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四章

二百八十五話 傭兵稼業Ⅰ

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「本当にさっさと終わったな」

 いくら早く終るだろうとは当たりをつけてたとはいえ、昼過ぎに出て日が暮れる前に討伐依頼3件全部が片付くとは思いもよらなかったな。
 手に入れた報酬でさっさと宿を確保。公衆浴場なんて洒落たものはこの街にはないようなので、近くの川で汚れを落として、服も新調してようやくひと心地つけた。
 仕事上がりで腹も減ったという事で、宿屋の下の酒場で腹ごしらえと洒落込んでいるわけだが……

 どうしてこんなにスムーズに事が運んだのかといえば、それもこれも、何というかこの辺りのモンスターは強さに関係なく殺意が高すぎるからだ。獲物を見つけたらまっしぐらで、傷を負おうが気にせず飛びかかってくる。だからこそ、ちゃんと備えておけば簡単に仕留めることが出来る。探索も追跡も必要ない討伐依頼なんてただの作業だ。

「これで当面の生活費が稼げるというのは、随分とヌルい仕事ですわね」
「だなぁ、協会の仕事と比べて数段難易度が落ちるのに報酬の方はむしろコッチのほうが良いかもしれん」
「この周辺の獣は、普段自分を脅かすような敵が居ないんでしょうか? あまりにも野性味の書ける動きをしますわね」
「確かに、動きが妙に単調な感じはするな」

 討伐難易度で言えば、臆病で音や匂いに反応してすぐ逃げるハイナ周辺の鹿や野犬の方が遥かに難易度が高いだろう。その身をさらせば勝手に出てきてくれるし、瀕死になっても逃げないのだからハッキリ言って入れ食いだ。それこそ、従来型のMMOの討伐クエストモンスター張りの単純挙動で、異様に慎重で生存力の高い野獣が多いこのゲームでは違和感を感じるくらいだな。怒り狂ってたあの森の獣共だってもう少し知的だったように思える。

「これなら稼げる内にここでまとまった金額を稼いで、一気に目的地までの路銀を手に入れてしまったほうが良いかもしれませんわね」
「確かに、他の街でも同じ様に稼げるかどうかは分からんし、この街で確実に金を稼いでおいたほうが後々旅が楽になるか」
「糧は稼げる内に稼ぐものですわ」

 モンスター退治の難易度が、この先訪れる街でもこの街周辺と同じとは限らないからな。
 むしろ、俺の知っている地域から考えるとここの獣がヌルすぎるだけだから、進むに連れ難易度が高くなると思ったほうが良いだろう。

「銀等級と金等級で掲示板に集まる人数の差は見ましたでしょう? 銀は依頼が多い代わりにそれ以上に依頼を受ける側も多いですが、金は依頼のほうが過多気味です。なら討伐系の依頼を我々で根こそぎ消化する勢いで稼いでしまうのが良いでしょう」
「そうだな。まずは10日と区切って金策に集中してみよう」

 こう言うのは期限区切ってやらないとズルズルと引きずりかねんからなぁ。
 本拠地を近くに構えていると言うなら兎も角、俺達は旅の身空だ。金を稼ぎすぎても持ち運びに困るし、宝石に換えても再換金でそれなりに差っ引かれるから、余程一度に大金を手に入れたとかでない限りはある程度の適正金額で止めるべきだ。紙幣のないこの世界で貨幣は全て金属の塊。財布は何気に重いのだ。

「しかし、ここの飯は何気に美味いな……」
「味付けはシンプルですが、香辛料を使っているからですわね。あちらでは料理の味付けの大半が塩と酢でしたし」
「あぁ、それでか!」

 確かに塩味の裏に少しだけスパイシーな感じがする。
 ハッキリと香辛料とわかるような使い方ではなく、塩味の裏の隠し味程度のものだけど、それだけでも料理の味は天と地ほどの違いがある。
 日本食は味がしっかりしているせいで、最初はこのゲームの料理には物足りないと感じていたが、慣れるもので塩味しか無い……というか場合によっては塩味すら無い飯ばかり食ってると、このちょっとした違いにすら感激を覚えるようになったんだよなぁ。
 だからこそ、アルヴァストでは香辛料と抱えるだけ買ったんだが、俺のカバン、エリス達はちゃんと確保しておいてくれたかな?
 ……よし、10日の稼ぎで少し金に余裕が出るようなら少し香辛料買っておくか。美味い飯はそれだけでやる気が出るしな。

