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四章

二百六十五話 神輿の苦悩Ⅰ

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 あの後、結局何事もなく街へ帰還した私達は一度解散し、宿へ戻った。
 流石に砂まみれで、あのまま話を続けるのをみんな嫌がったから、まぁ自然な流れで。
 私としても、下着の仲間で砂まみれ、しかも汗で張り付いて気分は最悪だったので大賛成で乗っかった。

 で、スッキリしたところで協会の支店……じゃなくて支部かしら。顔を出して今回の件の参考人として色々と付き合うことになった。
 今回、神子として音頭を取ったファルスがそのあたりは全部引き受けてくれたから、私としてはぼーっと突っ立って、時折される質問に答えるだけの楽な仕事だった。
 正直何が辛いって、立ちっぱなしなのが一番辛かったくらいかしら。

 結局の所、私達や他の生き残りのタリスマンから私が状況に対して警告したことや、クルドくんによって追い出されたことが証明された。
 ちなみに私達と一緒に追い出されたパーティも、別のサルヴァ教徒との会話で私達と似たようなことを言ったために疎まれて現場を外されたというのが判った。要するに私達との会話は思想承認みたいなものだったらしい。
 そういうのは雇い入れる前にやっておけと言いたかったのだけど、子供のやることにイチイチそこまで突っ込むのもね。

 まぁ、子供と言ってもやらかした事と、結果的に出た損害から到底許されるものではなく、一定期間の幽閉と労働刑、さらに結構長くの賠償金が課せられる事になった。こちらの世界には少年法なんて無いから、普通に大人と同じ刑罰のようだった。
 賠償金に関しては、主人であるファルスが支払うらしい。本人は特に何もひどいことはしていないのだけど、従者の責任は主人が負うというのが常識なんだとか。ご愁傷さまとしか言いようがないわね。

 ファルス的にはサルヴァの刑罰で裁きたかったようだけど、やらかしたのはこの国で、被害者の大半がこの国の協会員ということで却下された。いくら神子様の権威と言っても、流石にここは覆されなかったようだ。
 ちなみに、刑罰の重さで言うと実はサルヴァの裁きのほうが過酷なものらしいと後で聞いた。それだけ、ファルスは責任を感じていたということなのかしら?

 そして、どうやら当のクルドくんから私は相当恨まれてしまったみたい。すごい目で睨まれている。はっきり言っていい迷惑なのよね。宗教的な思想で相容れなかったのは確かだけど、私は彼に対してなにかした訳ではないのだから勝手に恨まれても困る。
 勝手に暴走して、勝手に被害を出して、勝手に主人から見放されただけだ。誰かを恨む前にまずは自分の行動を省みて欲しい。

 ……というわけで、若干一名に恨まれはしたものの、今回の依頼は無事終わらせることが出来た。
 解散ということで、ヘイオスたちも引き上げ、ここに残っているのは金銭ではない報酬を求めた私達とサルヴァの関係者だけだ。

 これで、情報さえ貰えば、クルドくんに恨まれようが知ったことじゃあないし、さっさと次の目的地にたどり着ける……そう踏んでいたのだけど、ここで当てが外れてしまった。報酬……つまりハティちゃんの情報についてはすぐには渡せないと言われてしまった。
 長時間拘束するが、情報は依頼達成後、即座に渡すと言う契約で私達はあの砂漠へ同行した。それなのに、流石にそれは契約不履行じゃないかと怒って見せたら、ファルスから平謝りされた。

 どうもファルスは私達への報酬が情報だというのは知らされなかったらしい。いくら独自の強力な情報網を持っているとは言え、聞かれてすぐ何でも答えることが出来るわけではないので、十日ほど時間が欲しいという話だった。事情を知ってみれば、確かにいきなり情報寄越せと言われても、調べるべき対象すら知らされてないのだからそりゃ時間もかかるわよね。
 クルドくんはどうも、神子様の威光をもってすれば、只人である私の求める情報なんてすぐに集まるものだと思いこんで、事前に話を通しもせずに安請け合いしたらしい。
 思えば、クルドくんの言葉は「もしかしたら」「かもしれない」という希望的観測を含みながら、何故か最後は断言で終わっていたと思う。恐らく、今回の件も『「もしかしたら」神子様の情報網なら簡単に手に入るに違いない』なんて考えで、彼の頭の中では既に私が欲しい情報を手に入れた気になっていたのかも知れない。
盲信もここまで来るとヤバいわよねぇ。主に盲信されるファルスが最大の被害者なのかもとおもってしまった。

 実際、今回の件が相当堪えているのか、報酬の話が終わった途端頭を抱えていた。
 流石に少し可哀想になってくるが、慰めの言葉を掛けようとして、考えを変えた。
 何故なら、被害者であるはずの私達をファルスの付き人たちがすごい顔で睨んでいたから。
 今回の件については彼らも含めて関係者立ち会いのもと、タリスマンの記録から全てが詳らかにされている。
 にもかかわらず、どうも彼らにとっては一方的に現場から外され、報酬についても額面通り受け取れなかった私達のほうが悪人という事らしい。意味が解らないわ。
 私達がクルドくんを罠に嵌めたとでも思ってるのかしら? 或いは神子様の権威に泥を塗ったとか?
 どちらにせよ攻めるべきはクルドくんであって、私達ではないでしょうに。

