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四章

二百六十四話 砂漠の魔物Ⅱ

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「オオオォォォォォ!」

 叫び声とともに突貫するヘイオスに並ぶようにして、一気に距離を詰める。
 普段なら、わざわざ位置を知らせるような雄叫びを……なんて思う所だけど、今回に限っては私達は囮。だからむしろああやって目立つようにするほうが正解。
 じゃあ何で私がそれをしないかと言えば、囮役ではあるものの、こっちはこっちでダメージが与えられそうなら狙っていきたいから。

 ヘイオスが視線をひきつけた所で、私は側面から背後に回る。
 魔物のあの顔を見る限り、恐らく複眼なのだろうけど、蟲と違ってあの魔物は肩幅が広い。目の構造的に側面もカバーする事ができたとしても、自分の身体の死角までは目が届かないでしょう?

 死角からいっきに腹下へ駆ける。

 狙いはさっき焼かれた腹。私の槍を受け止めた剛毛は今はもう焼け落ちてその下の肌が見えている。そこを再度……突く!

「シッ!!!」
「!!?」

 どうやらこの魔物は、同じ虫のような外見をしていても、私達が遺跡で戦った魔物と違って叫び声を上げたりはしないらしい。まぁ蟲なら鳴かないのが普通なんだけどね。
 ただ、蟲型とは言え痛覚はあるらしい。ヘイオスに釘付けだった魔物の視線が無言でこちらへと向いている。

 こちらを突き刺すようにして脚が来る。

「……右上」

 なら右手前、倒れ込む! ……いけた!
 相手の攻撃の射程上から身体を外す事に成功。次は……

「どこを見てんだぁ!?」

 今度は振り向いた魔物の腹をヘイオスが狙って注意をそらす。その隙に離脱に成功。
 ……皮膚を貫くことは出来なかったけど、刃は刺さった感触はあった。やっぱり嫌がる程度には効いている。
 となれば……

「ふぅっ……!」

 再び背を向けた魔物の腹を、今度は私が狙い撃つ。
 大声で注意を引くヘイオスと、できるだけ静かに立ち回る私で前後挟み撃ちにして、どちらかに注意が向いたところで、もう一人が腹を狙う。
 単純だけど知恵の足りない魔物の動きを封じるには十分すぎるほど効果的みたいね。

 時折危険な瞬間が訪れても……

「こちらを忘れてもらっては困るね」

 別の角度からファルスが白い炎で魔物を焦がすことで間を埋めてくれる。
 即席だけどなかなかのコンビネーションじゃないかな。攻略サイトで予習済みメンバーでのボス攻略だってもう少しぎこちないものなんだけどね。

「クソ、ある程度の手応えはある。だが、決め手に掛けるな」
「そうね、効いてはいると思うのだけど……」

 腹を破れない。致命的な一撃にまでは届かないのよね。
 時間をかけられれば消耗戦に持ち込めると思うのだけど、砂漠でこの炎天下だ。蟲は疲れ知らずと言うし、多分時間を掛けるほど不利になるのはこちらの方だ。

「ただ、まぁ……私達が致命傷を与えなきゃいけないって訳でもないんだけど」

 そう、あくまで努力目標。
 私達の本来の目的は陽動で、本命は……

「隙だらけ。いただき」

 音もなく忍び寄って魔物の背中を駆け上がったエリスが、芋虫状のキモイ何かがあったその付け根を深くえぐったのがここからでも見えた。
 目に見えて苦しみ暴れた魔物だけど、勢いよく暴れすぎたのか勢い余って根本から腕がもげてしまっている。
 どうやら背中が弱点ということで間違いないみたいね。しかも……

「あ~……腕やら頭やら、細い銅の割にえらく肩幅が広いと思ったら、かなり無茶なバランスで色々くっついてたのね」
「みてぇだな。根本が絶たれて継ぎ目が緩んだか」

 腕がもげた痛みにさらに動きを激しくしていたが、なんとそのまま上半身までもげてしまった。完全に自滅よねあれ。
 予想していたよりも遥かにあっけない幕引きで、ちょっと拍子抜けではある。地下遺跡の魔物と同じくらいの強さかと思ったけど、自滅するほど頭悪いところを差し引くと、こっちのほうが弱かったわね。

「不完全燃焼な終わり方だけど、とりあえずこれで一安心って所かしら……ね!」

 念の為魔物の死体に火を放つ。
 死んだふりをするほどの知能はないと思うけど、一応念の為。魔物なんて得体のしれない存在、何があってもおかしくないからね。

「ああ、ひとまずこれで安全は確保したと言っていいだろうよ」
「お疲れさまでした。いや、お二人共素晴らしい活躍でした」
「そう? まぁそれなら報酬に色を付けてくれると嬉しいわね」
「それはもう。魔物討伐の功労者ですから」