「よろしければあるじ様の料理は私が作りますわよ? それなりに腕に自信ありますし」
「そうなのか? 料理自慢ってならぜひ頼みたいところだけど」

 俺の飯なんぞ初戦は有り物で強引に作る男飯が関の山だからな。代わりに作ってくれると言うなら普通に助かる。

「以前の契約者や誓約者は、揃いも揃って秀でた才能を持っていた反面、生活能力というものが欠如していましたので。宿主を生かすために料理選択家事といった一通りのことは自然とこなせるようになりましたわ……」
「いや……なんつうか、イブリスも苦労してきたんだなぁ」
「好きで手に入れた技術ですし、後悔はしてませんが……時折思うことはありますわ。私、精霊ではなく家政婦か何かなのではないかと」

 主人に対して妙に執着心が強いイブリスのことだ。主人が苦手とする事を次々に覚えていった結果、そっち方面のスキルがどんどん磨かれていったんだろうなぁ。
 俺も家事は得意な方ではないから、少しは注意したほうが良いかもしれん……

「まぁ、料理はイブリスに任せるとして、他にも色々旅のための道具類を仕入れなおさんとなぁ」

 何だかんだでシアと共に結構な距離を旅したおかげで、アルヴァストに居た頃に比べて旅に必要な知識を結構手に入れることができた。必要な装備類の知識や旅での注意点なんかはシアから結構スパルタで仕込まれたからな。
 必需品類は全て手に入れておきたい。それに、国を跨いで移動する必要があるから頑丈で大容量のカバンもほしい所だな。この辺りは金をケチらず質の良いものを揃えたい。
 消耗品をケチったときどうなるかは、シアの特訓で嫌というほど地獄を見せられたからな……今までゲームでは低レベル帯の装備は殆ど拾い物のアイテムとかで補って、レベルカンストするまで装備に金をかけない事が多かったが、シアとの特訓でその考えを完全にひっくり返された。
 使い捨てだろうがなんだろうが、必需品はケチったら駄目、絶対。

「随分とアレに仕込まれたようですわね……まぁ知っていて損のない知識ですから文句はありませんが」
「あぁ、頭に思い浮かべてたか」
「かなり表層まで記憶が浮かび上がってましたわよ? 怯えの感情をはらんでいる所を見るに、よっぽどひどい目に合ったようですわね」
「シアの特訓はスパルタ……というか、軽い地獄だからな……」

 特にアルシュでのマンツーマンは悪夢のような厳しさだった。まぁその御蔭で得たものはかなり大きかったが……正直あんな過酷な特訓は二度とやりたくはねぇな。

「軽い地獄程度で、役に立つ知識や技術が手に入るなら、恵まれているとは思いますけども」
「お前の契約者達、一体どんなハードな人生送ってたんだ?」
「ハードと言うか……今まで私と契約してきた者達は既になにかしら極まって者達ばかりでしたので、成長の余地と言うものが殆どなかったんですわ」
「まぁ、俺は何も極まったもの無いけどな。伸びしろしか無い」

 格ゲーなら兎も角、MMOはライトに遊んでたからなぁ。しかもVRともなると話題で気になって登場初期に少しやった程度だ。極まるもへったくれもない。
 まぁMMOッつっても、ジャンル的にはそうであってもむしろファミリー用の体を使って遊ぶリアクションゲームの方が近いんだが。

「あら、あるじ様もその判断速度は中々に他にはないものだと思いますわよ?」
「そうか?」
「少なくとも、凡百とは一線を画してますわ」

 ……まぁ、格ゲーなんて特に随所で判断求められるゲームやってたからなぁ。自覚はないんだが、そのジャンルでトップクラスをやれてたって事は少なくとも一般人よりは確かに判断速度は早いかもしれない。
 ラッシュ中に中段見てから立ってガードするとすげぇ盛り上がるしな。盛り上がるってことは周囲から凄いことしてるんだって思われてるって事だろうし。
 いうても、人よりちょっとだけ対空と中段の反応早いだけなんだけど、でも確かに戦いになるとそういう判断速度の微妙な差で勝敗が分かれることもあるだろうし、たった一瞬の判断速度の違いが俺が思っているよりも評価高いのかもしれないな。
 まぁ、判断が早いだけで反応速度が早いかどうかはまた別の話なんだが。

「それじゃ、その判断速度を駆使して明日からも金策に励みますかね」
「そうですわね、あるじ様がほしい物も加えて考えれば、多少稼ぎすぎくらいにやって良いかもしれませんわ。余剰金は香辛料にすれば嵩張りませんし」

 大昔の胡椒商人みたいだな。まぁ、軽くて単価の高い商品で、宝石と違って自分で使うっていう選択肢もあるって言うと香辛料は俺にとってはかなり便利に扱える交易品ってことになるしな。
 そういう事なら少し頑張って金策に励んでみますかねぇ。




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前話がうっかり送信ミスで掲載出来ていなかったようなので、二話まとめての更新になります。
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