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四章
二百七十七話 隠者の洞Ⅰ
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レンに呼ばれ、奥に立ち入った俺を待っていたのは、くすんだ白髪の青年だった。
レンは父さんと呼んでいたが、見た目の歳の頃は俺とそう変わらないように見える。まぁシアやレンっていう見た目と歳が釣り合わないキャラを直近で繰り返し見ているせいであまり違和感はないな。
ファンタジーものだと見た目と歳が一致しないキャラなんて結構ザラだしな。
「お前がキョウか」
「名乗った覚えはないんだけど、自己紹介は必要なさそうだな」
「ああ。互いに名乗り合うような間柄でもないだろう」
コミュ障か?
いや、俺も人のことはあんま言えんけど、名乗りすらしないってのはどうなんだ?
俺の名前を知ってたから俺からの自己紹介の必要はないだろうと思っての発言だったんだが、まさかそっちも紹介なしとは。
まぁ、科学者とかって偏屈なキャラ結構多いし、こいつもそういった感じのキャラだなのかね?
「要件はおおよそ把握している」
……何でだよ?
俺の事情を知ってるのはシアだけのはずだ。なんせこちらに飛ばされてから、シア以外に話したことがないからだ。
「もしかして俺が知らないうちに、シアが前もって伝えておいてくれたのか?」
「いや? あいつはお前達とずっと一緒にいただろう。お前の件は別口からの依頼だ」
「別口……?」
此処に俺が転移してきたという事を知っているのはシアだけのはず。エレク達にすらどうやってコッチに来たのかまでは説明してないってのに、一体どうして……
「管理者T1と言えばわかるか?」
「……!?」
田辺さんか!
それに、管理者のことを把握してるってことは……
「アンタ、NPCではなく開発側の人間か!」
「リバースカーの社員と言う訳ではないがな。外部の開発協力といった感じだ」
となると、その仲間だっていうシアも似たような感じの可能性が高そうだな。
であれば、シアのあの馬鹿げたステータスや謎の知識量、ユニークな種族設定にも納得がいく。GMアカウント専用の強力なパラメータを持ったアバターというのはどのジャンルのネットゲームでもよくある話だからな。
長期間眠りについていたという話も、実際は別件作業でしばらくログインしてなかった事とかの整合性を取るためか……?
「俺が此処に転移していること、あの人は気づいてたのか!?」
「いや、お前が何処に飛ばされたのかまでは把握してはいない。可能であれば、と捜索を頼まれただけだ。まさかこんな近くに居るとは流石に思わなかったがな」
「それじゃ、アンタが伝えてくれれば俺はすぐに戻れるということか」
「やろうと思えば今すぐ可能だ。だがそれは出来ない」
は?
「何故に?」
「T1から、何の手も打たないまま連れ戻すのは不味いと言われている」
「手を打たないまま?」
どういう事だ?
「お前のボディに妙なプログラムが仕込まれていたことは知っているな?」
「……バックドアプログラムか!」
「アレが何時、どのようにして仕込まれたのかが未だに把握できていないらしい。今回の転送問題もお前にプログラムを仕込んだ側による攻撃である可能性がある以上、何の手立てもなく連れ戻すわけにはいかんということだ」
「なるほど……」
未だに原因も目的も分からんが、俺の殻に違法プログラムを仕組んだ輩は未だに見つかってないって事だな。
で、そいつが俺のアバター狙いでやらかしてきた場合、のこのこ帰ればまた目をつけられる危険があるという訳か。
「今現在、お前の個人情報へアクセスできなくなっているだろう?」
「あぁ。なんかバグってんのかローディングのグルグル状態のままフリーズしてる」
「アカウントへのアクセスを一時的に遮断しているからそうなっている。だが、そのせいでお前のアバターを狙っている相手からもお前の位置は特定できなくなっている。アカウント情報という、ゲーム内におけるGPSが途絶しているわけだからな。当然本社のシステムを使用しているT1からもお前の位置は特定できない状況なんだが、安全策を取ったという事だろう」
