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四章

二百七十一話 ありふれた特訓風景Ⅱ

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「まぁコレでわかったじゃろ? お主らはキョウとの差が縮まらないと嘆いておったが、実際には縮まるどころか開いておる。そこまでの開きを感じぬ理由は単純にお主等が新しい事に手を付けたことで、今がまさに一番伸びる時期にあるからに過ぎん。簡単に覚えられる部分を吸収しきって伸び悩み始めたとき、その差は明確に出てくるじゃろうな」
「「……」」

 二人共黙り込んでしまったが、表情に焦りが見える。ようやく実感が追いついてきたんだろうな。
 シアの特訓で自分達がはっきりと強くなっていく実感があったからこそ、シアの言う通りに何も考えずに従っていれば強くなると思考停止していた所があったんだろう。でも、身近にそれだけじゃない俺という存在が居たことで考え方を変えざるを得ないと言うわけだ。
 でもそれで良いと思う。少なくとも強くなるためには考える必要があるという事は、コレまで以上に身に刻みこんだはずだからな。

 この辺の感覚って、ゲーセンデビューしたときに俺も味わったんだよなぁ。
 強くなったと思ったら、自分の手に入れた強さは周りの人間にとって当たり前に持ってるものなだけで、それまでは同じステージにすら上がれてなかったって気づいたときのあの感覚。これって人間相手にやらないと中々気づけ無いんだよな。

 今と違って、昔はネット対戦なんて出来ないほど回線が貧弱だったこともあって、格ゲーの対戦といえばゲーセンでの対戦しかなかった。
 家庭用ゲーム機での移植版とかも出てはいたけど、昔の移植格ゲーなんてトレーニングモードとか無い物も多かったから、施設育ちの俺には家に友人を呼べるはずもなく、もっぱら対CPU戦がメインだった。
 幸い、施設の子供達は俺以外みんなテレビゲームよりも外で遊ぶ方が好きだったため、ゲーム機は殆ど独占できて、練習時間を確保することが出来た。
 流石に同じゲームを繰り返しているうちに飽きては来たけど、ゲーム雑誌の立ち読みなんかで、強いコンボなんかを知ると、またそれを試したりするだけで楽しかった。
 まだガキだった俺にとっては、CPU戦だけでもそれなりに楽しめはした。
 ただ当時はスーパーなんかにも小型の格ゲー筐体が置かれるようになった時期で、狭い範囲で対戦ゲームに触れ易くなった時期でもあったんだが、運良くなのか悪くなのか、俺はそこで対人戦の楽しみを知ってしまった。
 もちろん、友達と100円で対戦して勝った負けたと騒げる程度ではあったけど、勝ち続ければ仲間内ではそれなりにちやほやされていい気になってたんだよなぁ。ゲーム上手いって言われるのは、ガキの集まりではそれなりのステータスでもあったしな。

 それで、気が大きくなった俺は、ちょっと勇気を出して初めてゲーセンに足を踏み入れた。地元の閑散としたゲーセンではなく、電車で数駅離れたところにある都市部の大きなゲーセンだ。
 対戦台に誰も座っていない地元のゲーセンと比べるとびっくりするほど人が居て、人気ゲームの対戦台の後ろには何人も観戦者が居る、そんな場所だった。
 そこで、初めて対戦して、緊張はしたがなんとか勝つことが出来た。それでついに自分もゲーセンデビューだと気分が切り替わった。そのまま2連勝だったか3連勝だったかしたあとだったと思う。対面台がざわついて雰囲気が変わったのがすぐわかった。その次に入ってきた相手に手も足も出ないくらいにボッコボコに倒された。

 殆ど何もさせてもらえず、『あいつ』には文字通り手も足も出なかった。
 それが悔しくて仕方なくて、負けた後自分も対面台の後ろに回って、その日は自分を倒した相手の戦いをずっと見ていた。
 その日、そのゲーセンの中では『あいつ』の強さは圧倒的で、40連勝くらいしていたと思う。実際はもっとしていたのかもしれないが、電車の時間もあって俺はそこで帰宅したからその先はわからない。
 
 家に帰って、『そいつ』の勝ち方を覚えている限り全てメモした。そして、自宅でCPU相手にそれを実戦することで色々確かめまくった。
 それまで俺は、ジャンプ攻撃して、そこからゴリ押しでコンボを正確に決めれば勝てていた。対空されたらそれは相手が上手いだけ。いつかはミスる時がくるから、その一回のミスでそれ以上のリターンを取ればいいという単純な戦い方だ。
 でも、『そいつ』にはそれが一切通じなかった。ジャンプ攻撃はすべて撃墜された。対空必殺技でじゃない。通常攻撃で撃墜されて、そこから更にコンボを決められて一回の撃墜で大ダメージを食らってしまった。しかも偶然じゃない。間違いなく狙われていた。ジャンプ攻撃で攻めることしか知らなかった俺は、その時点で攻め方が判らなくなってしまい、戸惑ったところを攻め込まれて、ガードを固めたところを投げで崩されて負けてしまった。