 よし、ほしかった一言が引き出せた!
 出資者から言質が取れたのは大きいわね。これなら魔物とやりあっただけの価値はある。

「で、遺跡の中に他の魔物は?」
「そこは問題ない。遺跡自体は単純な構造で一番奥にこいつが巣を作っていた。初手で巣を焼いたし、構造も一本道だったから、他に魔物は居ないはずだ」
「なら、これで今回の依頼は完了……って事になるのかしら?」
「そうですね。まぁ、月並みですが、報酬のお支払いは街まで無事帰還してからです。ソレまでは油断なされぬよう」
「それはそうね。大事なことよ。何にせよ、目下の驚異を排除できたのはめでたい話よ」

 少なくともあとは無事に帰るだけで依頼完了。
 水や食料なんかは前もってこちらに配置された時点で持ち出しているし、帰還分には十分足りるでしょ。

「全くだ。だが、まだだ。まだ問いたださなきゃならねぇ事が一つある」
「ええ、そうですね……クルド」  

 名前を呼ばれたクルドくんはビクリと肩を震わせる。俯いているため表情は見えないが、まぁどんな顔をしているかは察しが付く。

「何故これほどの戦力を、遠ざけるような真似をしたのですか? 職務に忠実なあなたが、安易にそのような事をするとは正直信じがたいのですが」
「あの、それは……」

 こっちに視線を向けてくるが、当然無視。
 彼の判断で大勢が死んでいるのだから、ここで助け船を出すのは違うでしょ。

「あの、あの方々が、和を乱す発言を……それに不敬を働いたので、場の空気を壊さないように反抗的な方々を隔離するつもりで……」
「……と、クルドは申しておりますが、あなた方の言い分を聞かせて頂けますか?」

 一応、一方だけの意見を鵜呑みにするつもりはないっていうポーズかしら?
 まぁ、聞く耳もたない奴よりはよっぽど好感を持てはするわね。

「言い分ねぇ。遺跡の方から戦闘音が聞こえたから、警戒すべきだと忠告したら、神子様が窮地に陥るなどありえない、神子様の実力を疑うなんて不敬だ! ……って感じだったかしら?」

 クルドくんが変に誤魔化したぶんだけ、少し脚色してやろうかとも思ったけれど、どうせ後でタリスマン調べればバレちゃうし、ありのまま伝えておきますか。

「外に出たのも、私達に見られたくない儀式やるから外へ言ってろって感じね。他のパーティは中に残したままなのにね。疑うなら私達と一緒に外に追いやられたあっちのパーティに聞いてみると良いわ」
「ふむ……その言葉に偽りは有りませんね?」
「偽った所で後でどうせバレるじゃない。『コレ』しらべればさ」

 多分、タリスマンの事なんて判った上で言ってるんだろうけど、まぁ私達の無実の証明になるわけだし付き合いましょうか。

 まぁ、判っていなかったクルドくんは顔を青くしてるんだけど。
 協会を頼るの初めてって言ってたし、多分タリスマンの事とかまでは頭に入ってなかったんでしょうね。
 そもそもタリスマンって協会員どうしの報酬関連のトラブル回避のためのセーフティみたいな話だったから、依頼者側への説明はなかった可能性もあるのかしら。

「わかりました。では、街へ戻り次第、協会でタリスマンの確認した後に沙汰を決めましょう。ヘイオスもソレで良いですね?」
「事の次第がハッキリするなら、俺はソレで構わん」
「……と言う訳です。お手数おかけしますが、お二人にはもう暫く付き合ってもらう事になると思います」
「いや、別にソレは構わないと言うか、どの道報酬についても話す必要があるし、どちらにしろ一緒に帰るのは変わらないでしょ」

 なんというか、すごく建前全開の会話なのだけど、神子なんてやってると、そういうのを気にしてないといけないのかしらね?
 私も営業の時は色々言葉に気を使ったけど、ソレに輪をかけたようにガチガチに外面を意識した感じがする。
 常にそんな所に気を使わないといけないなんて、なんだか疲れそうねぇ。

「話がついたのなら、さっさとこんな砂漠とはオサラバすんぞ。こんな所にいるだけで干からびちまうぞ」

 ソレには全力で賛同するわ。
 こんな所で戦ったせいで砂と汗で福の中がもうザラザラになっている。
 こういう所の不快感は、本サーバの方に引き継がれなくて本当に良かったと思うわ。
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