つまり、田辺さんは俺のことを捜索出来なくなる事よりも、俺のアバターを狙った相手が俺の居場所を察知できなくなる方を優先したわけだ。
ただ、今こうやって田辺さん側の人間にちゃんと接触できている辺り、前もって勝算があると考えての選択だったって訳か。
「あれ、ちょっとまってくれ。アカウントデータと切り離されてるんだとしたら何故俺はこの体を動かせているんだ!?」
「お前のボディ……アバターの操作と個人情報の管理しているサーバが別々に存在しているからだ。お前のそのアバターの情報はクレイドルの中に存在していて、そのアバターとリバースカー社のアカウント管理サーバの情報が紐付けられてNEW WORLD用のキャラクターとして使用されている」
「なるほど……?」
「……判ってないな? そうだな……かなり端折って言うが、お前のクレイドルにはゲームのグラフィックデータが、ゲームの本サーバにはそのグラフィックを正しく反映させたり、プレイヤーの行動を記録したデータが別々に入っている。それくらいは分かるな?」
「それくらいはまぁ」
ネトゲとかってのは間違ってクソデカなクライアントゲームデータを削除しちまったり、スマホアプリを消しちまったりしても、消えるのはあくまでシステムやマップ、3DグラフィックデータやBGMとかであって、キャラクターのパラメータ自体は運営会社の方でアカウントを管理してるから、インストールしなおせば普通にまたやり直せる。
「そして、そのプレイヤーの行動を記録したデータと、プレイヤー自身を結びつけるのがアカウントであり、アカウント用の専用サーバに保管されている。このアカウントによって、プレイヤーがロクアウトしても、パスワードやIDでアカウントを割り出すことで、正確にプレイヤーがアカウントへ再アクセス出来る訳だ」
「流石に俺もゲーマーだからな。詳しい仕組みはわからなくても、アカウントの役割については分かってる」
「だがそれは普通のプレイヤーであればの話だ。お前は違う。お前はその特殊性から専用クレイドルから直通でゲームサーバへアクセスしている。つまり、正規のアカウントが発行されていない」
そう言えば以前田辺さんがそんなようなことを言っていたような……?
ネットゲームと言っても普通のRPGやアクションとそう変わらない。キーボードやパッドがあれば、ゲームのクライアントデータさえインストールされていれば、ゲームによってはソロプレイ専用のオフラインモードでキャラクターを動かすことは出来るし。このゲームもそれと同じって訳か。
「お前にバックドアプログラムを仕込んだのは運営会社内の何者かの可能性が高いとT1は見ている。そのため、今のお前は本社のサーバからアカウント情報のみ切り離されている状態になっている」
「そんな状態で、クフタリアに戻って大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないな。突発だった前回と違い、網を張られている中再びサーバ間を移動すれば、恐らくバグとして察知されるだろう」
「……だよな」
これだけ広大な世界の中の特定地域の突発的な状況に対してログを精査するのはとんでもない手間がかかると以前田辺さんから聞いている。だからこそ、俺のアバターに悪さした『敵』はランダム転移した俺のことを探しきれていない。
だが、何らかの網を張られている中に飛び込めば、よほど馬鹿でない限り相手に見つかってしまう可能性は高いと言うことだ。
何故『敵』が俺のアバターに拘るのか理由がさっぱり判らんが。
「だから、お前のアバターの属性を一時的にNPCとして偽装する」
「NPCに偽装って……それ、大丈夫なのか?」
「全く問題ないとは言えんな。プレイヤー属性と違い、現在と同様にステータス表示の更新やUIの機能の大半が使用できなくなる。今はバグとして表示されてはいても、パラメータウィンドウ自体は表示できるだろう。だがNPCになると、そもそもUIへのアクセス権限そのものが存在しない」
「おいおい……それ大丈夫なのか?」
それって、ただでさえリアリティの高すぎるこのゲーム世界の中の数少ないゲーム要素まで削られてくってことか?
というか、ゲームでステータスウィンドウ開けなくなるのってはっきり言って致命的過ぎて……
……いや、まてよ?