 当時の俺にとっては、CPUの戦い方とも自分の戦い方とも違う初めて見る戦い方だった。そして今のままじゃ絶対に勝てないというのも同時に理解した。だから、俺はその新しい戦い方をコピーしようとした。

 結果、それまでとは全く違う戦い方になった。迂闊にジャンプすると撃墜されて大ダメージコンボを食らってしまうのは理解できていたから、自然に地上で戦うようになった。前ジャンプで距離を詰められなくなったので、リーチの長い技の先端を相手に当てるようにして、じわじわと距離を詰める戦い方になった。
 また、相手のジャンプ攻撃に対して、ガードではなく対空技を振れるようになることを徹底するようになった。最初は反応できなかったけれど、相手のジャンプを常に警戒するように地上戦をしているうちに、少しずつ反応できるようになった。まぁ地上戦しているフリで、常に対空だけ狙っていたとも言う。
 
 そして、自分が納得できるくらいその戦い方を身に着けて、ついにリベンジに挑んだ。
 結果は惨敗。

 地上戦に固執した結果、飛び道具で距離を離されたり、牽制の振り合いで負けたり。そしてフェイントの垂直ジャンプでこちらの対空攻撃を空振りさせられた隙にコンボを叩き込まれたりもした。『そいつ』は俺みたいに地上戦するフリで対空一点読みの戦い方ではなくて、相手の戦い方を見てその場で戦い方をしっかり組み立てていた訳だ。だからちょっと戦い方が変わっただけで、対応力のなかった俺はボコボコに叩きのめされちまったという訳だ。

 でもその戦いの内容は前回とは違う。一ラウンドも取れなかったけれど、ちゃんと戦いにはなっていた。それが無性に嬉しかった。自分が成長していると実感できたし、今回の負け方から、もっと強くなる情報をいくつも手に入れることができた。コレでまた一歩この最強に近づけたと理解できた。

 そこからは、自宅練習ではなく、施設出身の俺にとっては貴重な小遣い握りしめてゲーセン通いの毎日だった。
 CPU相手じゃフェイントや牽制合戦の対策なんて出来ないからだ。会話にもできるだけ混ざるようにした。当時ガキだった俺にとって周りは年上ばかりだったけど、同じゲームプレイヤーという事で割とすんなりと話題に混ざることが出来た。『牽制』とか『差し合い』『差し替えし』とかの用語の意味なんかも色々教えてもらった。彼らは凄く『教えたがり』だったからな。
 そんな中で『あいつ』との勝負で牽制合戦で、どうして同時に攻撃を出したのにこちらが負けていたのかも理解することが出来た。いわゆる判定負けというやつだ。そして、技の発生速度とか判定の強さとか、それまであまり考えなかった要素の重要さ、どうして特定の技が強いと言われるのか、その理由なんかと言ったそれまで一切手元になかった知識を兎に角手当たりしだいに覚えまくっていった。
 そうしていくうちに、如何に自分が使っていたキャラのことを知らなかったのかを思い知ることになった。

 そこから、一気に自分の戦い方が広がったと思う。
 野良試合での勝率が一気に上がり、店内大会でも上位に食い込めるようになっていった。

 そうやって、知識と思考が強くなる為にどれだけ重要なのか身を持って学んだ下地があるからこそ、経験と同じくらいに知識を重視する今の俺があるし、上達のために他人を頼ることに躊躇を感じなくなったのも多分この辺りの影響だと思う。

 そして、最強だと信じていたそいつが、全国大会ではベスト16にも残れずに敗退したのを見せつけられて、自分がいかにレベルの低い所にいたのかを衝撃とともに嫌というほど思い知らされたんだよな。

 今のエレク達は、例えるなら『アイツ』にボコられて、地上戦を意識し始めるた頃の俺だ。シアから訓練を受けて今までの自分の戦い方とは違う『考えて戦う』事を覚えて、でもそこにしか目が行ってなかった頃のな。
 考えてみれば仕方ないのかもしれない。ここ何十年も戦争がなく、クーデターに参加していたわけでもないエレク達の相手は人間ではなく野獣相手が殆どだろう。つまり、駆け引きとかそういったものを身につける必要性を感じなくても仕方がない。

 一方、俺は平和な社会で獣に襲われるようなこともなく、ガキの頃からゲーセンで対人戦を狂ったように繰り返してきた。頭を使わないと勝てない相手とひたすら対戦を繰り返してきたわけだ。エレク達のように身体を使っていたわけではなく、所詮は指先だけのゲームに過ぎないのは間違いないが、人読みやフェイントといった勝つための工夫といった小手先の技術は伸びに伸びた。
 そして、身体を使った戦いというエレク達のフィールドに立ちながらも、俺の適正がエレク達よりも高いのは、エレクが俺やシアといった対人を意識して強さを測っているからというだけの話なんだよな。
 多分、対野獣戦で考えると、それはそれでまた結果が変わってくるかもしれない。
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