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四章

二百六十二話 砂漠の遺跡Ⅳ

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「ノルドくん」
「はい、あの、何でしょうか?」

 少しソワソワしている感じ、音には気付いてる……のよね?

「どうやら内側で何かあったみたいだけど? 戦闘音も聞こえているようだし潰走してくる危険もあるけど、この場合あなたに雇われてる私達はどうすれば良いのかしら?」
「あの、神子様方が負けるというのは考えられません。恐らく帰還していた所に襲撃を受けたのかと」

 随分と信頼しているみたいね。
 まぁ神子様達の強さが噂通りなら確かに負けるなんてのは考える必要はないのかも知れないのだけど。
 ……ただ、ねぇ。

 私達は、思いも寄らないところでとんでもないバケモノと遭遇する危険があるってことを身にしみて知っているから、どんなに強い人が居ても楽観なんて出来ないのよねぇ。
 遺跡にいた魔物くらいならまだ良い。アレはアレで強敵だとは思うけど、キョウくんがやってみせたように、やり方次第でなんとかなると思うから。
 でも、以前お城の前で遭遇した、キョウくんたちが「鬼」と読んでるアレなんかは不味い。勝てるビジョンがまるで思い浮かばなかった。ゲームデータなのは解ってるのにプレッシャーで脇汗凄いことになったし。あんなのが突然現れるかも知れないと思うと、油断なんてしてられないのよね。

「内側は私達が当たるわ。あなた達は外を警戒。ノルドくんは休憩中の連中に指示を……」
「あの、そこまで警戒するのは神子様方の実力を軽視すると取られて、その、不敬に……」
「不敬で危険を排除できるならソレで良いじゃない。魔物相手なんだからどんなトラブルが起こるかもわからない。それに備えるのは大事なことでしょう?」
「それは神子様の実力を軽んじすぎです。それに、神子様程ではないにしろ、実力のあるへイオス殿もおられるのです。万が一……などと考えることそのものが侮辱に当たりましょう」

 侮辱て……
 ヘイオスって、話の流れからすると勇者の卵くんのことよね?
 彼があのバケモノ騎士団のその団長と互角というのが本当で、神子様とやらがそれよりもさらに強いというのなら、実際大抵の事には対処できてしまうと思う。
 私が知る限り、ハティちゃんとあの『鬼』以外でそんな高レベルを相手度れるような驚異は、まだこのゲームを始めてから遭遇したことがない。
 でもそれは、このサーバでプレイを初めてまだそんなに時間は立っていないというのに、少なくとも私は2つ、どうにもならない驚異を身を持って知っているという事でもある。
 ……なんて事をこの子に行っても多分理解できないんでしょうねぇ。コレ以上対立しても心象を悪くするだけかぁ。

「ま、責任として危険性は伝えたわ。ただ雇い主はあなただし、あなたの支持に従いましょ」
「……あの、それでは、神子様やヘイオス殿方を迎え入れるための準備をお願いします。食事や毛布の用意は我々で行いますので、協会の皆様は攻略班の皆様がすぐに休めるよう広場を開けていただいて、洞窟外の警戒に当たって頂きたく……」
「そう、了解。指示に従うわ」

 クライアントにそう言われては仕方ない。
 まぁ、戦闘音が間近に聞こえるという状況でさえなければ指示の内容は至って普通のものだし、カネを払う側が危険など無いから気にするなと言うのだから、そこでこの話は終わり。

「それと、神子様方が帰還された後、我々の手で色々と為す事があるので、申し訳ないのですがこちらが呼びかけるまでここへの立ち入りをしないようにお願いします」
「それは流石に無茶じゃない?」
「おい、俺達に干からびろって言ってるのか!? 外はまだ真昼だぞ!」

 コレには私だけじゃなく、一緒に居た別パーティのリーダーも食って掛かる。
 そりゃそうよね。こちとら真面目に護衛してたのに、突然炎天下の砂漠のなかに放り込まれようとしてるんだから。

「いえ、日陰に入るくらいであれば問題有りません。ただ、あの、外に秘密が漏れると色々と都合の悪い儀式なども執り行う事になりそうなので、申し訳有りませんが……」
「日陰だろうがなんだろうが、日の届く位置がどれだけの灼熱地獄か、ココに来るまでで解ってんだろうが! 当然、報酬に色はつくんだろうな?」
「そこは、ハイ。無茶をもうしている自覚はありますので、報酬にさらに上乗せさせていただきます」
「チッ……それならいい」