「何を危惧しているんだ? お前のデータの履歴を見るに、ステータスウィンドウのアクセス履歴から元々そんなに使用していなかったようだし、そこまで大きな問題にはならんだろ」
「そういやそうだった」
バグって使えないのと、最初からそんな機能がないってのはかなり大きな差だとは思うが、結局使えないのなら状況的には何も変わらないんだよな。
しかも話を聞くに、たとえ使えるようになったとしてもそれはソレでヨロシクなさそうだ。俺のアバターに悪さした奴に俺の居場所を知られかねない訳だからな。
となれば、元々俺はステータスウィンドウの使用頻度は極端に少なかったし、取得したスキル確認とかに、たまーに使ってただけで、インベントリや装備ウィンドウに至っては最初の頃からほぼ使ってなかったしな。
こちらに飛ばされてからも大して不便に感じていなかったことからも、全く使えなくなっても別に困りはしねぇわな。
「それで、そのNPC偽装は時間がかかるのか?」
「いや、既に準備は終わっている。本社側のサーバを経由しなくてもお前のキャラクターデータのパラメータはこちらで直接入手可能だったからな。あとはアバターの造形をそのまま適応させたNPCボディを用意するだけで良かった。位置情報のデータ移動と同時に今のアバター自体はこちらで保管し、転移先に用意されているNPCボディに操作権限が差し替わる事になる」
なるほど。既に向こう側に用意されたNPCボディに乗り換える感じか。今の俺は本社側から切り離されてるとはいえ、それでもアバターデータが移動すれば足がつくかもしれないが、既に移動先にNPCアバターがあるなら、本社側からは見かけ上データが動いたようには見えにくい訳だな。
「あれ、でもそんな事ができるなら、転移前の俺のログを使って、俺のアバターをまるごとコピーすれば『敵』は簡単に俺のアバターを入手できるんじゃないのか?」
「データのコピーだけなら可能だが、アバターの再現となるとそうは行かない。このシ……いやゲームにおいては個性を大きく重要視している。だからプレイヤーであればアカウントIDに、NPCであれば管理IDに解読不能な膨大な乱数が組み込まれている。それらと、アバターのパラメータを組み合わせることで才能といった形でステータス上のものとはまた別のポテンシャルを発揮できるようになっている。だから、『敵』が何を狙っているのかはまだわからないが、データをコピーして抜き出すだけでは思ったせいかを得られないという訳だ」
「内部犯ならそういう事情も当然知ってるわけだ。だから俺に妙なプログラムを仕掛けたりしてまで何かしようとしてた……と」
というか才能なんてものまで組み込んでるのか。しかも乱数だから伸ばしたくて伸ばせるようなものじゃないあたりも妙にリアルな……
アカウント情報に紐付けされてるなら変更もできないし、ある種のキャラガチャみたいなもんだなコレ。まぁ、一般プレイヤーは乱数なんて知りようがないから、数値的に存在しない才能なんて不確かなステータスならそう問題にならない……のか?
「あれ、でもアカウントデータと紐付いてない場合、レベルアップとかってどういう扱いになるんだ? どれだけやっても何も成長しないとかは結構怖いんだが……」
「アカウントデータに記録されるのは位置情報や所持アイテムやイベント変数、パラメータ情報等様々なものが多いが、基本的にそういったデータが変動しているのはプレイヤーが所持するクレイドルの中の話だ。本社サーバに記録されるのはあくまで数値の写しでしかない。所謂セーブデータというやつだな。クレイドル側で電源を落としてリセットされていてもそのアカウントでログインすれば保存されたデータの『写し』読み込むことで、再びクレイドル内で同じパラメータのアバターを再構築するわけだ。だが、お前はこのゲームを始めてから一度でもログアウトしたことがあるか?」
「……あ」
してない。
……というか出来ねぇんだよな。
「そういう事だ。お前はログアウト自体にロックが掛かっているのだからサーバからデータを読み込む必要がない。説明した通り、本社のサーバに記録されるのは変動している数値データのみで、実際にプレイして変動し続けているのはクレイドル内のデータの方だ」
思ったよりも普通な仕組みだな。ゲーム開発に関わっていたとはいえプログラム関係には詳しくない俺だが、ネトゲのデータ保持方法として俺でも知ってるようなスタンダードなタイプとは違うと思う。
