来た? ……もしかして、単純に餌の多い所を目指して突っ込んできてるのか?
 まぁ来ちまったものはしょうがない。腕の動きに注意しつつ凄まじい勢いで突っ込んできた魔物をすれ違いざまに切り裂いてみるも、一瞬ドブ臭い体液を飛び散らしただけで、傷口は全く見当たらなかった。結構ざっくりと切り裂いたはずだが、一瞬で傷口がふさがったらしい。イブリスの話からすると、アイツの身体は虫の集合体って話だからな。切られても傷口付近の少数が潰れるだけで、他の虫がすぐにからの形をもとに戻しちまうんだな。

「ナルホド、これは殺せんわ」

 切られた事すらに気が付かなかったようで、再び前線側に向かって突撃を開始し始めた魔物を追って、こちらも追走する。
 どうやら、前衛と後衛の中間地点であまり人の居なかった俺達支援組の持ち場よりも、単純に【餌】が多かった前線を再び目指しているようだ。
 こちらに突っ込んでくる時も、かなりの傭兵たちが跳ね飛ばされてたから、最前線はエライことになってるだろう。

「イブリス、この場合って……」
「後々文句を言われるかもしれませんが、緊急事態ということですぐに我々も攻撃に加わったほうがよろしいかと」
「だよな。よし、そうしよう」
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