 正直全然良くない。
 儀式がどうこう言ってる割には、出ていくのは私達だけ。他の休憩中のパーティに声をかけないってことは、あまり従順とは言えない私達だけを追い払いたいって訳ね。少々口うるさくしすぎたかしら?
 ただ、金払いで終わる他のパーティと違い、私達の報酬は情報だ。変に反抗してこれ以上へそを曲げられたりして、情報を出し渋られたんじゃたまらない。

「私達は洞窟の入口に待機。何があってもあなた達が呼びに来るまでは中に入らない。コレで良いのかしら?」
「はい、あの、それでお願いします」
「そう。それじゃさっさと私達は行かせてもらうわ」
「お、おい……」

 正直、腹が立たないかと言われると、腹立たしいものはある。でも、ココでごねても仕方ない。
 それに私は危険に対して対応を進言したし、最低限の責任ははたしているのだから、後は何が起こっても自己責任だ。

 しっかし教国出身の人にとって、神子様とやらは相当求心力があるみたいね。さっきのノルドくんの様子も、もっともらしい事を言って私達を外番させていたけど、アレは自分たちだけで神子を迎えたい的な願望がダダ漏れだったように見える。
 あんな子供をあそこまで妄信的な狂信者に変える宗教とか、正直関わり合いになんてなりたくないんだけど、でも情報網は魅力的なんだよねぇ。キョウくんの口癖じゃないけど、ホントままならないわ。

「良いのか? あっさり引き下がっちまって」
「それを望んでるのが私達の報酬を出す人間なんだから、しょうがないでしょう?」
「だが、連中、絶対になにか企んでるぞ」
「ま、あそこまであからさまだとねぇ。多分わざとあからさまに匂わせて、私達を遠ざけようとしてるんだと思うけど」

 それが良いことにしろ悪いことにしろ、やるのは彼らだ。私達が関わらなくていいなら、何かあった時知らぬ存ぜぬを押し通せるから、別にそれでいい。

「連中、最後の最後で俺らを追い出して、報酬から天引きなんてせこいことを考えてる可能性だって……」
「それはないわね」
「なぜそこまで断言できる?」
「いや、何故も何も……あなた達、協会で受けた説明、聞いてなかったの?」
「何……?」

 あー、この反応、まるで聞いてなかったわね。

「複数パーティ参加での依頼は、このタリスマンを身につけるように注意されたでしょ。まさか付けてないの?」
「そりゃ、俺ら戦闘じゃ正面に立って戦うんだぞ。こんなの身に着けて戦って、もし壊したりしたら後でどれだけ請求されるか……」
「あのね……」

 あまりの仕事への意識の低さ……というか適当さに呆れて次の言葉が一瞬出てこなかった。
 意識と言っても、別に生真面目に働けという話じゃない。
 なんでも屋……というより害獣狩りがメインの荒っぽい仕事だし、ラフな立ち居振る舞いになるのは仕方ないとは思う。だけど命がけの仕事なんだから、もう少し自分の命や稼ぎを左右するような部分にはシビアになるべきだと思うのだけど……

「これ、複数のパーティによる談合や詐称で特定のパーティが不利益にならないように会話内容を記録してくれるって一番最初に説明があったでしょうに。コレを手放すってことは、どんな嘘をつかれても自分の潔白の証明を放棄するっていうのと同じ意味よ? あなた達正気なの?」
「何だと!?」
「驚きたいのは私の方よ。あなた達、強さと改善の問題で契約や仕事に対する意識が低すぎるわよ。そんなんじゃ近いうちにあっさり騙されて身を滅ぼすわよ?
「そ、それは困る!」

 急いでみんなしてタリスマンを身につけてるが、どうやら全員身につけてなかったらしい。というか今更身につけたって重要な会話は全部終わった後なんだけど、彼らは現場から離れた理由をどうやって証明するつもりなんだろう。

「これに懲りたら、お金と命をかける仕事の時は、面倒でも契約書にはちゃんと目を通して依頼主のはなしは細かく聞いておきなさいな。まぁタダ働きしたいというのなら止めはしないけど」

 契約というものに対して危機感がなさすぎる。このザマじゃ、現代社会に出たら契約書詐欺に簡単に引っかかって破産するはめになるんじゃないかしら。

「俺達が軽率だったのはわかった。もうちょっと考えるようにするよ。で、それはさておきだ」
「何かしら?」
「あの戦闘音、本当に大丈夫だと思うか?」
「まぁ本人が大丈夫だっていうんだから大丈夫なんでしょう……っていうのは流石に投げやりすぎるわね」