「パラメータをクレイドルの方をメインに変動って言うけど、それってチートとか簡単にできちゃうんじゃないのか?」
「クレイドルのデータを簡単に改ざんできるものならな」
そう言うからには、普通のパソコンでデータ弄るのとはわけが違うってことか。
まぁ、普通のパソコンとはわけが違うような感じは、見た目やスペックからもなんか伝わってくるしな。
「何にせよ、俺にとってアカウントデータって今の所失ったところで特に何の問題もないわけか」
「全く無いとは言えんがな。アカウントを乗っ取って……或いは何らかの権限で奪い取られてアバターデータを引っこ抜かれる可能性は十分ある」
「……怖いこと言うなよ」
「だが事実だ。とはいえ、ログイン中のアカウントにはロックが掛かるようになっているからな、お前がログインし続ける限りは真っ当な方法ではそういった手段も取ることはできんだろう。それこそサーバを落としたりして無理やり強制ログアウトさせる等の手段を使わない限りな」
「でも、相手は運営の中に潜んでる可能性が高いんだろう? BANとかで無理やり排除してくる可能性だってあるんじゃないか?」
「それに関してはT1が既に手を打っているようだ。お前は接続方法が特殊だからな。そのアカウントも特殊アカウント扱いになっていて、管理は責任者であるT1が直接している。物理的に奪うような真似でもしない限り、アカウントへの直接攻撃の危険は少ないと考えていいだろう」
「なるほどなぁ」
確かに、俺がアカウント情報持ってたって入力できねぇし、運営の、しかも信頼できる人が管理してくれていると言うならそれが一番いいな。
「でも、悪意にしろ偶然にしろサーバダウンなりメンテナンスでサーバリセット掛かった場合、俺ってどうなるんだ? アカウントから切り離されるってことはログイン操作も受け付けなくなるんじゃねぇのか?」
「現状テストサーバでのサーバのメンテナンスは各サーバのローテーションで行っているから、メンテナンス中にサーバがダウンするという心配はしなくて良い。製品版の方では念の為に過負荷等でサーバがダウンした時に備えて、ゲームサーバからの応答が途絶えた時点で専用サーバへパーティやアライアンス単位でインスタンスルームが生成され、その中で待っていればサーバ復旧後はルーム内のプレイヤーは優先的、自動的にサーバダウン時の状況へ復帰できるようになっている」
あ~、MOの待機部屋みたいなのが自動で生成されて避難させられるのか。で、待ってれば自動で復旧してくれると。それならログアウトログインが出来なくても平気っぽいな。
「ちなみに、これはただの興味本位なんだが、ログアウト中はどういう扱いなんだ? 一応知人がログアウトしたところは見たことあるけど、普通にゲーム内にアバター残ってるよな?」
「お前達のプレイするALPHAサーバは兎も角、製品版NEW WORLDでは、プレイヤーがログアウト中もキャラクターのアバターデータが睡眠中という状態で保持されるが、アレはログアウト時のデータをその場に残しているだけの残像のようなものだな。睡眠中はHPやSPといった基礎ステータスに装備データ、バフ、デバフ情報、所持品情報情報、位置情報、パーティ情報だけになり、ログアウトした瞬間HPを除くデータ値が固定化される。実質、ただのマネキンだな」
そうやってログアウト中のボディを残さないと、人間と遜色ないレベルの思考能力を持つNPC達から見れば、突然プレイヤーが行方不明になるようなもんだからな。特に宿屋の主人とかは夜逃げでもされたのかと驚いてしまうだろう。だけど、睡眠中のアバターデータは話を聞くに簡略化されているわけか。まぁ、そうでもしてデータ量を抑えていかないと、どんだけスゲェ超絶サーバでも耐えきれないって事か。
しかし、睡眠中はパラメータオール0か。どんなにレベル高くても寝込みを襲われれば大ピンチってわけだな。睡眠のバッドステータスとか超危険そう。
それにしても、ALPHAは兎も角って一言がすげぇ気になるところだけど、まぁ想像通りって事なんだろうな。
レンは父さんと呼んでいたが、見た目の歳の頃は俺とそう変わらないように見える。まぁシアやレンっていう見た目と歳が釣り合わないキャラを直近で繰り返し見ているせいであまり違和感はないな。
ファンタジーものだと見た目と歳が一致しないキャラなんて結構ザラだしな。
「お前がキョウか」
「名乗った覚えはないんだけど、自己紹介は必要なさそうだな」
「ああ。互いに名乗り合うような間柄でもないだろう」
コミュ障か?