 頭を抱えて机に突っ伏していたいたファルスも、不穏な空気を感じたのか顔を上げて自分の付き人達の変化に気づいたようだった。
 顔をしかめ、頭痛を堪えるように眉間を揉むと、付き人質を全て部屋の外へ追いやってしまった。
 戻ってくるなり私達に謝罪する辺り、どうも彼は私達に近い常識を持っているらしい。普通は地位が高くなるに連れ考えが凝り固まっていくような印象を受けるのだけど、どうやら彼に限ってはそうではないらしい。

「私は、国外で様々な任務を請け負ってきましたから。高ランクのパーティや冒険者といった無頼の民ともよく行動を共にしたからでしょうね。サルヴァの考え以外にも様々のモノの考えというのはあるのでしょう」
「外を知ったおかげで変な偏見からは解き放たれた、か。でもソレって、サルヴァの教義的にどうなのかしら?」
「決して宜しくないでしょうね」

 あ、その自覚はちゃんとあるんだ。

「ですが、様々な他の教義や流儀、場合によってはサルヴァにとっては邪教と呼ばれる者達とも接する機会があり、様々な考え方があるのだと知ってしまった。そして、翻ってサルヴァの教義を見返せば、どうしてもその傲慢さが目についてしまうのですよ」
「あ~……」

 傲慢。そう、傲慢よね。
 聞いた限りではサルヴァの教えは基本的に博愛主義だった。節制を是として隣人を愛せよっていうテンプレート的なやつ。困っていたら助けてあげなさいとか、悪いことをすれば神から見放されますとか、わたしの聞いた限りではその教え自体は至って健全で何も問題があるようには聞こえない。
 ならどうして、ここまで排他的かつ傲慢になってしまったのかと言えば、そんなもの運用する人間の問題に決まっている。どうせ、教義の適用相手に「ただしサルヴァ教徒に限る」とでも教育しているんだろう。

 サルヴァの狂信者は、自分の教義以外を認めない。他を悪と断じて全く取り合おうとしないのはあの壊れた神官やクルドくんだけでなく、先程追い出された従者たちも、あの態度から察するに恐らくそうだと思う。
 ソレだけならまだ可愛げがあるが、彼らは他者の考えを認めないくせに、他者へ自分たちの教義を押し付けるのよね。そして自分たちの教義に従って他者に平気で死を押し付けようとする。
 やってることはまさに悪名高い中世における主流は宗教による宗教弾圧とやってることは変わらない。近代化発展したこの時代に置いてすら宗教紛争による自爆テロや人質殺害のニュースは時折目にすることがあるのだから笑えない。
 心の平穏を保つために宗教にすがるのを悪いとは思わないけれど、ソレを強要し、受け入れられない者は殺してしまえだなどと正気じゃない。サルヴァに限った話じゃないけど、キョウくんが宗教家を激しく嫌う理由の一つだ。

 今回の依頼にしても、クルドくん達に言わせると、魔物を退治したりせず、大人しく教国の言うことに従って遺跡に手を出さず、魔物による驚異を受け入れるべきだ等と、まるで当然のように言っていた。
 ゲームでも現実でも、宗教家はろくでもないと、その辺りは変わらないというのはなんというか皮肉な話よねぇ。

「だからこそ、私に付き従う従者には布教や教化、度を超えた思想の押しつけを禁止するように徹底しているのですが、彼らは私の考えを全く理解していなかったようです。嘆かわしい……」

 当の神子様は、融和……とは違うか。異教の考えについて寛容であれと思想の押しつけの禁止を指示しているのに、その神子を崇拝する従者たちによって、その禁止事項を無視された結果が今回の大損害の原因だというのだから浮かばれない。
 
「口ではあなたを崇拝するふりをしていながら、実はそうではなかった……と言うことかしら?」
「……そうでない事は薄々気付いているのでしょう? 貴女の言うとおりの理由であれば、楽で良かったんですが……」

 つまり、神子を心から崇拝しすぎた従者たちは、事の善悪などの関係なく、神子の心を害する相手を許さない……と。そしてその為には神子の命令すら踏み越えるというわけか。
 本末転倒とはまさにこのことじゃない。一瞬平和を叫びながら警察に火炎瓶投げつけるデモ隊のニュースを思い出したわ。
 方向性は違うが、まさにアレと同じくらい醜悪な何かだ。

「いや、本当に見苦しいものを見せた。心配しなくともあなた達への報酬……情報についてはわたしが強権を奮ってでも手に入れられる限りの情報を伝えることを約束しよう」
「その言葉が聞けただけで、こんな茶番に付き合ったかいがあるというものね」
「そう言ってくれると助かるよ」

 そう言って座る彼の顔は、魔物と戦った時よりも疲れて見える。
 ホント、サルヴァの信者は信用ならないけれど、彼だけは、ファルスにだけは心から同情するわね。

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