 状況次第じゃこの後逃げ出す必要もあるのだから、さっき自衛意識についてお小言言った手前、もう少し真面目に答えてあげるべきかな。

「一応彼が言うには、たまたま帰還中に襲われて迎撃してるだけだって話だったけど、エリスの見立てだとどうだった? 悠々帰還って感じ?」
「う~ん。それはないかな。足音の数が、入っていった時の半分も居なかったし」
「あら、そこまで聞き分けれるの?」
「外じゃ無理かも。あそこ音が響くから……」
「それでも十分凄いと思うのだけど」

 私の言葉に、他所のパーティのスカウトらしき人がぶんぶん頭を縦に振ってるから、やっぱり凄いのよねぇ。
 というか、半数しか居ないって実質壊滅じゃない。軍事的に損失2割で大敗、3割で全滅って言葉はあまりそっち方面に詳しくない私だって知ってるんですけど。

「それに足を止めて迎え撃ってるって感じでもなかったし。人の足音も、別のなにか、硬くて重い足音も両方鳴り続けていたって事は、両方とも走ってるってことだと思う。それで戦闘音がするってことは、どちらかにどちらかが追いついているってことでしょ? 人の歩幅ともう一つの足音の間隔から歩幅を考えると、どう考えても人が逃げ切るのは無理そうだったし、追われてる人がなんとか応戦しながら逃げてきている……って感じじゃないかなぁ」
「防戦しながら撤退できてるってことは、逃げつつも戦いにはなってるってことなのかしら?」
「うん。何人かは戦って足止めして、他の人を逃してるんだと思う」
「さすが将来有望なスカウト候補……足音だけでそこまで解るのねぇ」

 私の言葉に、他所のパーティのスカウトらしき人がぶんぶん頭を横に振ってるから、スカウトだからって話じゃないらしい。

「おじさんに色々教わったから」

 おじさんって、ガーヴさんの事よね? あの人一体この子にどれだけの知識と技術叩き込んだのよ……
 戦力的に考えて、足止めしてるのは勇者の卵と神子の二人かしら?
 いや、リーダーは逃して他のメンバーが足止めしてるって可能性もあるか。

「ちょっと待て、そう考えると今頃奥はエライことになってるんじゃねぇのか?」
「その可能性はあるわねぇ」
「おい、それなら!」

 中に飛び込もうとする別パーティのリーダーの首根っこを押さえて制止する。

「おい、何しやがる!」
「それはこっちのセリフ。クラ……雇い主の指示を忘れたの?」
「だが!」
「奥で何があっても、呼ばれるまでは進入禁止。しかも外にもらせない儀式をするって言われているのよ? これで踏み込もうものなら、たとえ中で何が起きていようとも、後で秘術を盗もうとしたとか因縁つけられて減額どころか罰則が入る危険すらあるわよ」
「ぬ、それは……」

 彼らは何故ベースキャンプを離れていたのか証明する方法がない。タリスマンを付けていなかったから。
 もしこの件で離れていたことに対して、帰還した攻略組からイチャモンを付けられても、身の潔白を証明できないという事くらいは理解できたらしい。
 たとえそれが依頼主からの命令であっても、その依頼主が死んでしまっていた場合、録音情報のない彼らの証言を立証できないのだから。
 逆に言えば、護衛を依頼した依頼主が私達を遠ざけたという事実がタリスマンに記録されている以上たとえ依頼主であるノルドくんが命を落とそうと何も問題ない。問題ないどころか、たとえ依頼主を救うためとはいえ、勝手に依頼主の意思を無視して行動したという事で、マイナスポイントが残ってしまう事になる。

「もうわかってると思うけど、私達だけが外に追い出されたのは、単に雇い主が私達を扱いにくいからって理由で遠ざけたかったから」
「それは……まぁ、わかってはいるが……」
「護衛の忠告に対して感情的になって煙たいからと追い払うような子に、マトモな反応を期待しちゃダメよ。私はちゃんと危険を提示した。そのうえで雇い主が何があっても入ってくるなと言うのなら、たとえ中で何があろうと、命令を翻すまではそれに従うのが私達の仕事で、その結果何が起ころうと、それはそう指示したノルドくんの責任よ」

 子供相手に少し大人気ないようにも感じるかもしれないけど、社会人なら雇われている以上はこちらも上位者からの指示に対して筋を通さなきゃいけない。特に私達は貴重な時間を使って情報という報酬のために此処へ来ているのだから、つまらない理由で情報入手の機会を失うわけにはいかない。
 だから今私達ができるのは、この場で蟲の侵入を防ぎながら声をかけられるのを待つしか無いってわけ。
 中に居たのが身内ならそんなの無視して助けに飛び込むんだけど……まぁ、ね。


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