いや、俺も人のことはあんま言えんけど、名乗りすらしないってのはどうなんだ?
俺の名前を知ってたから俺からの自己紹介の必要はないだろうと思っての発言だったんだが、まさかそっちも紹介なしとは。
まぁ、科学者とかって偏屈なキャラ結構多いし、こいつもそういった感じのキャラだなのかね?
「要件はおおよそ把握している」
……何でだよ?
俺の事情を知ってるのはシアだけのはずだ。なんせこちらに飛ばされてから、シア以外に話したことがないからだ。
「もしかして俺が知らないうちに、シアが前もって伝えておいてくれたのか?」
「いや? あいつはお前達とずっと一緒にいただろう。お前の件は別口からの依頼だ」
「別口……?」
此処に俺が転移してきたという事を知っているのはシアだけのはず。エレク達にすらどうやってコッチに来たのかまでは説明してないってのに、一体どうして……
「管理者T1と言えばわかるか?」
「……!?」
田辺さんか!
それに、管理者のことを把握してるってことは……
「アンタ、NPCではなく開発側の人間か!」
「リバースカーの社員と言う訳ではないがな。外部の開発協力といった感じだ」
となると、その仲間だっていうシアも似たような感じの可能性が高そうだな。
であれば、シアのあの馬鹿げたステータスや謎の知識量、ユニークな種族設定にも納得がいく。GMアカウント専用の強力なパラメータを持ったアバターというのはどのジャンルのネットゲームでもよくある話だからな。
長期間眠りについていたという話も、実際は別件作業でしばらくログインしてなかった事とかの整合性を取るためか……?
「俺が此処に転移していること、あの人は気づいてたのか!?」
「いや、お前が何処に飛ばされたのかまでは把握してはいない。可能であれば、と捜索を頼まれただけだ。まさかこんな近くに居るとは流石に思わなかったがな」
「それじゃ、アンタが伝えてくれれば俺はすぐに戻れるということか」
「やろうと思えば今すぐ可能だ。だがそれは出来ない」
は?
「何故に?」
「T1から、何の手も打たないまま連れ戻すのは不味いと言われている」
「手を打たないまま?」
どういう事だ?
「お前のボディに妙なプログラムが仕込まれていたことは知っているな?」
「……バックドアプログラムか!」
「アレが何時、どのようにして仕込まれたのかが未だに把握できていないらしい。今回の転送問題もお前にプログラムを仕込んだ側による攻撃である可能性がある以上、何の手立てもなく連れ戻すわけにはいかんということだ」
「なるほど……」
未だに原因も目的も分からんが、俺の殻に違法プログラムを仕組んだ輩は未だに見つかってないって事だな。
で、そいつが俺のアバター狙いでやらかしてきた場合、のこのこ帰ればまた目をつけられる危険があるという訳か。
「今現在、お前の個人情報へアクセスできなくなっているだろう?」
「あぁ。なんかバグってんのかローディングのグルグル状態のままフリーズしてる」
「アカウントへのアクセスを一時的に遮断しているからそうなっている。だが、そのせいでお前のアバターを狙っている相手からもお前の位置は特定できなくなっている。アカウント情報という、ゲーム内におけるGPSが途絶しているわけだからな。当然本社のシステムを使用しているT1からもお前の位置は特定できない状況なんだが、安全策を取ったという事だろう」
つまり、田辺さんは俺のことを捜索出来なくなる事よりも、俺のアバターを狙った相手が俺の居場所を察知できなくなる方を優先したわけだ。
ただ、今こうやって田辺さん側の人間にちゃんと接触できている辺り、前もって勝算があると考えての選択だったって訳か。
「あれ、ちょっとまってくれ。アカウントデータと切り離されてるんだとしたら何故俺はこの体を動かせているんだ!?」
「お前のボディ……アバターの操作と個人情報の管理しているサーバが別々に存在しているからだ。お前のそのアバターの情報はクレイドルの中に存在していて、そのアバターとリバースカー社のアカウント管理サーバの情報が紐付けられてNEW WORLD用のキャラクターとして使用されている」
「なるほど……?」
「……判ってないな? そうだな……かなり端折って言うが、お前のクレイドルにはゲームのグラフィックデータが、ゲームの本サーバにはそのグラフィックを正しく反映させたり、プレイヤーの行動を記録したデータが別々に入っている。それくらいは分かるな?」
「それくらいはまぁ」
ネトゲとかってのは間違ってクソデカなクライアントゲームデータを削除しちまったり、スマホアプリを消しちまったりしても、消えるのはあくまでシステムやマップ、3DグラフィックデータやBGMとかであって、キャラクターのパラメータ自体は運営会社の方でアカウントを管理してるから、インストールしなおせば普通にまたやり直せる。
「そして、そのプレイヤーの行動を記録したデータと、プレイヤー自身を結びつけるのがアカウントであり、アカウント用の専用サーバに保管されている。このアカウントによって、プレイヤーがロクアウトしても、パスワードやIDでアカウントを割り出すことで、正確にプレイヤーがアカウントへ再アクセス出来る訳だ」
「流石に俺もゲーマーだからな。詳しい仕組みはわからなくても、アカウントの役割については分かってる」
「だがそれは普通のプレイヤーであればの話だ。お前は違う。お前はその特殊性から専用クレイドルから直通でゲームサーバへアクセスしている。つまり、正規のアカウントが発行されていない」
そう言えば以前田辺さんがそんなようなことを言っていたような……?
ネットゲームと言っても普通のRPGやアクションとそう変わらない。キーボードやパッドがあれば、ゲームのクライアントデータさえインストールされていれば、ゲームによってはソロプレイ専用のオフラインモードでキャラクターを動かすことは出来るし。このゲームもそれと同じって訳か。
「お前にバックドアプログラムを仕込んだのは運営会社内の何者かの可能性が高いとT1は見ている。そのため、今のお前は本社のサーバからアカウント情報のみ切り離されている状態になっている」
「そんな状態で、クフタリアに戻って大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないな。突発だった前回と違い、網を張られている中再びサーバ間を移動すれば、恐らくバグとして察知されるだろう」
「……だよな」
これだけ広大な世界の中の特定地域の突発的な状況に対してログを精査するのはとんでもない手間がかかると以前田辺さんから聞いている。だからこそ、俺のアバターに悪さした『敵』はランダム転移した俺のことを探しきれていない。
だが、何らかの網を張られている中に飛び込めば、よほど馬鹿でない限り相手に見つかってしまう可能性は高いと言うことだ。
何故『敵』が俺のアバターに拘るのか理由がさっぱり判らんが。
「だから、お前のアバターの属性を一時的にNPCとして偽装する」
「NPCに偽装って……それ、大丈夫なのか?」
「全く問題ないとは言えんな。プレイヤー属性と違い、現在と同様にステータス表示の更新やUIの機能の大半が使用できなくなる。今はバグとして表示されてはいても、パラメータウィンドウ自体は表示できるだろう。だがNPCになると、そもそもUIへのアクセス権限そのものが存在しない」
「おいおい……それ大丈夫なのか?」
それって、ただでさえリアリティの高すぎるこのゲーム世界の中の数少ないゲーム要素まで削られてくってことか?
というか、ゲームでステータスウィンドウ開けなくなるのってはっきり言って致命的過ぎて……
……いや、まてよ?
「何を危惧しているんだ? お前のデータの履歴を見るに、ステータスウィンドウのアクセス履歴から元々そんなに使用していなかったようだし、そこまで大きな問題にはならんだろ」
「そういやそうだった」
バグって使えないのと、最初からそんな機能がないってのはかなり大きな差だとは思うが、結局使えないのなら状況的には何も変わらないんだよな。
しかも話を聞くに、たとえ使えるようになったとしてもそれはソレでヨロシクなさそうだ。俺のアバターに悪さした奴に俺の居場所を知られかねない訳だからな。
となれば、元々俺はステータスウィンドウの使用頻度は極端に少なかったし、取得したスキル確認とかに、たまーに使ってただけで、インベントリや装備ウィンドウに至っては最初の頃からほぼ使ってなかったしな。
こちらに飛ばされてからも大して不便に感じていなかったことからも、全く使えなくなっても別に困りはしねぇわな。
「それで、そのNPC偽装は時間がかかるのか?」
「いや、既に準備は終わっている。本社側のサーバを経由しなくてもお前のキャラクターデータのパラメータはこちらで直接入手可能だったからな。あとはアバターの造形をそのまま適応させたNPCボディを用意するだけで良かった。位置情報のデータ移動と同時に今のアバター自体はこちらで保管し、転移先に用意されているNPCボディに操作権限が差し替わる事になる」
なるほど。既に向こう側に用意されたNPCボディに乗り換える感じか。今の俺は本社側から切り離されてるとはいえ、それでもアバターデータが移動すれば足がつくかもしれないが、既に移動先にNPCアバターがあるなら、本社側からは見かけ上データが動いたようには見えにくい訳だな。
「あれ、でもそんな事ができるなら、転移前の俺のログを使って、俺のアバターをまるごとコピーすれば『敵』は簡単に俺のアバターを入手できるんじゃないのか?」
「データのコピーだけなら可能だが、アバターの再現となるとそうは行かない。このシ……いやゲームにおいては個性を大きく重要視している。だからプレイヤーであればアカウントIDに、NPCであれば管理IDに解読不能な膨大な乱数が組み込まれている。それらと、アバターのパラメータを組み合わせることで才能といった形でステータス上のものとはまた別のポテンシャルを発揮できるようになっている。だから、『敵』が何を狙っているのかはまだわからないが、データをコピーして抜き出すだけでは思ったせいかを得られないという訳だ」
「内部犯ならそういう事情も当然知ってるわけだ。だから俺に妙なプログラムを仕掛けたりしてまで何かしようとしてた……と」
というか才能なんてものまで組み込んでるのか。しかも乱数だから伸ばしたくて伸ばせるようなものじゃないあたりも妙にリアルな……
アカウント情報に紐付けされてるなら変更もできないし、ある種のキャラガチャみたいなもんだなコレ。まぁ、一般プレイヤーは乱数なんて知りようがないから、数値的に存在しない才能なんて不確かなステータスならそう問題にならない……のか?
「あれ、でもアカウントデータと紐付いてない場合、レベルアップとかってどういう扱いになるんだ? どれだけやっても何も成長しないとかは結構怖いんだが……」
「アカウントデータに記録されるのは位置情報や所持アイテムやイベント変数、パラメータ情報等様々なものが多いが、基本的にそういったデータが変動しているのはプレイヤーが所持するクレイドルの中の話だ。本社サーバに記録されるのはあくまで数値の写しでしかない。所謂セーブデータというやつだな。クレイドル側で電源を落としてリセットされていてもそのアカウントでログインすれば保存されたデータの『写し』読み込むことで、再びクレイドル内で同じパラメータのアバターを再構築するわけだ。だが、お前はこのゲームを始めてから一度でもログアウトしたことがあるか?」
「……あ」
してない。
……というか出来ねぇんだよな。
「そういう事だ。お前はログアウト自体にロックが掛かっているのだからサーバからデータを読み込む必要がない。説明した通り、本社のサーバに記録されるのは変動している数値データのみで、実際にプレイして変動し続けているのはクレイドル内のデータの方だ」
思ったよりも普通な仕組みだな。ゲーム開発に関わっていたとはいえプログラム関係には詳しくない俺だが、ネトゲのデータ保持方法として俺でも知ってるようなスタンダードなタイプとは違うと思う。
「パラメータをクレイドルの方をメインに変動って言うけど、それってチートとか簡単にできちゃうんじゃないのか?」
「クレイドルのデータを簡単に改ざんできるものならな」
そう言うからには、普通のパソコンでデータ弄るのとはわけが違うってことか。
まぁ、普通のパソコンとはわけが違うような感じは、見た目やスペックからもなんか伝わってくるしな。
「何にせよ、俺にとってアカウントデータって今の所失ったところで特に何の問題もないわけか」
「全く無いとは言えんがな。アカウントを乗っ取って……或いは何らかの権限で奪い取られてアバターデータを引っこ抜かれる可能性は十分ある」
「……怖いこと言うなよ」
「だが事実だ。とはいえ、ログイン中のアカウントにはロックが掛かるようになっているからな、お前がログインし続ける限りは真っ当な方法ではそういった手段も取ることはできんだろう。それこそサーバを落としたりして無理やり強制ログアウトさせる等の手段を使わない限りな」
「でも、相手は運営の中に潜んでる可能性が高いんだろう? BANとかで無理やり排除してくる可能性だってあるんじゃないか?」
「それに関してはT1が既に手を打っているようだ。お前は接続方法が特殊だからな。そのアカウントも特殊アカウント扱いになっていて、管理は責任者であるT1が直接している。物理的に奪うような真似でもしない限り、アカウントへの直接攻撃の危険は少ないと考えていいだろう」
「なるほどなぁ」
確かに、俺がアカウント情報持ってたって入力できねぇし、運営の、しかも信頼できる人が管理してくれていると言うならそれが一番いいな。
「でも、悪意にしろ偶然にしろサーバダウンなりメンテナンスでサーバリセット掛かった場合、俺ってどうなるんだ? アカウントから切り離されるってことはログイン操作も受け付けなくなるんじゃねぇのか?」
「現状テストサーバでのサーバのメンテナンスは各サーバのローテーションで行っているから、メンテナンス中にサーバがダウンするという心配はしなくて良い。製品版の方では念の為に過負荷等でサーバがダウンした時に備えて、ゲームサーバからの応答が途絶えた時点で専用サーバへパーティやアライアンス単位でインスタンスルームが生成され、その中で待っていればサーバ復旧後はルーム内のプレイヤーは優先的、自動的にサーバダウン時の状況へ復帰できるようになっている」
あ~、MOの待機部屋みたいなのが自動で生成されて避難させられるのか。で、待ってれば自動で復旧してくれると。それならログアウトログインが出来なくても平気っぽいな。
「ちなみに、これはただの興味本位なんだが、ログアウト中はどういう扱いなんだ? 一応知人がログアウトしたところは見たことあるけど、普通にゲーム内にアバター残ってるよな?」
「お前達のプレイするALPHAサーバは兎も角、製品版NEW WORLDでは、プレイヤーがログアウト中もキャラクターのアバターデータが睡眠中という状態で保持されるが、アレはログアウト時のデータをその場に残しているだけの残像のようなものだな。睡眠中はHPやSPといった基礎ステータスに装備データ、バフ、デバフ情報、所持品情報情報、位置情報、パーティ情報だけになり、ログアウトした瞬間HPを除くデータ値が固定化される。実質、ただのマネキンだな」
そうやってログアウト中のボディを残さないと、人間と遜色ないレベルの思考能力を持つNPC達から見れば、突然プレイヤーが行方不明になるようなもんだからな。特に宿屋の主人とかは夜逃げでもされたのかと驚いてしまうだろう。だけど、睡眠中のアバターデータは話を聞くに簡略化されているわけか。まぁ、そうでもしてデータ量を抑えていかないと、どんだけスゲェ超絶サーバでも耐えきれないって事か。
しかし、睡眠中はパラメータオール0か。どんなにレベル高くても寝込みを襲われれば大ピンチってわけだな。睡眠のバッドステータスとか超危険そう。
それにしても、ALPHAは兎も角って一言がすげぇ気になるところだけど、まぁ想像通りって事なんだろうな。
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気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷
くみたろう
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彼女の名前は東堂翠。
怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。
最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。
その要因は手に持つ箱。
ゲーム、Anotherfantasia
体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。
「このゲームがなんぼのもんよ!!!」
怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。
「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」
ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。
それは、翠の想像を上回った。
「これが………ゲーム………?」
現実離れした世界観。
でも、確かに感じるのは現実だった。
初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。
楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。
【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】
翠は、柔らかく笑うのだった。
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